ないない島通信

「ポケットに愛と映画を!」改め。

ハンドメイズ・テイル/侍女の物語

2019-04-27 10:30:07 | 映画

 

(これは2018年3月26日の記事です)

今日は、huluで配信中の「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」を紹介したいと思います。

マーガレット・アトウッド原作の小説をドラマ化したもので、1990年に映画化もされていますが、今回のドラマは原作にかなり忠実に作られているようです。

現在、6話まで配信中(全10話)。でもストーリーの進行が遅いため、週一配信はとてもまだるっこしい。先が知りたくなって、原作の小説も読んでみました。

これは近未来に起きるかもしれないディストピアの物語。
大気汚染や放射能の影響で子どもがほとんど生まれなくなった世界が舞台です。
キリスト教原理主義の一派がクーデターを起こして政府を転覆させ、あたらしくギレアド共和国(小説ではギレアデ共和国)という原理主義的な国家を成立させます。

このギレアド共和国が恐ろしい。徹底的な管理社会で、国民は支配層とその下に隷属する層とに分けられ、子どもを生むことのできる数少ない女性は侍女として、支配層の家庭に配属され、子どもを生むだけの奴隷となります。

どこに行くにも二人一組でしか行動できず、あらゆるところに監視の目があり、少しでも規則違反をすれば鞭打たれ、目をくりぬかれ、果ては吊るされる。人々は恐怖の下に口を閉ざし、決して本音を語らず、運命に逆らうことはもはや不可能な社会の中で生きざるをえない。

これって、極端ではあるけれど、ある意味日本の社会にそっくりだと思いました。日本の場合、まず少子化が進んでいます。若い人たちは結婚しなくなり、結婚しても子どもを生まない、あるいは生まれない。小説のような恐怖の監視社会ではないけれど、ゆっくりとじわじわと真綿で首を絞められるように、私たちはいろいろな仕掛け(TV,映画、小説、社会通念など)によって洗脳され、閉塞感に満ちた窮屈な社会から抜け出すことができない、あるいは抜け出そうとすら思わなくなる。ごく一部の支配者に支配される側、下層国民になってきているのではないでしょうか。

この物語の主人公はオブフレッド。
本来の名前はジューン。彼女は30代半ばで出版社でバリバリ働くキャリアウーマンだったのですが、ある日突然解雇されます。彼女だけでなく、女性は全員解雇され、あらゆるものを剥奪されます。全財産、家族(夫と子ども)そして自分の名前まで。

家族と引き離され、ギレアド共和国の支配層の家庭に配属されます。
そこの主人である司令官は政府の高官なのですが、妻との間に子どもができません。そこで、オブフレッドは、司令官の子どもを生む奴隷(侍女)になるのです。
侍女たちは一様に赤い服を着せられます。司令官の妻たちは緑色の服を着ており(小説では青い服)、従者たちはグレーの服(小説では女中たちはくすんだ緑の服)という具合に、階級により服の色が定められ、それ以外の服は着ることが許されません。

徹底的な管理社会で、あらゆる抵抗は無駄です。
街には大きな壁があり、そこに毎日反逆者たちが見せしめとして吊るされます。
オブフレッドたちはそこを通るたびに、壁に吊るされた人たちを目にするのです。

しかし、ギレアド共和国に抵抗する地下組織も存在するらしく、ある日オブフレッドは街を歩いているときに、一緒に組んでいるオブグレンから「メーデー」という言葉を聞きますが、そのオブグレンは翌日いなくなります。

という具合で、徹底した管理社会の恐ろしさ、非人間性が語られます。

だから、最後がどうなるのか、すごく気になって小説を読んだのですが・・
よくあるタイプの脱出劇、味方による救出とギレアド共和国の崩壊・・という結末は残念ながら(一抹の希望を残しつつも)期待できませんでした。

最後まで暗く、重たく、私たちに警告を発するタイプの小説で、面白いとは言い難いのですが、一読の価値はあります。
(日本語に翻訳するとアトウッドの美しい描写がいま一つ伝わらない、というのも残念です)

エマ・ワトソン(ハリー・ポッターのハーマイオニーを演じた女優)が、女性の権利を擁護するためのキャンペーンとして、この本100冊を「パリのあちこちにこの本を隠している!」とTwitterで発信した話は有名です。

