ないない島通信

「ポケットに愛と映画を!」改め。

「隠れアスペルガーという才能」吉濱ツトム

2021-01-24 10:35:35 | 心理学

先日来、もしかして私は隠れADHDあるいは隠れアスペルガーではないか、

という懸念について書いてきました。

そこで、アメリカ人の友人に尋ねてみました。

「私、アスペルガーだと思う?」

すると彼は即座に「うん、そうだと思うよ」というじゃないですか。

「なんでそう思うの?」と聞くと、

「普通の日本人と発想が違うし、日本人のコミュニティの中でうまくやっていけないみたいだし」

と直球の答えが・・。

たしかに・・

確かめるべく、吉濱ツトム氏の本

「隠れアスペルガーという才能」(吉濱ツトム著 KKベストセラーズ 2016年)

を読み、その中にあった「アスペルガー診断テスト」なるものを試してみました。

その結果、

私はまぎれもない「隠れアスペルガー」であることが判明した!

薄々感じてはいたのだけどね、ちょっとショックだった。

でも、これまでわからなかった様々なことが実に図と地の反転のように理解できたのはよかった。

なるほどねえ、だからこんなに生き辛かったのか、度々誤解されてきたのか、孤立しがちだったのか・・

そして、外国人である彼はダイレクトに指摘してくれるけど、日本人は決してそういう指摘はしない、ということもようやくわかった。

吉濱氏によると、隠れアスペルガーは日本人の40人に一人、あるいは20人に一人という高確率で存在するそうです。ちなみにアメリカ人の場合は10人に一人、あるいは5人に一人がアスペルガーあるいは隠れアスペルガーではないか、と吉濱氏は言います。

つまりアメリカ人の友人はアスペルガーなんて全然珍しくないので、直球で答えてくれたのでしょう。
(彼自身も隠れアスペルガーのようです)

血液型と一緒くらいの感じかな。

よくあるタイプで決してレアな珍種ではない。
あの人はああいう性格だから、と片付けられる程度の偏り。

でもねえ、70年以上自分はノーマルだと思って生きてきたのですよ。
今更隠れアスペルガーだと言われてもねえ・・

それでも、診断名(あるいは血液型のような分類名)が判明したことは生きていく上での指針にもなるわけで、私にとってはわからない宙づりの状態よりはずっといい。

わからないことほど居心地の悪いことはないからです。

子どもの頃母によく言われました。

「なんであんたはいつもそうやって根掘り葉掘り知りたがるの?」

いやあ、これこそが隠れアスペルガーたる所以だったのですねえ。

アスペルガーというのはご存じの通り「広範性発達障害」の一種で、広い意味での自閉症の仲間とされています。アスペルガーの他にADHDを併発する人もいて(たぶん私もそう)、これらはすべて脳内の器質的障害によるものでほとんどが遺伝性のものだそうです。

(隠れアスペルガーの場合は真性アスペルガーより症状は軽い)

つまり、私がアスペならば私の両親のどちらか(あるいは両方)がアスペだった可能性が高い。また私の子どもたちもアスペの可能性がある、ということ。

吉濱氏自身もかなり重度のアスペルガーだったのですが、克服して今は発達障害の人たちのカウンセリングなどをしています。

アスペルガーやADHDなどの発達障害人には時に困ったことが起きる(起こす)けれど、決して怖い病気のようなものではない。それどころか、普通の人(定型発達と吉濱氏はいう)にはない優れた点がたくさんあるそうです。

この本の中で吉濱氏は、アスペルガーの特徴を二つに分けてこう描写しています。

①アスペルガーの人間的魅力

素直である・純粋である・人を信じやすい・優しい・「人を守りたい」という気持ちが強い・使命感が強い・真面目である・聴き上手である・責任感が強い・礼儀正しい・空気を読むのが異常に得意(KYの裏返し)・美男美女が多い・正義感が強い・度を越えたきれい好きである

②アスペルガーの知られざる能力

学習能力が高い・IQが高い・知識欲が旺盛である・視覚情報を瞬時に記憶できる・コピーするのが得意・ルール化が得意・論理的に体系化することが得意・数学に強い・一つのことを延々と続けられる・すさまじい意志力がある・「一極集中」が得意・時間を正確に守る・ワーカホリックになれる・問題解決能力がある・観察力に優れている・合理的思考が得意・「異質のフレーム」を構築できる・人に教えるのが上手・直観力がある

とまあ、並べてみると利点ばかりじゃないですか。もちろん、いろんなタイプのアスペルガーがいるので全部が全部あてはまるわけじゃないけどね。

美男美女が多い・・って、私は・・?

