二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

戦後詩の到達点 ~詩人石原吉郎の巻(前編)

2016年09月22日 | 俳句・短歌・詩集
(肩に力が入りすぎて長くなったから、2回に分けてUPする)

石原吉郎さんには、生前一度お会いしたことがある。
場所は高崎市にあった名曲喫茶「あすなろ」のステージ。
この「あすなろ」は、いろいろな意味で、高校生だったわたしが、スタートを切った場所として、記憶の中に鮮やかな思い出を刻んでいる。
モーツアルトやベートーベンをリクエストし、くり返しくり返し聴いた。
いまでも「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」や交響曲40番の一節が聞こえてくると、
「あすなろ」の時代が、まざまざと蘇ってくる。

そこで年上のお姉さん(他校弁論部の女子高生)からヘーゲルやマルクス、ヴィトゲンシュタインの講義を受け、なにがなんだかわからず、とんちんかんな受け応えをしていた´Д゜
数年前までのちに小説家となる金井美恵子さんがウエイトレスをしていたという、あの「あすなろ」は、オーナーの崔さんが現代詩に理解があったこともあって、アートの香り豊かなさまざまなミニイベントが開催されていたが、1969年のころ、月1回「詩の夕べ」という現代詩の朗読会があった。

司会は思潮社の小田久郎さんが受け持ち、吉増剛造、吉原幸子、白石かずこ、清水昶、山本太郎、岩田宏、川崎洋さんなど、当時の錚々たる現代詩人がステージで、スポットライトを浴びながら、簡単な挨拶をしたあと、自作の詩を朗々と朗読する・・・というものであった。吟遊詩人というわけではないが、「詩の朗読」が、静かなブームであったのだ。
吉増さんなどは朗読のプロであったから、絶叫したり、小声でささやいたり、舞台俳優のような身振り手振りを交えて、聴衆を圧倒し、席巻した。ごうごうたる拍手が、しばらく鳴りやまない。

そんなある夕べ、石原さんは、うす暗い客席にすわっていらした。
小田さんが立ち上がり「今夜は石原吉郎さんがいらしています。これはたいへんめずらしいので、ひとことご挨拶をいただきましょう。いかがですか、石原さん」と指名した。
わたしの記憶にあやまりがなければ、そのとき、石原さんは工場労働者が着るような地味な事務服を身につけていて「石原です、どうも」とそっけなくいい、事務服の内ポケットから、やや大きめの手帖を取り出した。

そしてステージには上がらず、客席で「ここについこのあいだ書いた短い詩が2編あるから、読ませていただきます」といって、抑揚のない、中学生が指名されて教科書を読むような声で、詩を読みはじめた。
わたしにとって、それは忘れることができない、とても印象的な光景であった。
そこいらですれ違ったとすれば、頭の禿げた、冴えない作業員・・・としか見えなかったろう。

彼が、詩集「サンチョ・パンサの帰郷」でH氏賞を受賞し、詩壇に確固たる地位を築きつつあったのはうすうす知っていたし、現代詩文庫で「石原吉郎詩集」ももってはいた。
朗読したのはのち詩集「禮節」か「北條」に収録された作品であった・・・ように思う。
聴衆の拍手につづき「石原さん、突然のご指名ですみません。なにかコメントがありましたらお願いします」と小田さんが水を向けたが、彼は「いや、とくに付け加えることは・・・」と口ごもったきり。
とても寡黙な人という印象をうけた。

戦後詩というくくりがある。小説のジャンルでいえば、戦後作家にあたる、やや漠然としたことばだから、どこまでが「戦後詩」なのか、諸説紛々としている。
詩でいえば「荒地」に集った鮎川信夫、田村隆一、そしてその後思想家として大きな仕事をすることになる吉本隆明。そういう一群の詩人の作品を「戦後詩」というところまでは異論はないだろう。
しかし、わたしはそこに、谷川雁、石原吉郎を付け加えたい誘惑を覚える。戦争体験が、彼らの詩を決定的に支配しているからである。

メタファーの戦後的な成果という意味では、モダニストの吉岡実さんが、戦後詩人のすぐ脇に存在する。
彼らが、詩という表現分野で、最高の到達点を形づくった・・・とわたしはかんがえている。川崎洋さん、茨木のり子さん、谷川俊太郎さん、大岡信さんら「櫂」の詩人が登場する前夜。

その後、たまに詩集を読み返すことがあるけれど、そのたび、石原さんの評価は、わたしの中で成長していく。
戦後70年がすぎたが、「サンチョ・パンサの帰郷」こそ、他に類をみない最高の詩集ではないか、というふうに。
読者によっては、第二詩集「いちまいの上衣のうた」にも、捨てがたい詩がたくさんあるよというかも知れない。もっともなことであるけれど、ここでは第一詩集「サンチョ・パンサの帰郷」にしぼって書かせていただく。



(後編へ→)


※その「あすなろ」は、オーナー崔さんが亡くなったあと閉店していたが、数年前、同じ場所に復活・再現されているが、わたしはまだ入店した経験がないが、いずれ訪れてみよう。
http://cafe-asunaro.com/index.html

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« これより北国街道 | トップ | 戦後詩の到達点 ~詩人石原... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

俳句・短歌・詩集」カテゴリの最新記事