壁際椿事の「あるくみるきく」

東京都内在住の50代男性。宜しくお願いします。

『悪貨』

2011年09月06日 | 読書(文芸、フィクションほか)

多くの人々の手や財布を渡り歩いてきた紙幣は、無数の喜怒哀楽を反映している。そればかりか、恨みや妬み、失意、汗や涙や血液あえもが付着している。中には呪われた紙幣なんてものもある。

複雑な思念を吹き込まれた福沢諭吉は、時に笑い、時に泣き、微妙に目をつり上げたり、口元を緩ませたりするのである。ちょうど、能面があらゆる表情を兼ね備えているのに似ている。(以上引用)

『悪貨』(島田雅彦著)を読みました。

日本で、彼岸コミューンという理想郷を作ろうとする池尻。池尻を師と慕い、彼岸コミューンで働いていた野々宮だったが、東南アジアに拠点を作る仕事でしくじり、中国へと姿をくらませる。

やがて、日本には出所不明の偽札が何百億円と供給され、誰も気付かないうちに、インフレが進む。

人々の生活は苦しくなる。静岡でトマト農家を営む父を助けるため、東京のキャバクラで働いていたモエは、勤務最終日にもらった給料を手に、実家に急ぐ。手形が落ちる当日に銀行に持参した、100万円。その中の25枚が、同じRM990331Gという通し番号であることに銀行員が気付き、発覚した。

偽の一万円札は、何枚が市中に流れたのか? すでに億円規模で流通しているのか?

警視庁捜査二課の日笠警部、美人刑事、エリカは、捜査に着手する。優れた印刷技術者だった父譲りの鑑識眼を有する島袋フクロウは、日笠警部の依頼で、偽札の鑑定に当たる。そして、RM990331Gに込められたメッセージを理解する……。

物語は最初から、大山、小山が連続し、スリリングな展開で飽きさせません。娯楽小説としても楽しいし、信用制度のあいまいさに考えさせられることも多かったです。

ちなみに、1円~500円の硬貨は日本政府。1000円~1万円の紙幣は日本銀行と、発行主体が異なるんですよね。1000兆円に上らんとしている国と地方の債務は、日本銀行を解散させ、日本政府が自ら新たな紙幣を発行することで、チャラにできる、なんて論を読んだことがあります。ス、スゴ過ぎです。


『茗荷谷の猫』

2011年08月25日 | 読書(文芸、フィクションほか)

『茗荷谷の猫』(木内昇著)を読みました。以下、帯より。

新種の桜造りに心傾ける植木職人、乱歩に惹かれ、世間から逃れ続ける四十男、開戦前の浅草で新しい映画を夢見る青年――。幕末の江戸から昭和の東京を舞台に、百年の時を超えて名もなき9人の夢や挫折が交錯し、廻り合う。切なくも不思議な連作短編。

健坊だけが、「タッちゃん!」と嬉しそうに笑った。そのひとことで、すべての視線がタッちゃんに注がれることになった。
「俺の店で、なにしてんだ」
タッちゃんは確かに、そう言ったのだ。(「ぽけっとの、深く」より)

カッコいい。映画化の際は、タッちゃん役は、高倉健さん、あるいは鶴田浩二さんにぜひ務めてもらいたい。

連作短編であり、後の作品になるほど重なり合う部分が増え、重層的に響いてきます。独立した一編としても、後半の作品ほどすばらしいと感じました。

以下、気になった点を二つほど。
144ページ、「今月今夜ここで会って」。物語の筋は昼間だから、「今月今夜」はおかしいのでないか。
135ページ、「見た目より年を食ってる」。40男が「学生さん?お勤め?」と聞かれるほどの容姿なのだから、「見た目より若い」が適切なのでないか。

いずれにせよ、メチャクチャ面白い小説です。しばし物語の世界にわが身をたゆたわせたい方は、ぜひ。


『漂砂のうたう』、これぞ小説!

2011年08月05日 | 読書(文芸、フィクションほか)

自分はまるで水底に溜まっている砂利粒だ、と思う。地上で起こっていることは見えないのに、風が吹いて水が動けばわけもなく揺さぶられる。地面に根を張る術もなく、意思と関わりなく流され続ける。一生そうして、過ごしていく。(以上引用)

『漂砂のうたう』(木内昇著)を読書中。小説の醍醐味を味わえる作品です。

舞台は元号改まったばかりの明治。かつての旗本の次男坊、定九郎は、根津遊郭で客引きとして働く。武士という身分に未練はないが、かといって商人としても職人としても生きられない。10代で飛び出た実家はそれっきり。仮の寝床は、女の家を渡り歩き、酒場や賭場で仮眠の日々……。

眼光鋭い上役の立ち番、龍造兄ぃ、調子がいい嘉吉、そしてポン太、同じく屈託を抱える長州モノの山公……。それぞれのキャラクター造形もいい。小野菊花魁の気風のよさに、惚れ惚れしちゃいます。

木内さんは同作品で、前回の直木賞を受賞された才媛。後半も楽しみ。

しばし憂き世を忘れ、物語の世界に遊びたい方は、ぜひ。


『悪人』を読書中

2011年07月20日 | 読書(文芸、フィクションほか)

九州地方に珍しく雪が降った日の翌朝。福岡県と佐賀県を分ける三瀬峠で、保険外交員の女性が死体で発見された。土木作業員の清水祐一が、以前に携帯サイトで知り合った女性で、前夜、福岡市の東公園で出会ったばかりだった。

幼い頃、母親に捨てられ、祖父母に育てられた祐一。長じてからも物静かで、興味のあることといえばクルマだけ。土木作業も、祖父母の手伝いも、の老人の世話も、ただ黙々とする。そんな祐一が、あるヘルス嬢を真剣に好きになり、そして振られた……。

朝日新聞に連載された小説、『悪人』を読書中。

なかなか明かされない犯罪の状況、どこか陰を背負った登場人物たち、淡々と進む情景描写、そしてリズム感ある歯切れがいい文体で、一気に読ませます。あっという間に「上巻」を読了してしまいました。

著者は、吉田修一氏。「パーク・ライフ」で第127回芥川賞を受けられた方です。下巻も楽しみです。



公案

2011年07月07日 | 読書(文芸、フィクションほか)

「あるくみるきく」ご愛読者のみなさま、こんにちは。

今日も暑いですね。東京はまだ梅雨明け宣言が出ていませんが、この数日、夏本番の陽気で、めちゃくちゃ暑いです。おかげでビール風飲料が旨く感じられ、ありがたいことです。

さて、公案です。公案は、仏教の一派である禅宗で、師匠と弟子の間で交わされる問答のこと。

ある日、畑仕事をしていると、鍬で真っ二つにされたミミズがいた。そこで師匠が、「この二つのミミズ、命はどっちだ?」と弟子に聞いたそうです。

オチはありません。暑い中、考えてみようと思います。

「あるくみるきく」読者のみなさまもぜひご一考を!