宮崎市定さんの「雍正帝 中国の独裁君主」を非常におもしろく読み終えることができた。
20年ほど前、「隋の煬帝」(中公文庫)を読んでいるはずだけど、残念ながらほとんど記憶にない。書棚を探したら出てきたので、読み返してみようかな・・・と考えはじめた。
宮崎さんといえば、東洋史(いまでは死滅しかけたジャンル)の泰斗として、はるかに仰ぎ見ていた。図書館から大部な「宮崎市定全集」を借りてきたことがあったが、結局のところ、1ページも読まず返却したという苦い経験がある(。-_-。)
「ファーストエンペラーの遺産」「モンゴル帝国と長いその影」と読んできて、このところわたし的には日本史と並行し、東洋史の風が吹いているので、いましかないなあ、と思って手に取ってみた。
ところが、これがいささかのけぞってしまうくらいのすばらしい出来映え。
Amazonでも評価が高く、この手の本としてはめずらしく、49個ものレビューが投稿されている。
■雍正帝(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%8D%E6%AD%A3%E5%B8%9D
中国といえば、いうまでもなくお隣の巨大国家。国家とはいっても、わが日本とは同列には論じることができない超巨大惑星である。
現在の中華人民共和国の領土は、満洲人の国「清」の領土的歴史的遺産を、そのまま引き継いでいるので、中国に正しい理解を持とうとしたら、このあたりの知識が必要不可欠なのである。
雍正帝は、その清の第5代目の皇帝。長期政権であった康熙帝と乾隆帝のあいだにはさまれた、わずか13年の治世である。大学者宮崎先生が、なぜそんな治世に注目したのか、いささか半信半疑の体で読みはじめた。
ここで、Amazonのデータベースから“内容紹介”を引用しておこう。
《官吏が本当に政治を真面目にやろうと思えば、おたがいの交際などに費す時間も費用も出る筈がない。ところが…(「本文」より)。文武の功績多かった康煕帝61年の治世を引継いだ第五代雍正帝は、独得の奏摺政治をあみだし中国の独裁君主として徹底した独裁体制を確立してゆく。》
本文の大半は、エピソードをつぎからつぎへとつらねて書いているので、司馬遼太郎さんの歴史小説を読んでいるような気分(^^♪
ところが、本書には付録がついている。
「雍正硃批諭旨解題 その資料的価値」
・・・という一文が、それである。硃は朱に通じ、ようせいしゅひゆしかいだいと読む。
1957年に「東洋史研究」という冊子に発表されたものなので、重箱の隅をつつくような学術論文かと予想したが、そうではない。
宮崎さんが取り上げるまでは、「雍正硃批諭旨」は、ほとんど埋もれていた資料のようである。これと出会ったことで、宮崎さんは「「雍正帝」を執筆する気になったのである^ωヽ*
この一文は、ひと口にいって、宮崎史学の面目躍如たるすごい論考である。
長くなってしまうから、「雍正硃批諭旨解題」の中身に立ち入るのはやめておく。
中国文学の吉川幸次郎、史学の宮崎市定。このお二人は、大家中の大家として遇されてきた。
その宮崎さんの代表作の一つ「雍正帝」がロングセラーをつつけているのが納得できる。
われわれ日本人は、戦後アメリカ民主主義を金科玉条として奉ってきたので、独裁君主と聞いただけでアレルギー反応を起こす。
しかし、本書によって、独裁君主に対する見方が変わるだろう。日本人の常識が、中国人の常識だとかんがえていたら大間違いである。
たまに「一君万民」ということばを耳にする。雍正帝こそ、その名にあたいする、史上まれな君主。
宮崎史学の最高のessenceといっていいのではないだろうか。多民族の巨大惑星中国を理解するうえで、重要な足がかりとなる、秀逸な一冊である。
評価:☆☆☆☆☆
※なお、このあと宮崎市定「史記を語る」を読みはじめた。これもとても読みやすいうえ、すごい本であり、単なる入門書のレベルをはるかに超えている。歴史家司馬遷のいわば“限界”といっていい側面を、ずばり抉り出しているのだ。わたしはいま、「ああ、こういう本こそ読みたかった」という感慨にふけっている( -ω-)
おまけとして「紫禁城の栄光」も、ここで取り上げておこう。
「雍正帝」を手に取る前に、この本を読んでいた。
■「紫禁城の栄光」岡田英弘・神田信夫・松村潤著(講談社学術文庫)
・・・である。
「明・清全史」という副題が付せられている。
朱元璋が明の皇帝として即位したのは、1368年、日本では南北朝の混乱期にあたる。その直前の時代から、清政権末期までをあつかった概説書である。
三人の研究者による共同執筆だが、だれがどの章を書いたのか気にはならない。統一のとれた、すぐれた文体になっている。
明と清・・・この時代の中国に、要するに無知でありすぎた。三人のうち、岡田英弘さんだけは、たしか一冊読んだことがある。
バランスのとれた、この時代の中国史の入門書としてすぐれている。わたしは多くのことを学ばせていただいた。
ただ、シナから中国へという歴史的視点が、十分納得しきれない。初版が1968年だということで、シナ学といっていたころの東洋史学の議論のなごりを引きずっているのかもしれない。
おもしろいかどうかでいえば、文句なしにおもしろいといっていい。第15章「揚州の画舫」あたりはとくにおもしろく、わたしも好奇心全開にさせられた。
200年そこそこのアメリカと違い、なにしろ4000年もの歴史を引きずっている巨大な国家。
英語、和製英語全盛とはいえ、日本語は漢字なしでは成り立たない。その本家本元の中国の14世紀から20世紀にかけての歴史が、つまらないはずはないのである。
現在13億、いや14億もの人間=国民をかかえているので、そこにいたる道筋ははるかなものがある。
それをうまく整理し、統一感ある学術的な入門書、概説書にまとめた力量は並大抵ではないだろう。68年に刊行された本だが、類書のなかでいまだ賞味期限は過ぎていないといのはたいしたことである。
5点満点にしてもいいだろうが、その直後「雍正帝」を読むにいたったので、やむをえず1点差し引いて、4点にとどめておく(´ω`*)
中国史は、江戸時代までの日本では、世界史と同じ意味を持っていた。ペリーの“黒船”来航までは。
そのことを頭に置いて読んでいる。
評価:☆☆☆☆