二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

東大法学部政治学科「平野聡ゼミ」を受講する・・・つもりで

2021年01月09日 | 歴史・民俗・人類学
■平野聡「大清帝国と中華の混迷」講談社学術文庫 興亡の世界史(2018年刊、原本は2007年)


なにを隠そう、わたしめは法学部政治学科のご出身(笑)。
高校時代、丸山眞男さんの「日本の思想」(岩波新書)「日本政治思想史研究」(東京大学出版会)を読んで以来の、いわば隠れファン。
クラシック音楽、とくにフルトヴェングラーの日本における権威でもあったことを、後になって知った。
しかし、平野聡さんは、1970年のお生まれ、丸山眞男さんを、直接知るわけはない。

わたしは、本書を「平野聡ゼミ」の中国史を受講するつもりで拝読した^ωヽ*
はじめは筋張った、妙に理屈っぽい本だなあ・・・とかんがえながらページを繰っていった。
講談社学術文庫からは「興亡の世界史」が刊行されている。これまで読んできた「中国史」シリーズではない。
しばらくこらえて読みすすめていたら、第2章「内陸アジアの帝国」の後半から、めきめきおもしろくなってきた。

歴史学者ではなく、政治学がご専門。
「なぜこうなったか?」という理由付けが、文章の全体にばらまかれている。因果関係の追及に、政治学者の“本領”が発揮されているわけだ。
理屈っぽくなるのは、やむをえないだろう。
挿入された資料の写真が、ほとんど平野先生の撮影だというのはインパクトがある。歴史の現場を、カメラ片手に歩いている!

大いなる情熱が、平野さんを突き動かしているのだ。敬意を払わないわけにゆかない。

清末期の最大の知識人、梁啓超の存在を本書ではじめて知った。知ったことはほかにいくつもある。
この一冊をお書きになるまで、博士論文はもとより、大学での講義録「アジア政治外交史」、さらに市民講座等の蓄積がおありになる。
質疑応答で「現代に通じるわかりやすい読み物を書いてほしい」という要望がたびたび出されていたという。
それらに対する回答が、この「大清帝国と中華の混迷」のなかに盛り込まれている。
わたしが目を瞠ったのは、チベット問題。
これまであまりにも知らなすぎ(´v’) 平野先生は、清朝におけるチベットが果たした役割に読み手の喚起を促している。
いや促しているどころではない。乾隆帝の治世における最大のトピックが、チベットの存在なのだ。チベット仏教はチベットばかりでなく、モンゴルによって信仰され、大清帝国の根幹をなしてゆく。

チベットは、現在の中華人民共和国にとっても、アキレス腱の一つ。新疆ウイグル自治区をめぐるロシアとの角逐や、香港割譲問題など、すべては大清帝国の遺産だということがよくわかった。
周辺国家との何百年にもわたる覇権争いが、大清帝国を通し、現代につながっていることを認識させてくれる。清末の政治情勢に対する記述は、多少急ぎ足にはなっているが、最大公約数的によくまとまっていると思われる。取り上げられているのは、辛亥革命まで。

大清帝国は、くり返し観察するに値する、興味つきない時代である。
ヌルハチ、康熙帝、雍正帝、乾隆帝・・・そして清の末期における帝国の混迷。これほど姿かたちが変わった帝国はめずらしい。
わずか数十万人の遊牧の民が、なぜ300年近くつづく王朝として中国を支配し、「地大物博」極まりない中国に君臨しえたのか、そのすぐれた回答の一つが、この著作に凝縮されている。

第3章 盛世の闇
第5章 円明園の黙示録
第6章 春帆楼への茨の道
終 章 未完の清末新政

歴史書を読むおもしろさが、目一杯つまっているこれらの章を、食い入るように読ませていただいた。

《百数十年の混乱を挟んで、所与のものだと思っていた「東アジア」という地域が、じつは矛盾と誤解の集積であったことを目の当たりにしたわれわれの「旅」は途中駅に着いたところで行先を迷っているようなものである。
旅は決して終わらない。》

あとがきで、平野さんはそう書いている。
参考文献、年表、主要人物略伝、索引等をふくめ、395ページ。大清帝国の歴史叙述を、よくもまあ、この紙幅のなかに集約しえたものである。
興亡の世界史シリーズでは、羽田正さんの「東インド会社とアジアの海」をジェットコースターさながら愉しんだ記憶が鮮やか!
本書「大清帝国と中華の混迷」もそれと双璧をなす、スリリングな歴史書である。
この時代の記念碑、円明園、頤和園はもちろん、チベット仏教の大寺院、ジョカン寺、ガンデン寺、タシルンポ寺、ラブラン寺、サムイェ寺など、すべて著者自身が撮影しているのだ。

短いレビューではとても批評しきれない「驚きの大清帝国、そして中国」がずっしりと詰め込まれ、読者を挑発してやまない。



※ 興亡の世界史シリーズ 全20巻
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%88%E4%BA%A1%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%8F%B2


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