ちなみに、歳の割に子どもっぽい、というのもあって、私はまさにそう。

というようなわけで、たとえアスペルガーだとしても何も恐れることはないようです。

ちなみにこの本では、アスペルガーの困った症状の改善方法などについても詳しく解説しています。

一方、精神科医・樺沢紫苑の樺チャンネルによると、アスペルガー症候群というものはないそうです。アメリカで採用していたDSM-Ⅳの診断基準は終了し(なぜならアスペルガーが大量発生してしまったので)、現在はASD(自閉症スペクトラム)の一つになった。そもそも自分はアスペルガーじゃないか、と言う人の大半はアスペルガーじゃない、と樺沢氏は言い切ります。

精神科では、社会生活に支障をきたすかどうかが診断基準なので、当然といえば当然ですが(つまり本人が困っていない限り精神疾患とは認めない)、
精神疾患あるいは障害というのはそんな軽いものじゃないよ、と樺沢氏は言いたいようです。

つまり、真性アスペルガーはともかく、隠れアスペルガーというのは、せいぜい血液型の違い程度だと自他共に捉えていればいいようです。

まあ、本人はけっこう悩んでいたりするのだけどね。

もし興味があれば読んでみてくださいまし。

世の中にけっこういるちょっと変な人の実態がわかるかも。

あなたの隣にもアスペはきっといると思うので。

 

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図と地

2021-01-20 10:33:47 | 心理学

で、これら一連の出来事を通して、私は「ルビンの壺」を思い出しました(前回の続きです)。

心理学でよく使われる絵で、黒い部分にフォーカスすると壺が見え、白い部分にフォーカスすると二人の人物が向き合っている絵が見える。

どちらにフォーカスするかで見えるものが違ってくるけど、両方を同時に認識するのはむずかしい。

図と地が逆転する瞬間というのは、けっこうダイナミックです。

今まで壺だと思っていた絵が、ある瞬間を境に二人の人物像に変貌するのだから。

これ、現実の世界でもわりと頻繁に起きているのですが、なかなか気づかない。私もそうでした。

これまでのことをいろいろ考えてみて、もしかすると私が見ているものと彼ら(世間一般の人たち)が見ているものは、この図と地くらい違っていたのではないか、ということに気づいたわけ。

でも、それって私だけが特殊なわけではなく、視点の違いによって見ている世界というのはとんでもなく違いうる、ということ。

大半の人が、自分が見ているものと隣にいる人が見ているものは同じである、という認識にたって物事を考えがちですが、

もしかすると隣の人はエイリアンで、視力も聴力も能力も全く人間とは異なる生物であるかもしれない・・

そう考えてみると、実に世界は多様で面白い場所ではないか、と思えてきます。

多少の行き違いや誤解があったとしても、それはその「違い」に気づかせてくれるチャンスでもあるわけで、どんなことでも、これまでわからなかったことがわかる、ということは嬉しくありがたいことだと思います。

また一つ進歩したね、と思えるから。

最近になって、私はもしかすると隠れADHD(あるいは隠れアスペルガー)なのではないか、と発見したのですが、

以前も、似たような記事を書いているのでよかったら参照してみてください。
「映画に登場するアスペルガー症候群について少し・・」

https://blog.goo.ne.jp/neko-pin/preview20?eid=27bcdc7c83291d06faac1a24248061d0&t=1611127681459

それはともかく、こうして視点を移動してみると、これまでの人生でうまくいかなかったことの理由の一端が見えてきます。

発達障害というのは遺伝性なので、私の子どもたちもその傾向があるし、私の両親にもその傾向があったのではないかということ。

両親は昔の人なので、そういう概念があることすら知らなかったのですが、もしかすると父にそういう傾向があったのかもしれない。

父が非常に冷酷に見えたのは、発達障害(orグレーゾーン)による共感力や想像力の低さ、コミュニケーション力の低さ、などに起因していたのかもしれない。

そして、両親にとって、私は非常に扱いにくい子どもであったのかもしれない。

小学校の頃、通信簿にいつも「協調性に欠ける」と書かれていたのはこのことだったのかもしれない・・

といろいろ思い出して、図と地のように世界が反転する瞬間を味わったのでした。

そして、そうであるならば、何も恐れる必要はない、と思えてきます。

だって、これが私なのだし、逆立ちしてもこれをひっくり返すのは無理だし、ここで生きていくしかないし、人に合わせる必要もないのだ、とはっきりわかったからです。

で、これは人生に限らず世の中でけっこう頻繁に起きていることではないかと思います。

私たちが、これこそが真実である、これは揺るがすことのできない事実である、と思い込んでいることの多くが、図と地を反転させることで全く違う絵柄が浮き出てくるかもしれない・・

私たちは、そういうフレキシブルな世界に生きているのだ、ということを改めて自覚したいと思います。

世界って本当に多様で面白い場所だと思います。

地球にやってきてよかった。

(エイリアンか、私は?)

