ないない島通信

「ポケットに愛と映画を!」改め。

「忘れられた巨人」読了!

2019-04-12 18:30:01 | 

 

(これは2017年10月16日の記事です)

カズオ・イシグロの最新作「忘れられた巨人」をようやく読了した。

ようやく、というのは読み始めてから何度も挫折しそうになったから。
なにしろ読みにくい。翻訳のせいかもしれないけれど。
まず冒頭で、アクセルが妻のベアトリスのことを「お姫様」と呼ぶことにすごい抵抗を感じた。なぜ名前を呼ばない? そして、なぜに「お姫様」と呼ぶ?
その後、もしかするとアクセルは妻の名前すら忘れてしまったのか、と思うようになった。

この世界で、人々はとても忘れっぽくなっている。
竜のクエリグが吐く息のせいで、国中に霧がかかり、そのせいで人々が記憶を無くしている。それが物語の底流に通奏低音のように流れている。

アクセルとベアトリスは、若い頃家を出ていった(と思われる)息子のことすらよく思い出せないでいる。
そこで、二人は息子に会うために旅に出るのだ。
その途中、いろんな出会いがある。妻の痛みを和らげることができるという修道士に会うために修道院に向かい、その道すがら、騎士と出会い、竜を退治して霧を晴らし人々の記憶を呼びさまそうとする戦士とその連れの少年と出会う。そして、修道院を経て、ついにドラゴン退治へ・・というのがストーリーの大まかな流れである。

でも、まるでこの小説自体にクエリグの息がかかっているみたいで、物語の進行は遅く、人々の会話は噛み合わない。一体誰の発言なのか、ページを戻さないとわからなかったりする。時制もそうだ。現在の話からいきなり過去に飛び、それがしばらく続く。え、この話は一体いつの話だったっけ? というわけでまたもやページを戻さないといけないのだ。

そんな感じで途中で何度も放り出しそうになった。でも、今やノーベル賞作家のカズオ・イシグロの最新作とあれば、読んでおかねば、というわけで辛抱しつつ最後まで読みきった。

そして、読了してみると、

なんということでしょう!

突然わたしの目の前に、物語の全体像が大きく立ち上がってきたではありませんか!!

最後のページを読み終え、次ページが「解説」になっているのを見て、え、ここで終わりなの? と思ったのだったけれど、翌日になってみると、あれ以外の終わり方はありえないとわかってきた。

そして物語全体が実に見事に計算されたラブストーリーである、ということもわかってきて、そこからはもう感動の嵐といった感じになったのだった。

物語の舞台は5世紀頃のイギリス。ブリトン人とサクソン人といった異なる民族が同居し、ドラゴンや鬼や妖精もいる世界である。
古くからその土地に住み着いているブリトン人のところにあらたにサクソン人が入ってきて対立し、あるいは(クエリグの息のおかげで人々は過去を忘れ)対立せずに同居している。
民族抗争や憎しみの連鎖が実にリアルに書き込まれていて、そこがノーベル賞を受賞した主たる理由だと思うのだが、

私は、これは壮大なラブストーリーであり、かつまた、カズオ・イシグロの日本人的感性を見事に表現した物語であると思うに至った。

一体彼の感性の中にどのようにして、これほどの日本的感性が刷り込まれ、維持され続けたのか、すごく興味深い。

民族対立や血を血で洗う抗争など、かなり血なまぐさい描写もあり、こういうところはやはりヨーロッパで育った人だなあと思わせられるのだけど、彼の深いところにある感性は・・まるで眠れる竜クエリグのように、そしてクエリグはただ眠っているのではなく、衰弱し死にかけてもいるのだが・・クエリグこそは、カズオ・イシグロの中に眠る日本人性とでもいうものの象徴なのだと思った。

最初に島に渡る船頭の話が出てきたとき、ああ、これは「わたしを離さないで」に出てくるキャシーとトミーの話に似てると思った。

恋人たちが本当に愛し合っていると証明できるなら、提供を猶予される、という噂だ。

「忘れられた巨人」に出てくるのは、入江に浮かぶ島に渡る船頭の話だ。
島には必ず一人で行かねばならないのだが、例外的に二人一緒に渡れることもある、それには「二人が極めて強い絆で結ばれていることが必要」だという。船頭の質問でそれが証明されたなら、二人で島に渡ることができる。

そして、最後に、旅を終えたアクセルとベアトリスは再びこの入江で船頭に会うのである。

島というのは彼岸のことだ。島に渡る船の船頭というのは、三途の川の渡し守以外の何者でもないだろう。

竜が倒された後、人々は記憶を取り戻し、良いことも悪いことも思い出す。アクセルとベアトリスも例外ではない、けれども、二人は強い絆で結ばれている、長の年月二人で寄り添って生きてきた、だから、大丈夫なはず・・

最後に二人で島に渡れたかどうか・・(ネタバレになるのでこれ以上は書かないが)

深い余韻を残して、物語は終わる。

「日の名残り」「わたしを離さないで」そして「忘れられた巨人」
カズオ・イシグロはラブストーリーの大家でもあるのだと、改めて認識した。

でも、もう一度読み返すとなると躊躇する。何しろ、クエリグの魔法がかかっている本だから。
でも、ベッドサイドストーリーとしては最適かも。すぐに眠くなること請け合い。
そして翌日、
よくわからないけど、なんかすごい物語を読んだなあ・・という感動が胸に迫る、という不思議な本でもあるのだ。

そう、カズオ・イシグロはやっぱりノーベル賞に値するすごい作家であった。

コメント
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