壁際椿事の「あるくみるきく」

東京都内在住の50代男性。宜しくお願いします。

小僧

2020年05月19日 | 雑記

いま「5時に夢中」を見ていたら、北斗晶が言ってた。
彼女が以前「チコちゃんに叱られる」に出演した際のテーマが、アッカンベーの「あっかん」は何か?だったそうだ。
う~ん、分からん。阿羅漢か?

それで思い出した。
俺にも昔から疑問に思ってたことがあるんだ。

ヒザにあってヒジにないものは?
野球にあってサッカーにないものは?
ギターにあってベースにないものは?

簡単やね。答えは、小僧。
膝小僧とはいうが、肘小僧って言わないよね。

この小僧ってなんだ?


メビウスの輪考

2020年05月19日 | かんがえる


子どものころから、無限とか永遠について考えることが好きだった。20代前半、ユークリッド幾何学を知り、軽い衝撃を受けた。
ユークリッド幾何学では、たとえば「点とは面積の無いある一点である」とか「平行とはどこまで伸ばしても交わることの無い二本の線である」とか定義する。
エンピツで紙に点を打つと、現実には0・001平方ミリメートルとか面積がある。それを「無い」としてしまうのである。

俊足のアキレスとのろまの亀の駆けっこ。スタート地点が、亀が前方、アキレスが後方だと、アキレスは永遠に亀を追い抜けない。なぜなら、アキレスが1m進む間に亀は10cm進んでいる、アキレスが50cm進む間に亀は5cm進んでいる、アキレスが25cm進んだとき亀は~、という有名なパラドックス。現実には、アキレスは軽々と亀を追い抜くが、論理的には、追い抜けない。なぜか。

これを考えるのにも夢中になった。
はたと思いついた。まさに「現実には存在する面積」を「無い」とするように、時間が「無限分割」できるならアキレスは亀を追い抜けない。
はたして時間は無限に分割できるのだろうか? 中島らもの「さよならにさよなら」という短いエッセイを読んだとき、「憧れのらもさんも俺と同じようなことを考えてるんだ」と嬉しくなった。

さて、メビウスの輪である。長い長い帯状の紙を、ねじって両端を接着する。これを帯の幅の中ほどにハサミを入れると、輪が2つできるのでなく、2倍の長さの1つの輪になる、というアレである。
「ねじる」が曲者だ。180度ねじると、いわゆるメビウスの輪になる。
では、360度だとどうなるか。540度だとどうか? 実際に画用紙を細長く切り、実験してみたこともある。結果は書かない。簡単にできるから、皆さん自身にぜひ試してもらいたい。

さらに、考えたことは、ユークリッド幾何学のこと。ユークリッド流に定義すると、「平面とはある1点で交わる2本の直線によって構成される面である」とでも説明できるのだろうか。厚みは無い。メビウスの輪で使う紙も「平面」である。極薄の紙でも、現実には数ミクロンの厚さがある。この厚みを増していくと、板(立体)になる。
では、板を切り出し、棒にする。この棒ならどうか。四角柱なら90度ねじって輪にできる。八角柱なら45度ねじって輪にできる。これを、メビウスの輪みたいに切るとどうなるか?

これは、残念ながら、まだ実験したことがない。紙と違い、どんな素材がいいか思い浮かばない。角材は硬くて曲げられない。コンニャクは輪にできるほど細長くない。などなど今も考え続けている。いいアイデアがあったら、教えてほしい。いつか実験してみたい。




選挙権は与えられるもの?奪い取るもの?

2020年05月07日 | かんじる

「明日なき世界」をコピーし、ギター弾いている。

  お前は殺しのできる年齢(とし)
  でも選挙権もまだ持たされちゃいねえ

という歌詞がある。
ちょっと違うんでないか。
選挙権は、持たされるもの、与えられるものか?
奪い取るものでないか。

「川の流れのように」の詩にも違和感がある。

  愛する人そばに連れて夢探しながら

おい夢が無いんかい、と突っ込みたくなる。
ここは、夢追いながらでしょ。