【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

食べる事

2021-03-14 07:46:24 | Weblog

 人類の歴史のほとんどは「手に入るものを食べる。食べなければ、死ぬ」でした。下手したら自分が食べられる方に回ることもあったはず。「食べたいものを食べる」という贅沢を言えるようになったのはつい最近、それも世界の一部に限定されています。
 グルメとかダイエットとか飽食とか大量の食べ残しとか……これってどこか間違っているような気がするのは、文明の進歩のありがたみを勘違いしています?

【ただいま読書中】『戦争がつくった現代の食卓 ──軍と加工食品の知られざる関係』アナスタシア・マークス・デ・サルセド 著、 田沢恭子 訳、 白楊社、2017年、2600円(税別)

 2つの世界大戦でアメリカ軍は「準備が重要」という教訓を得ました。その「準備」には、武器弾薬だけではなくて食料も含まれていました。きちんと兵士に食べさせないと、勝てないのです。
 親が子供に「愛情たっぷりの弁当」を作ろうとすると、必要なのは「持ち運びしやすく、すぐに食べられて、常温で長期保存でき、価格が手ごろ」な食材です。実はこれは軍が兵士のコンバット・レーション(戦闘糧食)に求めるのと全く同じ条件です。
 著者はアメリカ陸軍ネイティック研究所に取材に出かけます。エナジーバー・成型肉・長期間保存できるパン・インスタントコーヒーが発明された研究所へ。そこで著者が出会った「レーション」の賞味期限は「摂氏27度で3年間」。非常識な数字ですが、世界中で戦うアメリカ軍にはそれが必要なのです。
 国防総省は大量の食料を買い付けています。民間企業で国防総省を上回る食品購入をしているのは、シスコとマクドナルドだけ。そしてネイティック研究所が、納入業者に大きな影響を与えていました。新規採用品目の決定やレトルトパウチの試作といった“通常業務”だけではなくて、基礎科学や応用科学での課題や環境問題への対応なども研究所が自分で研究したり他に委託したりしています。
 エナジーバー(グラノーラバー、シリアルバー、朝食バー、栄養バー、健康バーなど呼び方は色々)の原型は、第一次世界大戦に米軍の依頼でハーシーが製作したチョコレートバー(蛋白質と穀類と大量の蔗糖を合体させてチョコレート風味をつけたもの。正式名はDレーション)です。
 フリーズドライ技術の実用化が行われたのは、野戦病院でした。血漿をフリーズドライして戦場に運ぶことで、多くの兵士の命が救われたのです。軽量で長期保存可能な点に注目した軍は野戦糧食にもフリーズドライを応用しようとします。1960年代の技術では食感などがぼろぼろの食品しかできませんでしたが、その動きを後押ししたのが宇宙開発でした。NASAも軽量・コンパクト・安全な食料を求めたのです。その研究は「科学」そのものです。「水分活性(食品中の水分量とその周囲環境の水分量の比率)」が保存性に重要な因子であることが解明され、その過程で「中間水分食品(缶詰より軽く、フリーズドライより水分が多い)」具体的にはドッグフード(動物性と植物性の蛋白質を押出成型した常温保存可能なパティ)が生まれます。もちろん兵士や宇宙飛行士は“ドッグフード”を食べさせられることはありませんでしたが、そのかわりに「フルーツバー」を食べることになりました。それも喜んで。そしてこの中間水分食品は、市場でも大人気となります。                            かつて「肉」は新鮮なうちに(腐る前に)食べるものでした。しかし第一次世界大戦前に冷蔵輸送が可能となり、第二次世界大戦前には冷凍技術が使われるようになります。さらに輸送効率のために、骨を抜いて四角く成型された箱詰め牛肉が(業者と軍に)人気となり、さらに無駄を嫌う人たちはクズ肉も寄せ集めて成型肉として商品化します。もちろんソーセージなどの加工肉は過去から存在しています。しかしそれは「消費者を欺くため」に加工しているわけではありません。しかし近代的な成型肉は「消費者を欺く(クズ肉をステーキだと感じさせる)」が主目的でした。そしてこれも、軍からあっというまに世界に広まります。
 常温で放置してもいつまでもかびたり腐ったりしないパンやプロセスチーズ、昔のことを思えば非常に“不自然”な食品ですが、これにもまた「軍→市場」の物語があります。そして、目立たないけれど「保存」には一番重要かもしれない「プラスチック包装」。軍が戦場で使用するために示した仕様を最初にきちんと満足させたのは1949年のサランラップでした。そういえば我が家に初めてラップが入ってきたのは、1960年ころだったかな。最初はクレラップだったかもしれません。
 レトルトパウチの開発も、産軍共同で20年もかかりました。得に課題になったのは、接着剤の耐久性と、成分の溶出(食品への移行)でした。
 「工場での食品の加工」は現代社会に欠かせないものになっています。そしてその技術の確立に、実は「軍」が大きな役割を果たしている(そしてその役割の大きさを世間に知らせようとしていない)ことが実にわかりやすく描かれた本でした。もしかしたら私たちは、平時でもすでに「兵士(のようなもの)」であることを期待される社会に生きているのかもしれません。

 



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