壁際椿事の「あるくみるきく」

東京都内在住の50代男性。宜しくお願いします。

『カニは横に歩く』、知らないことは罪

2011年01月05日 | 読書(文芸、フィクションほか)

冬の夜、ある電動車イスの障がい者と、路地で別れる。彼は、車道の真ん中をノロノロと車イスを走らせていく。すぐ横を車がビュンビュン走り過ぎる。危ない。なぜ、そんな危険な場所を通るのか。あとで聞くと、こう答えた。「路肩やと、脇に落ちる危険があるんや。手足が不自由な身で車イスがひっくり返ったら、どうしようもあらへん。そやけど、道の真ん中には、そんな危険がない。車は向こうが勝手に避けてくれる。だから、こっちのほうが安全なんや」

『カニは横に歩く』(角岡伸彦著、講談社)に載っていたエピソード。すごい論理といえば、すごい論理です。

カニは横に歩くのが当然のように、脳性マヒ者が、安定して直進して歩けないのは当然のこと。背の高い人は背が高く、声が低い人は声が低く、美しい人は美しく、ハゲた人はハゲている……。それらと同じように、障がいも個性だ、という意味です。冒頭のエピソードは、その障がい者が、いかに自立して生きにくい社会か、ということを言っています。

著者は、神戸新聞記者を経て、現在はフリーのルポライター。学生時代に障がい者の自立を支援する活動に加わり、以来、関心を寄せ続けています。本にするのに20数年を要した、とあとがきに書かれていました。

1970年代、「青い芝」という名の、自立を求める障がい者団体の活動が活発化しました。和歌山の福祉施設を占拠したり、神戸市役所に籠城したり、青い芝の全国大会が開かれた川崎市で、市営バスを足止めしたり……。相手が相手ですから、施設の職員も警察も、過激なことはできません。遠巻きに見ている。しかし翌日には、簡単に排除されてしまう。警察は留置しない。排せつや食事の介助が必要だからです。支援団体のもとへ送り届け、無罪放免。障がい者は、犯罪者にさえなれないのか! 

政治の季節という特殊な時代背景もあるのでしょう。しかし、それを差し引いても、過激なのです。このような運動があることを、不勉強にして知りませんでした。知らないことは罪なことだと感じました。

川崎市営バスの運行を麻痺させたシーン。一般客が叫びます。「君たちは、みんなの迷惑を考えないのか!」。みんな? みんなって誰? あなたは自分の乗ったバスの発車が邪魔されたことに腹を立てているだけで、(たまたま乗り合わせた他人である)みんなのことなど、これっぽっちも考えてないのではないか。そう畳みかける筆致に、本当にオレはどうなんだろう、と強く自問させられました。

ちなみに、『カニは横に歩く』は、関西の自立障がい者をテーマにした映画のタイトルでもあります。また、関西の運動に先立ち、関東の自立障がい者を描いた『さようならCP』(原一男監督)という映画もあるそうです(CPは脳性マヒの英語略)。興味のある方は、ぜひ。