また、カズオ・イシグロがノーベル賞を受賞した際に、ぼくよりいい作家はたくさんいる、たとえば、カナダのマーガレッド・アトウッドとか、といったのも記憶に新しいところです。

とにかく、ドラマ版「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」の後半の展開を期待したいと思います。

(追記:その後、シーズン2も配信されました。2のほうが展開が早く面白いです。シーズン3も制作される予定とのこと。楽しみです。オブフレッドの運命や如何に・・2019年4月記)

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マンデラ効果(マンデラ・エフェクト)

2019-04-24 15:23:33 | 日記

ノートルダム大聖堂の火災のニュースを見て、昔パリを訪れたことを思い出した、という記事を先日(4月16日)書きました。

世界を揺るがすような大事件が起きると、私たちは多かれ少なかれ感情を揺さぶられます。
身近な事件ならなおのこと。

そして、思います。
なぜこれは起きてしまったのか、起きなかったことには出来ないのか。

「ああ、神さま、どうか、なかったことにしてください!」

「ウェスト・サイド物語」の中で、マリアは神様にそう祈ります。

でも、いくら神様でも起きてしまったことをなかったことにはできない。
死んでしまった人を生き返らせることはできない。
普通はそう思います。

でも、もしかすると、なかったことに出来るかもしれない・・

それが起きなかった世界がどこかにあるかもしれない。
その世界に移ることができれば・・

9.11が起きなかった世界、ノートルダム大聖堂の火災が起きなかった世界、
それがどこかにあるかもしれない・・

もしかすると、私たちはすでに別の世界の存在を知っているのかもしれない・・

それが、マンデラ効果(マンデラエフェクト)

発端は、南アフリカ共和国のマンデラ大統領。
彼は27年間の投獄生活の後に南ア共和国の初代大統領となり、95歳まで生きて、2013年に亡くなりました。

マンデラ大統領について描いた映画「インビクタス」は有名ですね。とてもいい映画なのでまだ見てない人はぜひ。

ところが、このマンデラ氏死亡のニュースを見たひとりの女性が、

あれ、マンデラさんて1980年代に獄中で亡くなったんじゃなかったかしら?

と思い、ブログに書きます。すると、それを見た多くの人たちが、

私もそう思ってた、彼のお葬式のニュースも見た記憶がある・・

と言い出したのです。
数人とかじゃなく、とても多くの人たちが同じような記憶を持っていた。

そこで、記事を書いたフィオナ・ブルーム(超常現象研究家)はこう考えます。

もしかすると、実際にマンデラ氏が獄中で死んだ世界があって、私はその世界からこっちの世界へ移動してきたのかもしれない・・

まるでSF小説みたいな話ですが、
それからというもの、同じような記憶違いがたくさん見つかって、彼女はそれを「マンデラ効果」と名づけました。

たとえば、

「スターウォーズ」EP5でルークがダースベイダーと対面するシーンで、

ダースベイダーがルークに、
「No, I am your father.」(ノー、私がおまえの父親だ)

というシーンを、

「Luke, I am your father.」(ルーク、私がおまえの父親だ)

という風に記憶している人が大勢いるそうです。

「スターウォーズ」は世界的にヒットした映画で中には100回とか見ているファンも大勢います。その人たちがEP5の大事な台詞を間違えて覚えているだろうか。

また、他にも、

「おさるのジョージ」にしっぽがあったかなかったか、

「ピカチュウ」のしっぽは黄色一色かそれとも先端が黒いか、

ミッキーマウスはどんなズボンをはいていたか、

世界地図でオーストラリアの位置が変わったと感じている人たちがいる、

などなど、ネット上では枚挙にいとまがないほど多くの例があげられています。

ぞくっとするのは、ケネディ大統領暗殺事件でケネディ大統領が何人乗りの車に乗っていたか、というもので、記録フィルムでは6人乗りの車なのに、なぜか4人乗りの車だったと記憶している人がたくさんいること。

しかも、博物館には4人乗りの車が展示されている。

とか。

9.11同時多発テロのニュースは私も鮮明に記憶しています。
あの夜はTVに釘付けでニュースを見ていました。
そして、ふと私はこう思ったのです。

ああ、私はこっちの世界を選んでしまった・・

さすがSF好き、面白い発想だね、と友人からは言われましたが、あの時の感覚はもっと現実的で真に迫っていました。
もちろん当時は、私がそう考えただけ、と思っていました。

