一顆明珠~住職の記録~

尽十方世界一顆明珠。日々これ修行です。いち住職の気ままなブログ。ときどき真面目です。

世にも美しい物語、『水は語る』

2006年03月22日 | 
水は語る―魂をうつしだす結晶の真実

講談社

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本書は、以前、ブロガー仲間のぜんさんのブログの書評で取り上げられており、内容がとても気になったので、読んでみました。

本書の内容は、同じ条件下の水に対し、たとえば「ありがとう」などのポジティブなメッセージを与えた(声をかけたり、思いを送ったり、「ありがとう」と書いた紙を張ったりした)場合と、反対に「ばかやろう」などのネガティブなメッセージを与えた(先述と同じ要領でした)場合、ふたつの水を氷結させて、氷の結晶を顕微鏡で観察すると、前者はキレイな結晶ができるのに対し、後者は、見るからに醜いドロドロ状になり、まったく結晶ができないという結果になるといったもの。

本書では、こうした現象を、さまざまな事例をあげながら、結晶の写真を掲載して紹介している。

まことに美しい話だと思った。

水の結晶の写真も、一見の価値がある。

だが・・・。
どうしても、胡散臭さが付き纏ってしまうのは避けられない。
本当に科学的なのか、いささか怪しい。
疑り深い意地悪な見方をすれば、実験者は意図的にそうした「いかにも」という結晶を選んではいないのか・・・。
著者にしても、文化畑出身のようで、いまいち説得力がないのだ・・・。

ここはやはり、どこか公的な機関が実験して、科学的真偽の程を明らかにして欲しいものである。

立証されれば、どんなにか素晴らしいことだろう。

本書は、プラスの思い、想念、言葉の波動によって、水が「生命力」を発揮すると言う。

さらには、「人間の約70%は水でできている。したがって、プラスの言葉や想念の波動が、人体を構成する水を変え、ひいては、その人を生き生きとした存在に変え得るのだ」といったことが述べられていた。


本書の主張を信じる、信じないは、分かれるところだろう。

現段階では、科学的に完全否定されてないようだから、どちらを選択するかは自由である。

こんな時代だからこそ、私は信じる方を選択したい。

狂信的にではなく。

「世にも美しい物語」として、信頼を寄せたい。

いや、本当は真偽の程にはそれほどこだわっていないのかもしれない。

ただただ、氷の結晶を得も言われぬ美しい模様に造形する、自然(コスモス)の偉大さに、畏敬、感嘆するばかりなのだ。

氷の結晶の写真を見るだけでも、本書の価値はあると思う。

それぞれの結晶たちは、いろんな表情を見せながら、私たちに何かを語りかけているようだ。

とても愛らしく、美しい。

著者は、水は私たちの心の鏡だと言う。

水はあなたに何を語っているだろうか。


(PS)あっという間に読めました。
    この本を保護者、子どもたちにも読んで欲しいと思います。
    親子で一緒に考えてもらいたい本ですね。
    結晶はビックリするくらい可愛くてキレイです。

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ありがとうございました!



血液型バトン

2006年03月21日 | 休憩
今日はお彼岸のお中日、お墓参りの付け届けにいらっしゃった檀家さんの応対に追われました。

わが寺は、基本的に住職(私)が中心になって、檀家さんはじめ、業者等の対外的な対応をします。

一般にお寺では、お寺の奥さんがそういう仕事を担当するようですが・・・

独りもんなんで仕方ないです・・・

とは言え、大変ではあっても、できるかぎりは住職が直接対応することが望ましいような気もします。

まだ若くて、バリバリ動けるわけですからね。
と自らを励ましつつ。

さて、今日は記念すべきお中日となりましたね。
WBC、日本優勝!
感動でした!おめでとう!
王監督、イチロー、選手のみなさん、やってくれましたね。


本題。

最近ブログ仲間に入れさせていただいたShoさんから、血液型バトンを受け取りましたので、回答しようと思います。

バトン初挑戦!

行ってみましょう!

■1.自分の血液型は何ですか?
 
  O型

■2.血液型であう、あわないはあると思いますか?

  たぶん少しはある。

■3.自分の血液型は周りにどう評価されている?

  「そのまんまだね」「やっぱりね」と周囲に言われます。

■4.自分の血液型で得した、あるいは損したことは?
   
  得した→おおらかに思われる 損した→特にない  
 
■5.友達で一番おおい血液型は?

