二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「風車小屋だより」

2007年12月12日 | 小説(海外)
 あなたにとって、いちばん好きな小説はなんですか?

 そんな質問を受けたとしよう。わたしはほんのちょっと迷ったすえ、「え~と、まあドーデーの『風車小屋だより』かな~」と答えるだろう。
 若いころから、くり返し読んできた本、というのではない。阿部昭さんに教わったのである。岩波新書に「短編小説礼賛」があるのは、小説好きならご存じの方も多いだろう。これはなかなかの名著で、わたしはあらためて「短編の味わい方」を教わったと思っている。
 あれからたぶん、十年くらいたっている。チェーホフの短編小説は以前から好んで読んできたが、阿部さんがとりあげたなかで、とくに気に入ったのは、マンスフィールド、ドーデー、メリメなどで、その後くり返して読んでいる。メリメについては、また書く機会があるだろう。

 さて、この本の魅力はどこにあるのだろう?
 それを表現するのが、意外とむずかしいことに、いま気がついた。
 絵画の世界に「素朴派」(Naïve Art)という概念がある。アンリ・ルソーや山下清や谷内六郎がそれに該当するらしい。
「純朴さ」「粗野」「童心」「詩心」「感傷性」「多感さ」「反都会性」「非権威主義」「気まぐれ」「自由気まま」
 こういったことばをならべるより、この本を読むなり、絵画を鑑賞するほうが手っ取り早いかな・・・。
 とりあえず「短編小説集」に分類するが、じっさいは小説あり、紀行文あり、民間伝承の取材文あり、やや断片的な小品ありで、じつに変化に富んだ作品集である。

 小さな世界のパッチワーク。ポケットがたくさんあるベストみたいで、ときおり手を突っ込んで、なにがしまってあるか探すのが楽しい。

「アルルの女」や「二軒の宿屋」は、すばらしい完成度を持つ短編小説。桜田さんの日本語訳がまたステキですぞ! 年に1回は読み返すが、惜しみおしみ、一字一句を味わいながらの読書は格別である。「この世の真実にふれるよろこび」とでもいったらいいのか。珠玉の短編ということばは、出版社などが本の帯広告で乱用したりして、いまではすっかり手垢にまみれてしまったが、それは本来こういう作品のことをいう。

 冒頭に「序」がついていて、これがまことにユニーク。
 ドーデーの公正証書による売買契約書なのである。
 なにを買ったかって?
 むろん、風車小屋を買ったのです(^^)

 売 主 :ガスパール・ミチフィオ
 買 主 :詩人アルフォンス・ドーデー
 公証人 :オノラ・グラバジ
 契約場所:パンペリグスト(地名)のオノラ・グラバジの事務所
 立会人 :笛吹フランセ・ママイ
     :白衣苦業団の十字架拝持者通称ルキクことルイゼ

 わたしは現在では不動産業をやっているので、こういった契約書を転載したドーデーの工夫にまず瞠目した。詩の世界にとって、通常はこの種の法律文書は炊きたてのご飯にまさった砂粒のような存在である。ところが、ここではまったく違和感がないのである。この契約書がプロバンスへの「入口の扉」なのである。
 うさぎやフクロウのじいさんが最初のドーデーの同居人。こうして、ゴッホなど印象派の画家に愛されたプロバンス、その中心地カマルグ(ローヌ河口の大きな三角州地帯)へと案内されていく。

 何年か前ベストセラーとなった「南仏プロバンスの十二ヶ月」というエッセイを読んだが、残念なことに、繰り返し読むにたえる本ではなかった。

 「水車小屋だより」は、現在3冊持っている。うち2冊は桜田佐(さくらだ・たすく)訳、もう1冊は旺文社文庫版大久保和郎訳である。(大久保さんはドーデーをドーデと表記)
 AMAZONで検索したら、ほかにも多くの訳が出ているが、ほとんどが品切れ、あるいは絶版である。
 ドーデーの作品はほかに「月曜物語」(岩波文庫)「タルタランの大冒険」「芸術家の妻」「パリの三十年」(以上「新集世界の文学」中央公論社)などがあり、さがせば比較的容易に見つかるだろう。
 
 もし未読なら、いぶし銀の魅力を放つ「風車小屋だより」をぜひぜひご賞味あれ! 笑いあり、涙ありはあたりまえとして、絶望、歓喜、頑迷、運命の物語など、いろいろな魅力的な小物がつまっている。癒し効果も抜群・・・足湯につかるつもりで、じんわり温まって下さい(笑)。

ドーデー「風車小屋だより」桜田佐訳岩波文庫>☆☆☆☆☆

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