ところが、ある時、村上春樹が私と同じようなことを言っているのをネットか何かで見つけたのです。

村上春樹も9.11のテロを見ながら、僕はこっちの世界を選んでしまった、と思ったといいます。

そういえば彼の小説「1Q84」はパラレルワールドの話でした。

量子論の世界でも、パラレルワールドは実際にあるという見解を持っている科学者たちがいます。

ミチオ・カクというアメリカの物理学者もその一人です。

私たちのいるこの世界は、私たちが考えるよりずっとフレキシブルで不安定なものなのかもしれません。たえず揺らぎながらいろんな世界と交信し交流しあっているのかもしれない。

こんなことを言うと、オカルトだと揶揄されがちですが、私たちは世界や人間自身について、まだまだ何もわかっていないのではないか、と思います。

もっと柔軟な思考で世界や私たち自身を見ると、いろいろ面白い発見があるのではないでしょうか。

でもまあ、都市伝説の一つとして面白がる、というのもいいかなと思いますが。

 

 

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ゴーティマー・ギボン(再び)

2019-04-22 21:47:06 | 映画

 

(これは2018年3月21日の記事です)

前回紹介したamazonオリジナルドラマ「ゴーティマー・ギボン~ふしぎな日常~」を最終回まで見ました。

前回書いたのはシリーズ1まで。
その後、主人公たちの13歳から15歳までを、次の2シーズンで追っています。
そして、ついに全39話のドラマが完結しました。

それぞれとてもいいのだけど、最終回は圧巻でした。

また最初から見直したりしています。
見るたびに幸せな気分になれるドラマや映画というのはそう多くないけれど、これは間違いなくその一つです。

嫌なこと、気分がよくないことがあっても、これを見ると気持ちが落ち着き、気分が変わるかもしれない・・そう思える不思議なドラマです。

つまり、子ども時代というのは、それ自体不思議な力を持っている、ということなのかもしれません。

もちろん、そうではない不幸な子ども時代を過ごした人もいるかもしれません。
でも、このドラマを見ることによって、もしかしたら、ありえたかもしれない子ども時代を想像し、ありえたかもしれない子ども時代を再創造することができるかもしれない、そんな風にも思います。

遠いアメリカの、架空の小さな町の子どもたちに起きる不思議な事件の数々。彼ら自身が引き起こしたり、あるいは巻き込まれたりする事件は、ときに理不尽で、ときに摩訶不思議で、ときに時空を超えたりと実に変幻自在です。
そして、それこそが、子ども時代というものの正体なのではないか、と、そんな風にも思うのです。

そんな彼らも成長し、やがて子ども時代との訣別を余儀なくされます。
最後のエピソードがそれを物語っています。時空を超えたメッセージと共に。

彼らの人生はまだ始まったばかり。ここからようやく彼らは自分の人生を歩みだすのです。
そして、私たちも、遠い過去に、自分の子ども時代を置き去りにしてきたことを思い出します。

人生に子ども時代があるということのすばらしさ、その理不尽さ、その抗しがたい魅力やの魔力の数々・・
子ども時代があったからこそ、私たちはその後の人生を乗り切ることが出来たのかもしれません。
もちろん、今だからこそ言えることで、子ども時代にはそれなりの悩みも哀しみも不幸もありました。
もしも、ゴーティマーたちのように、それを分かち合える友達がいたら、どんなに幸せだったろうとも思います。

そしてまた、彼らみたいに豊かな子ども時代を過ごせるなんて羨ましい、と感じる人も多いと思いますが、彼らはたっぷりそのお裾分けをしてくれます。

私たちは遠慮せずに、彼らのお裾分けをもらい、それぞれが自分の子ども時代に思いを馳せ、彼らをその一員に加えて、豊かで幸せな気分を味わうことができる、そういう魔法を秘めているドラマなのです。

子ども向けだからといって侮るべからず、と前回書きましたが、今回はあえて、大人にこそ見てほしいドラマだと言いたいです。

もう一度子ども時代を取り戻し、人生がどんなふうに始まり今に至ってきたかを振り返るいいチャンスでもあります。

なぜなら、どんな人生にも意味があり、どんな人も幸せになれる力がある、ということをこのドラマは教えてくれるからです。

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ゴーティマー・ギボン~ふしぎな日常~

2019-04-20 09:20:27 | 映画

 

(これは2018年3月15日の記事です)