  O型かな~。

■6.各血液型にもっているイメージ教えて☆

  A型…真面目。几帳面。神経質。コツコツ勤勉。堅実。努力家。潔癖。秘密主義。落ち込みが激しい。祖師では道元禅師、明恵上人、恵心僧都源信、唐の玄奘三蔵法師。  
  B型…マイペース。わがまま(B型さんすいません)。純粋。器用。仕事ができる。職人肌。感情主義。飽きっぽい。波に乗ると爆発的な力を発揮。自分のワールドを持っている。祖師では一遍上人、親鸞聖人。
  AB型…二重人格。クール。冷静沈着。頭が賢い。天才肌。気分屋さん。掴みどころがない。ミステリアス。鋭い観察力・分析力。鑑識眼あり。皮肉屋。緻密な論理派。祖師では弘法大師空海。もしかして、ゴータマ・ブッダ!あのナーガルジュナも。
  O型…大らか。大雑把。アバウト。お調子者。単純。親分肌。熱血。ルーズ。オープン。協調性有り。順応性有り。情が深い。たまに激しい。不器用。立ち直り早い。もしかして、イエスさま。祖師では、伝教大師最澄、日蓮上人、法然上人、良寛さん。

※あくまでも、ランダムで思い浮かんだ勝手なイメージですので、これについて批判しないでくださいね。決め付けているわけではありません。
ちなみに自分がO型なだけに、O型びいきしているかも、です。
また、尊敬している祖師を、あくまで勝手な想像で血液型に当てはめてみました。
結構楽しめました。ほんの冗談ですので、ご寛容くださいね。

ちなみに私は母がB型なので、Bの傾向もありそうです。

■7.もし生まれ変わるなら何型になりたい?

  O型
  O型がいいです。落ち込んでも立ち直り早いし。でも勤勉なA型の特性にも憧れますね。
  
■8.苦手な血液型はありますか?

  ありません。
  誰とでもオッケーです。
    
■9.恋人(好きな人)は何型?

  ん~やっぱりO型かな。一緒にいて気楽そうだから。  
   
■10.気になる人が自分の苦手な血液型だったら?

  ちょっとは気になるけど、あんまり関係ないかな。

■11.旅行に4人で行くことになりました
★理想の組み合わせと理由を教えて☆

  A型1人、B型1人、O型2人。  

  →たとえば食事の場所を決める時、
   B型の人が行きたいところを指定して、A型の人が
   地図で調べて、最終的にO型の二人がまとめる
   ・・・みたいな。どうでしょう??

   ↑このShoさんの回答に同感です。
   そのまま使わせていただきました。
   この辺が大雑把なO型っぽいのかな・・・
     
■12.バトンを廻したい5人
    *のんの*さん、よりさん、ちこさん、風月さん、軍曹さん、どなたかよかったら、バトンを受け取ってください。


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ありがとうございました!

幻のスナック「じゃがポックル」

2006年03月20日 | 休憩
幼い頃より家族ぐるみのお付き合いをしている、北海道在住のF家のSちゃんが、我が家へ遊びに来た。

姉貴がリクエストしたおみやげは、カルビーの「じゃがポックル(北海道産馬鈴薯使用)」。

こいつを大量に買ってきてくれた。

このスナック、ひそかに一部でブレイクしているらしい。

だが、無茶苦茶入手困難。

北海道限定。しかも、空港でしか売ってないという・・・。

味は、「じゃがりこ」に似てないこともないが、歯ざわりはもっと軽くて、サクサク。
ほのかな塩味(天然塩使用)で、個人的にはマックのポテトをそのままスナックにしたような味わい。油も口の中に残らない

こりゃ確かにハマリそうだわ

早く全国発売して欲しい


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ありがとうございました!


ユキヤナギ

2006年03月20日 | 写真館・花(境内)
境内に咲いたユキヤナギ(雪柳)の花。

至るところで咲いています。

石垣の割れ目からも咲いているのが分かりますでしょうか。

大変生命力が強い木ですね。

ユキヤナギも私の好きな花の一つ。

清楚で、たおやか、そして、芯が強い女性のようなイメージです。

こんな女性、現実世界にいませんか~・・・なんて・・・

まずはオノレを磨くことにしよう・・・


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ありがとうございました!



