『ガラスの巨塔』(今井彰著)を読みました。著者は、NHKで数々のドキュメンタリー賞を受賞した硬骨のディレクター。ディレクターからプロデューサーに出世し、あの高視聴率番組『プロジェクトX』を世に送り出しました。その方が、NHKの内部事情を小説に仕立てたものです。
もっとも感じたのは、権力の麻薬性でした。権力はナイフみたいなもの。上手く使えば利器にもなるし、凶器にもなる。
物語は、三極で進んで行きます。
1)主人公の西悟、チャレンジX制作チーム、西に理解ある月澤常務。
2)絶対的権力者の藤堂会長と、その一派の上層部。
3)主人公の成功を妬む、その他大勢の職員や上司。
小説としては、気になったことが2点ありました。
P101、(以下流用)「芸術祭ディレクターとなった西を待っていたのは名うてのプロデューサーたちの争奪戦だった。番組の出来はディレクターの力量で決まるといわれている。力のあるプロデューサーは西を欲しがり、中には「西部屋」なるものを準備し、囲い込もうとする者さえいた。」
つまり西は、引っ張りだこなわけです。しかしその数年後。
P102、「チャレンジX」の放送枠は火曜の9時に決まった。大日本テレビでは藤堂会長の大号令の下、七年ぶりの大規模な番組改定が行われていた。つまり、激戦区にあえてぶつけられたわけです。(以下引用)「『チャレンジX』は決して祝福されて誕生した番組ではない。人員も満足に与えられず、小さなプロジェクトルームを渋々提供されただけ。とどめがこの厳しい時間帯である。」
つまり西は、厳しい局面を押し付けられたわけです。
数年のタイムラグがあるとはいえ、この激変ぶりは何でしょう。上層部にも、西を応援する派と、出世を快く思わない派がいて、後者があえて厳しい仕事を押し付けた。そうも読めますが、ちょっと強引な展開です。
あと1つは、会話文。「○○○は○○○だな、ウフフフ」といったふうに、笑いがカギカッコに入れられている点です。これは、ちょっと不自然です。
とはいえ、物語そのものは、権力闘争を縦軸に、「チャレンジX」のスタッフの奮闘を横軸にグイグイ読ませます。水戸黄門でないですが、正義と悪(この場合、1)と3)です。2)が入ることで厚みが増している)が分かりやすく対立する構造は、感情移入しやすく、面白く仕上がっています。
低予算で始まった「チャレンジX」。ジワジワ視聴率を上げ、藤堂の目に止まり、予算もスタッフも付けてもらい、ますます国民的番組へと成長していく。それに嫉妬する他の職員たち。怪文書がばら撒かれ、現場はゴタゴタになるが、西はあくまでドキュメンタリストとして身を徹する……。
そんな番組バカの西ですが、藤堂に気に入られ、「天才児」「稀代の番組屋」「神の子」との評を得て、一時は権力の頂点を夢に見るのです。この辺の西の心境の変化は、権力の麻薬性のなせるわざですね。
ちなみに著者の今井氏は、2009年にエグゼクティブ・プロデューサーで退局されています。あくまで小説なんでしょうが、本当のNHKも五十歩百歩とすれば、ちょっと組織として問題ありだなぁと心配になります。
さて、相前後して『官報複合体』(牧野洋著)を読み始めました。これは巨大新聞が政府べったりになりがちな構造的欠陥に迫った研究書です。政府と新聞社の関係が、なんだか藤堂と彼にすり寄る職員の関係に見えてきました。もっと言えば、ジャイアンにへつらうスネオといったところでしょうか。なんか権力も一般化できそうです。