二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「最後の将軍 -徳川慶喜-」その他4冊

2018年07月29日 | 小説(国内)


このところ、暑さのせいか、ビールの飲み過ぎか、何となくだるくて集中力が長続きしない。
年齢からして、若いころ、壮年のころのようにはムキになって読書ができないのはやむをえないところ・・・だろう。

傾向的には相変わらずの迷走状態。いろいろなジャンルの本を、ごちゃごちゃと読んでいる。
まだ読み終えているわけではないが、表題の「最後の将軍」以外、何冊かほんのちょっと感想をしるしておこう。




■丸谷才一「あいさつは一仕事」(文芸春秋社)
丸谷さんは多芸の文筆家である。わたしはこの人から、多少は影響をうけている・・・と思っている。
これまで7-8冊は読んでいるけど、小説はあまりおもしろくない。「文章読本」(中央公論社)を筆頭とするエッセイ、ロング・インタビューを編集したものなどが印象に鮮やか!
文学者として、さすがの説得力、つい引きずられ、あっというまに読み終える。
しかし、振り返ってみると、丸谷さんは生前、文壇で1-2を争う、洒脱な紳士であった。
しかも本流ともいうべき「英国仕込み」である。

本書はオビにもあるように、挨拶文をあつめた、めずらしい一冊。
葬儀や結婚式、出版記念会や、故人をしのぶ会など、人々があつまる席で挨拶をたのまれる。きちんと下書きをしてあるから、文章として読んで、なかなかの手ごたえ。重々しくならず、長くならず、要点ははずさない。
ある意味で芸の見せどころ。

「ふむ、挨拶とはこうあるべきものだな」とわたしは感心することしきり。
聴衆や読者を、決して退屈させない表現者としての技に学ぶべきものが多々ある。




■高島俊男「三国志 きらめく群像」(ちくま文庫)
108円の棚に置かれていたので買って帰った。
読みだしてみると、これが素晴らしい(^^♪
小説「三国志演義」ではなく、正史「三国志」を、人物別に読み解いていく。

中国文学の専門家だから、深い知識に根差すしかつめらしい議論がときおりある。しかし、本書はむろん専門書ではなく、一般読者を想定して書かれている。
わたしは吉川英治の「三国志」を若いころ二度読んでいるが、そういうエンターテインメントとは対極の位置に立っている。

じゃおもしろくないだろうと早合点しそうだが、それがそうではない。歴史好きにはこの一ひねりした叙述が、小気味よい。
高島俊男さん、恐るべし。
該博な知識をひけらかすのではなく、膨大な資料を渉猟しながら、歴史の陰となった部分を鋭く掘り返し、人間の真実を抉りだしている。すぐれた洞察力に裏打ちされたシニカルな目が、登場人物の心の奥底までとどいている・・・と思わせる。

こういうリアリストこそ、真に恐るるにたる慧眼の持ち主・・・とわたしなど、つい絶賛したくなる。
うん、濃いですぞ!




■磯田道史「徳川がつくった先進国日本」(文春文庫)
これも古書店で買ってきて読みはじめ、拍子抜け。
いたってレベルがひくく、やや強引な牽強付会が目立つ。
まあ、TVだか、ラジオで放送された原稿をまとめたものだろうから、正面切って論じるほどの内容は備えていない。

中学の先生でも、この程度の本は書くだろう。




■中條省平「ペスト (アルベール・カミュ)」NHK100分de名著
新刊で買ってきて、たちまち読み終えた。
衝動買いに近い。

ペストはあらゆる災厄に対するアナロジーと読める。

3.11と原発による被害をかわきりに、あるいはその他の大災害が頻発するようになってから、人はこの「ペスト」を、いままでとは違った目で見、読むようになった。
うむう、そういうことだな。
カミュの思考が、読者を我に返らせ、内省に駆り立て、行動の指針をさぐらせる。
人間にできることとは、何か? 人間らしく・・・とは?
サルトルは哲学の人、観念論の人であったかもしれないが、カミュはそれとは別な観点から、世界と人間を鋭利に見つめている。

じつは新潮文庫「ペスト」を買いなおしたあと、しばらくしてから参考図書のつもりで本書を手にした。
小冊子だが、期待にたがわない内容を備えている。

評価:☆☆☆


■司馬遼太郎「最後の将軍 –徳川慶喜-」(文春文庫)
本日のメインテーマ、司馬さんの慶喜論。
昨夜最後の10ページあまりを読み、あとがき、向井敏さんの解説を読み、まだそれらの余韻が尾をひいている。

小説的な味わいもあるが、長いながい歴史エッセイであるともいえる。
司馬さんは「竜馬がゆく」を完結させたあとすぐ、本書の執筆にとりかかっている。
慶喜による大政奉還を、どう評価すべきか!?

西郷隆盛、坂本龍馬の側からみた幕末ではなく、徳川方からみた幕末。
大政奉還という大仕事をやるために生まれ、最後の将軍となった慶喜。
要所要所で、彼を褒めたたえたり、厳しい評価を下したり、司馬さんの表現のゆれが、読者にいろいろなことを考えさせずにはおかない。

政治家であり、途方もない趣味人でありながら、反劇的人間なので、司馬さんはさぞ、書きにくかったであろう。そのあたりについて、あとがきは複雑なふくみを残している。
司馬さんが、資料の山から発掘した、新しい慶喜像。
しかし、わからないところは、わからない。
同時代を生きた人にもわからなかったし、司馬さんにも、わからない。

勝海舟なら「あのご仁はああいうご仁なのさ」とでもいうだろう。過去にあらわれた歴史上の人物の、だれにも似ていない。
どんな人間も、他の理解を絶する闇をもっている。
しかし、あのような大業を成し遂げた人物が、胸中をほとんどまったくもらさなかったのは、奇妙である。

慶喜は歴史家のあるいは小説家の解釈と理解を拒絶したまま、大正2年まで命を永らえる。
宣仁親王妃 喜久子(高松宮妃)様が、この慶喜の孫である。
本書を読んだ高松宮妃から、人を介して司馬さんに連絡があったということを、司馬さんご自身がどこかに書いておられた。

「よくも祖父のことをお取り上げになって下さいました。祖父のことが、はじめて
わかりました。感謝いたします」
ついては、会席を設け、できればじかに御礼申し上げたい・・・とのご意向に対し、司馬さんは考え抜いた末、お断りすることになる。
高松宮妃殿下は、幼少時慶喜の膝で遊び、その体臭まで覚えておられた方である。

身びいきといえばそうだが、乱世の谷間に埋もれかけた慶喜を、よくも、これだけ好意をこめて書いて下さったという思いがあって当然なのかもしれない。
周囲の人間がいろいろと奔走し、晩年には公爵に列せられるものの、
明治時代を通じ、日陰の存在であったことはまちがいない。
「これで、冥途の祖父もきっとうかばれるでしょう」

後世、慶喜とその時代を取り上げようとする歴史家、小説家は、必ず参照しなければならない一書であろう。


評価:☆☆☆☆☆

※最後まで読み終えた本だけ、五つ星評価を下しています。

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