ゲンカイツツジ

2006年03月20日 | 写真館・花(境内)
境内に咲いたゲンカイツツジの花。

私の大好きな花の一つです。

品種によって、ピンクから、紫がかった赤色まであるようですね。

たくさんの赤紫の蝶々が、舞っているような情景を醸し出します。

写真はアップですが、遠目から眺めても幻想的でロマンチック。

曇りや、雨の日、夕暮れ時にも美しい花です。


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ありがとうございました!


「大阪」愚考…(あえて観念的一般化しつつ)

2006年03月18日 | 哲学・思想・宗教
大阪ソウルバラード
オムニバス, やしきたかじん, 鹿紋太郎, 川村栄二, 上田正樹, 康珍化, 星勝, BORO, 河島英五, 宮本光雄
ビクターエンタテインメント

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大阪は異国。

大阪を訪れるとそんな思いを強くする。

とにかく関東文化圏とは明らかに「違う」のだ。

例えば、
市井の人々がボケとツッコミを日常化していること。

いかにして平凡な日常を笑いに転化できるか。

大げさに言えば、これは大阪人にとって、「人生の一大テーマ」なのかもしれない。

「笑いのメッカ」と言うのも実に頷ける。

人々、街全体のテンション&パワーがとても高いのだ。

それでは、はたしてそんな大阪が好きかと言われれば微妙だ。

なんとなく自分が場違いのところに来てしまったようで、いささか居心地が悪いのだ。
逆に、大阪人が東京に来ても同じような思いを抱くのかもしれない。

だが、ないものねだりというのだろうか・・・。

自分にない感性であるだけに、強烈に大阪文化に惹かれてしまうことがある。
いや、もしかしたら、自分の中に秘めた?“熱”を大阪人とその文化に投影させているのかもしれない。
大阪人気質は、ラテン民族気質との類似性を指摘されるように、概ね彼らの感情表現はストレートである。
そんな振る舞いが、私たちにはデリカシーのない「がさつさ」に見える時もある。

また、彼らには世俗的、物質的価値を至上とするような、狡猾で功利的なイメージがつきまとう。
厳密に大阪人のことを指していないが、「近江商人の通った跡は草も生えない」と言った陰口にも、そうした関西人(イメージ)への嫌悪と揶揄が込められているのが伺えよう。

逆に彼ら大阪人からすれば、東京(関東)人は気取り屋で、かっこつけで、情が薄くて、「ようすかん」という反論があるだろうが。
実際、大阪人は東京(人)を過剰に敵視しているのではと思うことがある。

学生の頃、そんな大阪、大阪人の異質な世界観を見極めようと、ある小説家の本を貪り読んだことがある。

というのは言い訳で、どうしようもなく彼が描く「大阪(人)」にはまってしまったのだと思う。

小説家「宮本輝」である。

これで、私の中の大阪人に対するイメージは大きく転換した。

氏は、底抜けに明るく振舞っている彼らの内面に潜む、暗い情念、人生への諦観、どこまでも深い人間愛を見事に描き切っている。

まさに、氏によって、「大阪文学」は完成したと言っていいと思う。
いま、手元にあるのは、文庫本の『蛍川(芥川受賞作)・泥の河』、『五千回の生死』。
いずれも、深く切ない、儚く悲しい。

そして限りなく優しい。

ディープソウルリバー・・・

陰・陽。

あの底抜けの陽気さの裏には、深い感傷があったのだ。

そうやって、彼らは内的な均衡を保っているのかもしれない。

あ~大阪人の友達が欲しい。

また大阪行きたいな♪

ちょっと居心地は悪いけど・・・

大阪ソウルバラードを聴きながら♪
(つんくも歌っています)

各曲沁みる・・・ブルースだ。



<PS>

永平寺同安居の心友に名古屋人がいる。
彼もまた私のそれまでの名古屋人に対するマイナスイメージを一変させた。
彼の雰囲気も価値観も確かに名古屋チックなのだが、実に心優しい奴なのだ。
こんないい奴は、そういない。とろけるほど優しい。

言うまでもないが、どこにでも心の優しい人はいるのだ。
いい奴は全国にまんべんなく分布している。

それにしても、安直な一般化は自戒しているつもりが、こうもはまってしまうのはなぜだろう。
「県民性」とか、「方言」に妙に心惹かれてしまう私である。

かくいう私は東京もんではなく、両親は南信州出身、私自身の生まれは神奈川、育ちは都心に比較的近い埼玉の某市である。

だから南信州の方言を聞くとホッとする。


<再追記>

宮本輝氏の著書、個人的に海外を題材にしたものは好かないのですが、
大阪を題材にしたものはすべていいです。

あと絶対外せないのが恋愛小説『錦繍』。
これは超名作、必読です!
春樹氏の『ノルウェイの森』と比肩できるほど。
いや、人によってはそれ以上かも。

深い・・・泣けますぞ・・・

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ありがとうございました!