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映画に登場するアスペルガー症候群について少し・・

2019-02-14 11:39:28 | 心理学

(これは2017年9月8日の記事です)

前回お話した通り、現在カウンセラーの通信教育受講中です。すでに2回目の添削問題を送ったところです。

で、気づいたのは、やはりこれは初歩の初歩であるということ。実際にカウンセラーとして活躍するためにはさらなる上級の資格が必要(というか取ったほうがよい)で、そのためにまた新しい科目を受講しなくてはいけないようです。

なるほどね、どおりで安いと思った。

とはいえ、結構楽しいです。

すでに最初のクライエント(?)が来てます。友人ですが。
もちろんまだインターンにもなっていないので実際にカウンセリングをした訳ではありません。でも、意外とみなさん心理学及び精神医学系の知識を持ち合わせていないようで、私程度の知識でも役に立つと言われました。

例えば、アスペルガー症候群。

かの「シャーロック」「イミテーション・ゲーム」のアラン・チューリングもアスペルガーだったのではと言われていますが、意外にみなさん知らないようです。



アスペルガー症候群の人たちの特徴としてよく挙げられるのが、コミュニケーションが苦手で、言葉の微妙なニュアンスを理解することが出来ず、額面通りに受け取るので誤解が生じやすい。また自分の行為を相手がどう受け取るかわからず、場の空気も読めない。共感力が乏しくユーモアや冗談を理解できない。音や光など五感が敏感で、時に過敏であるなど。
(なお、 アスペルガーは病気ではなく、自閉症の一種(広汎性発達障害とも呼ばれる)です)

一方で、ずば抜けた集中力を有し、世の中を変えるような偉大な仕事を成し遂げた人たちもいます。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、あるいはジョージ・ルーカスやアインシュタインなどもアスペルガーだったのではないか、と言われています。

「シャーロック」に関していえば、シーズン2の第二話「バスカヴィルの犬」に、シャーロックはアスペルガーだからね、とジョンが言及している場面がありますね。自分では「サイコパスではない、ハイファンクショニング・ソシオパス」だと言っていますが。シャーロックはやはりアスペルガーでしょう。

映画に登場するアスペルガー症候群の人たちは皆とてもユニークで素敵です。例えば「ドラゴンタトゥーの女」に登場するリスベット・サランデル。彼女はコンピュータに関してはずば抜けた才能を持ちつつも、対人関係が苦手で、ミカエルに恋心を抱きながら結局打ち明けることすらできずに失恋する。このリスベットが私は大好きです。(写真はハリウッド版ではなく、スウェーデン版。原作「ミレニアム」はもっと面白い)


「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」の主人公オスカー少年は音に敏感で、常に周囲の音を打ち消すタンバリンを持ち歩き、時に耐えられなくなるとパニックを起こしたりします。

「レインマン」に登場するレイモンドはサヴァン症候群だとされています。サヴァン症候群とアスペルガー症候群は同じ自閉症に属しますが、知的障害を伴うかどうかに違いがあるようです。

というように、多くの映画や小説に取り上げられているのですが、日本ではまだ馴染みが薄く、時に、頭のおかしい人、というように捉えられたりもしていて、こうした面では日本はものすごく遅れているなあと感じます。

もちろん、私は精神科医ではないので診断をしたり治療法(あるいは対処法)を示したりはしません(してはいけない)。でも、その人の行動の傾向をきくと、どうやらアスペルガーなのでは、あるいはうつ病だと言われてるけど、実際は双極性障害なのでは、あるいはボーダーライン、あるいは統合失調症なのでは・・といった想像はある程度つきます。

でも、ここで気をつけなくてはいけないのは、あくまでも素人判断で診断はできないということ。ただ、よくわからない行動の裏にはこうした傾向が(病気や疾患とまではいえないかもしれない)が隠れている可能性があると想像してみる。そうすると、その人の違った側面が見えてくるかもしれません。そして、対応を変えることで関係が改善されるかもしれないし、あるいは自分の中にそうした傾向を見つけるかもしれない。

人間の心は測り難いけれど、見方を変えることである程度の予測や想像が出来、対応次第では人間関係が変化していくかもしれない。
それに、心理学や精神医学といえども万能ではないので(時代によって大きく変遷してきた歴史がある)、医者に診断された病名が正しいと言い切れない場合もあります。

その人が生きやすい環境を整えてあげること、理解する努力をして、相手に寄り添うことが大事なのは、他の病気でも同じですね。精神的な疾患、あるいはある種の傾向があるからといって特別扱いすることはできれば避けたいですね。

カウンセリングはそうしたいろんな見方や考え方を提示する一つの方法であると考えるのがいいかと思います。

(参考図書:「アスペルガー症候群」岡田尊司著 幻冬舎新書)

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