「まほうのレシピ」に続いて、やはりamazonプライムで配信されている子ども向けのドラマ、

「ゴーティマー・ギボン~ふしぎな日常~」

を紹介します(amazonオリジナル)

これもすっごく面白いドラマで、子ども向けと侮れません。
アメリカのドラマって、子ども向けでも、キチンと作られているなあと感心します。

一話完結、30分足らずの短いストーリーなのだけど、毎回テイストが異なり、まるでハリー・ポッターの百味ビーンズみたいに、どんなお話が出てくるのかすごく楽しみ。

登場人物もハリー・ポッターのハリー、ロン、ハーマイオニーとよく似た、ゴーティマー、レンジャー、メルの三人組。
12歳から13歳へ、子どもからティーンエイジャーへ成長する中で、彼らが出会う人々、思いがけない出来事、不思議な事件の数々を追っています。

最初のお話が、カエルに呪いをかけられた盲目の女性の話で、冒頭からガツンとやられた感じです。

こんな風に物語ってできちゃうんだ、と。

記憶を消す鉛筆とか、不幸のモビールとか、ガレージセールで買った古い時計に時間の魔法をかけられるとか、一年に一度だけやってくる移動図書館の謎とか・・

私は11話の「ゴーティマーと謎のサイン」がけっこう好きです。思春期の揺れ動く気持をよく表していて、ムーミンに出てくるお話にちょっと似てる。

こうしたお話の中に、社会問題、差別やモラルの問題、また両親の離婚問題など、様々なテーマが織り込まれています。

ファンタジックで、ミステリアスで、ときにSFっぽかったりと実に多彩です。こんなに短いお話の中に、エッセンスをギュッと凝縮し、ドラマ化しているのは驚きです。
下手すると説教臭くなるけど、その一歩手前でまとめるあたりも非常に巧み。

ゴーティマーたちの住んでいるのは、ノーマル・ストリート。
でも、それは決して「ノーマルな」ストリートではなく、ふしぎなことがいっぱい起きる「ふしぎな」ストリートなのでした。

今のところ、amazonプライムでしか見られないのは残念ですが、amazonプライム会員の方はぜひ見てみてください。

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まほうのレシピ

2019-04-18 09:54:22 | 映画

 

(これは2018年3月10日の記事です)

amazonプライムで配信されているアメリカのドラマ

「まほうのレシピ」("Just add Magic")が面白い。

子ども向けの番組だけどこれが実によく出来ていて、毎回サプライズの連続で、しかもシリーズ通して一つの謎を追いかけるというストーリーもよく練られています。

ケリー、ハンナ、ダービーの少女三人組はいつも一緒。
ケリーのおばあちゃんがある日突然声を失い、しゃべれなくなります。
家族は病気だと思って医者に連れていきますが、実は、おばあちゃんは魔法にかかっていたのです。

ケリーが自宅のロフトで見つけた古いレシピ本。
これが、なんと魔法のレシピ本なのでした!

というわけで、レシピ本通りに料理やお菓子を作ると、魔法が発動するという仕掛け。
しかも、毎回、ハリー・ポッターも顔負けの魔法の調味料やハーブが登場し、人々を魔法にかけたりかけられたり。

シリーズ通しての謎は、なぜケリーのおばあちゃんがある日突然しゃべれなくなったのか?

追及していくうちに、おばあちゃんが子どもの頃、ケリーたちと同じように仲良し三人組がいて、あとの二人も同じ街に住んでいることがわかってきます。

そのうちの一人、ママ・P はカフェを経営しており、もう一人のジーナはピアノ教師。
三人の間に何が起きたのか、そしてこのレシピ本は彼らにどんな影響を与え、またケリーたちに何をもたらすのか?

このママ・Pは謎の人物で、ケリーたちの味方なのか敵なのか、最後までわからない。
魔法にかかっているのは、ケリーのおばあちゃんだけなのか、それとも他にもいるのか?

毎回登場する魔法のレシピで作られる料理やお菓子も美味しそうだし、
アメリカの子どもたちの暮らしぶりもわかるし、
なかなか見応えのあるドラマです。

子ども向けだからといって侮るべからず。
アメリカのドラマは、子ども向けでもここまでしっかり作りこんでいることがわかります。

現在、シーズン2までamazonプライムで観られます。
ハリー・ポッターが好きな人にお勧めです!!

(追記 2019年春現在、amazonプライムでシーズン3が配信中です。)

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