少年時代の熱い夏を再び!奇書『鉄塔 武蔵野線』

2006年03月17日 | 
鉄塔 武蔵野線

新潮社

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久しぶりに晩酌し、ほろ酔い気分。

硬い文章を書く気になれず(最近さっぱりご無沙汰だけど・・・)、

今日のブログの題材は何にしようかと思いあぐね、

本棚の前に座り込む。

『鉄塔 武蔵野線』という題名に目が行く。

7年前に読んだ本。

ズバリ奇書である。

誰もがパラパラめくっただけで、なんじゃこりゃって思うだろう。

だが、騙されたつもりで、読み進めるうちに、いつのまにか物語の鉄塔ワールドにドップリと入り込んでしまう。

あらすじは、鉄塔マニア?の小学5年生の主人公と、二歳年下の弟の二人が、鉄塔(武蔵野線)を遡る旅をするという、奇妙なひと夏の物語である。

無機質な(高圧線の)鉄塔を擬人化して憑かれたような愛情を寄せる主人公。

そして兄の思いに巻き込まれる弟。

彼らは必死になって、おおもとの鉄塔を目指し、電線に沿って遡っていく。

あたかも、大河の水源を遡るかのように・・・

鉄塔は全部で76基、その一つひとつの地中にメダルを埋め込む儀式を行いながら。

小説中にはそのつど実際の鉄塔武蔵野線の写真が掲載されている。

この点から言っても、本書はそうとう変わっている・・・。

そう、かなり変なのである!?

主人公の、鉄塔のタイプ別分類(大別すると男性・女性)と、彼独特の美学による鉄塔への偏愛(鉄塔の形に彼の好みがあるのだ…)に、はじめはちょっとついていけないものを感じる。

だが、読み進めていくうちに不思議とそれほど違和感を感じなくなってくる。

そして、いつの間にか、ドキドキ、ワクワクと胸高鳴らせた自分の少年時代の夏とダブらせていることに気づく。

この物語は、少年時代の男の子なら誰もが抱いた、まばゆい輝きに満ち溢れた未知なる世界への憧憬と、熱い情動に突き動かされた冒険への欲求を懐古させるのだ。

あの頃、世界は自分たちだけの意味を持っていた。

まさに世界は僕らのものだったのだ。

この小説は、審査員の物議を醸し出し、賛否両論が渦巻いたが、晴れて第6回ファンタジーノベル大賞を受賞した。

『評者の井上ひさし氏は、「“壮大な徒労”とでも名付ける外はない作品」といったんは否定したが、選考会席上で、「“これまで見ていながらじつは見ていなかった風景を、見えるようにしてしまった”という点で、まさに人間の心理的盲点めがけて投じられた一個の文学的爆裂弾」かもしれぬことに気づき、「人間心理にこれほどの痛棒を食らわせた作品を見逃してしまってはいけないと思い直した」のだった。
一方荒俣宏氏は、「今回、この作品以上にファンタジーを感じさせたものは、他になかった」と言い切った。彼はこれを「一作にして<鉄塔文学>というジャンルを創ってしまった」空前絶後の作品とし、「かつての路上観察学風に、ひたすら鉄塔の写真をとり、それに命名していく。その純粋な行為を小説に仕立てたこと自体に“やられたッ!”という言葉が口をついて出てしまったと正直に述懐している。』(文末、解説参照)

解説が冗長になってしまった。

いみじくも荒俣氏が言い得たように、まさに、史上初、最初で最後の『鉄塔文学』と言っていいと思う。

これほどおかしな本は、そんなにない・・・。

少年時代の“熱”を忘れ、冷たく乾いた大人の現実に倦んでしまった人(私ではありません…)、また、ありきたりの異世界ファンタジーに飽きてしまった人、あと、男の子の気持ちを理解したい女性。

ご一読されることを勧める。

この本を、「くだらない!」、「何これ???」と投げ出さずに完読できれば、あなたは少年の心を忘れていない、「素敵な男性」と言えるだろう。

ちなみに私は・・・「素敵な男性」でした・・・

なんて~自画自賛

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ありがとうございました!

