『震える牛』(相場英雄著)を読みました。
JR中野駅前の居酒屋で起きた殺人事件。犯人が捕まらず、捜査本部は解散されたが、継続捜査班の刑事、田川信一が新たに手掛ける。地取り、鑑取りの達人、田川は、外国人による粗暴犯という当初の筋読みが誤っていたと気付き、さらに捜査を進める……。
日本実業新聞を辞めてネットメディアで健筆をふるう鶴田真純は、巨大流通チェーン、オックスマートの強引な商法を追求する……。
2つの別々に進行する話が、ある一点で重なり始め、やがて流通の裏側で展開される、消費者無視の「儲かればいい」というエゲつない業者へと行きつき……。
流通の闇、食品加工の裏側が暴かれ、資本の論理の限界が暗示され、警察組織の内実がほのめかされ、広告に頼るジャーナリズムの限界が語られ、下町界隈の風情が描かれ、楽しい小説でした。小説の舞台である中野や新井薬師前は、3年ほど暮らした街でもあり、懐かしかったです。
小説中、ミートステーションの八田社長が、工場の社員に、消費者を愚弄する言葉を投げかけ、叱咤するくだりがあります。「消費者は安ければ買うんだ。中身なんて吟味しない。だから悪い肉を薬品で加工し、香料を付け、水膨れさせたハンバーグを作ってもいいんだ」と。確かに業者は悪いが、ジャンクフードを受け入れてしまうのは、我々、消費者にも「安さにつられる」弱さがあるのかもしれません。「ある国は、その国の民度以上の政治家を輩出できない」という言葉を聞いたことがありますが、まさに、それと同じかもと思いました。
話は横道にそれますが、原価3割という原則があります。外食するときは、このことを覚えておくといいでしょう。例えば500円の弁当。原価は3割で150円です。その弁当の食材は、ス-パーで自分が買い物するとき150円くらいかな、と。150円なら適正、100円なら弁当屋が暴利を取っているのだし、200円くらいするのなら「訳あり食材」が50円安く150円で仕入れられ、使われている。そういうふうに考えるのです。訳ありといっても色々で、曲がったキュウリなら歓迎ですが、薬品漬けで水増しした加工肉だと許されない。
小説のラスト。警察組織の闇も恐ろしいですね。現実の世界では、北海道警などで裏金問題が騒がれたことがありましたが、今は、忘れられていますね。関心を持つ者は減った。だから警察もほとぼりが冷めたと、再びやっているかもしれません。慣れっこになっているのが恐ろしい。悲しいことですが、人間は、自分に直接関係がない事柄には、なかなか継続して関心を持ち続けることが難しいものですね。
そんな警察組織ですが、刑事個人として田川は、新井薬師の自宅で開くすき焼きパーティに、鶴田を誘う。ほっこりした終わり方で、救われた気がしました。
ちなみに、クローズ・キング(クロキン)=ユニクロ、日本実業新聞=日経新聞、東都商業バンク=帝国データバンクなど、実在の企業を連想させる企業が多数登場します。「あの会社はこんな社風なんだ」などと連想しつつ読むのも面白かったです。