卒園式と謝恩会

2006年03月16日 | 思い・子どもたち
卒園式が無事終わった。

たくさんの幼い命を、無事に送り出したことに心底安堵する。


これから、彼らはこの地域で成長していくことだろう。

人生に悩むことがあれば、いつでも尋ねてきて欲しい。

話を聞いてあげることくらいはできるだろう。

気持ちに寄り添うことくらいはできるだろう。

一緒に坐禅を組むことくらいはできるだろう。

私は、死ぬまで、ここにいるから。

微力であっても、それが私がここで生きる意味なのだから。


彼らを預かってからあっという間の歳月が過ぎた・・・。

その間、私が彼らにしたことと言えば・・・心もとない。

逆に彼らは、たくさんの輝きで私の心を照らしてくれた。

もっとできるはず!もっと深く入れるはず!

その子のなかへ!彼らのなかへ!


怠惰はコスモスをダメにする。

この時期に後悔するのは、もうやめよう。

悔いのないよう、やれるだけ精一杯、子どもたちとかかわろう。


卒園式では抑えられたものの、

謝恩会では、子どもたちの合唱に熱いものをこらえることができなかった。

愛おしいこの子たちが、これからどんどん成長し、いずれは世間の荒波に揉まれるようになるのだ。

そう考えただけで、たまらなくなる・・・。

子どもたちも泣いている。

全宇宙にあまねく仏さま、どうぞ彼らをお守りください。

成長するということは、喜ばしいことであるのと同時に、愛しく切ないことであると知った。


これまで、男が、しかも園長が泣くなんて恥ずかしいことと思っていた。

ふと横を見たら、男性の体操の先生も泣いている。

泣いてもいいのだ。

素直になって。


頑張ろう!

成長するのは子どもたちだけではない。

大人だって成長しうるのだ。

彼らを見ていると、人間は必ず変わりうるということを実感する。

子どもより、スピードは遅いかもしれないが、かならず。


少しづつ私の生きる意味が明らかになってきたような気がする。


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ありがとうございました



友より嬉しい電話

2006年03月15日 | 思い・日常
どうにか明日の卒園式式辞の原稿ができた。

とは言え、どうしてもくどくなりがちな私の文章、これから少しスリムにしないといけない・・・。


さて、先日、永平寺で3年間苦楽を共にした同日上山(同じ日に永平寺に入山した仲間)の心友と電話した。

現在彼は、お師匠さんが数ヶ月前に遷化(逝去)したことに伴い、中国地方の一箇寺の住職をしている。

私も彼も若くして住職になったので、共通の苦労や悩みが少なからずあるわけだが、特に彼は最近住職になったばかりなので、いろんな悩みが噴出しているようだ。
私も、かつてそうだった。
だから彼の苦労は分かるつもりだ。

檀務。さまざまな人間関係。お寺の運営等々。

そして「道」のこと。

私にとって彼は、仏道のことを話せる稀有な友人の一人。

ときに激しく持論をぶつけ合いながらも、ともに向上していこうとする姿勢がそこにある。以前はどちらかと言えば、彼のほうが私より熱かった。

さて、そんな彼が、私のブログを読んで(心動かされたのか?)、昨年から私が学びの拠点としている、サングラハ教育・心理研究所の活動に大きな関心を寄せてくれたのだ。

よし!いいぞっ!

追い風を吹かせるために、さらに熱く勧める。


彼は以前、曹洞宗侶の研修会で岡野先生の講義を受けたことがあるということ。

当時、岡野先生の話には大いに共鳴したようだが、彼はずっと宗門のM老師の主宰する取り組みの方に参加して学びを深めていた。

だが、肝心なM老師は、事情によりその取り組みから撤退されたということ。

それが主な理由ではないと思うが、
機会があったらぜひサングラハの活動に参加したいとのことである。

私にとっては何より嬉しい言葉。

ともにサングラハで学び、それを実社会でいかせられるなら、こんなに励みになることはない。

ただ、問題は、彼も住職になってしまったので、思うように外出できず、自由がきかないことである。
そして彼も独り身、余計に外出が難しい。
また、中国地方と関東地方の、距離的な問題もある。

とりあえず、彼に会報を郵送しようと思う。

どういう反応を示してくれるだろうか。



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ありがとうございました