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一顆明珠~住職の記録~

尽十方世界一顆明珠。日々これ修行です。いち住職の気ままなブログ。ときどき真面目です。

いい感じの暁天坐禅

2006年11月10日 | 思い・お寺の活動
われながら毎朝の暁天坐禅が板に付いてきました。

もう2ヶ月以上休みなく坐っています。

しかも今日はなんと3名出席。

私含め4名。

仲間が増えるのはとても嬉しいですね♪

お馴染みのサングラハのMさんはじめ、檀家のKさん、Cさんが参加するようになりました。

Mさんとはこれから長い坐禅の友となりそうですが、檀家のKさん、Cさんもなんとなく一過性では終わらない雰囲気。

偉そうに「坐禅も継続してこそなんぼですよ」とノタマウ私・・・

もっと、もっと早くからはじめてればよかったと今さらながら思います。

ですが、後ろは振り返らず、今みんなと坐れる幸せを噛み締めたいと思います。

そしてとにかく、続けること。

何があっても続けること。

あとは、やはり時折優れた指導者を招くなどして、みんなのモチベーションを高めることなども考えたいと思います。

※今日はお通夜でしたが、気合の入った法話ができました!
 自分に拍手!
 おめでたい奴?

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応援ありがとうございました!


祝ブログ1周年! 祝第1回坐禅会開催!

2006年11月04日 | 思い・お寺の活動
やりました~!!!

今日でブログ開設一周年です!

振り返ってみるとなかなか感慨深いものがあります・・・

ほぼ毎日の更新。

面倒くさくなって途中で投げ出したくなることも度々ありました

ですが、私の場合数日でも休んでしまったら、そのままズルズルとサボってしまうであろうことは目に見えていました。

やはり、はじめた以上は何より継続することが大事。

その一念をもって、惰性な記事も多々ありますがどうにか続けることができました。

それと、やはりモチベーションを維持する上で助けられたのは、拙い文章にもかかわらず、コメントをくださる方々の存在です。

コメントを通しての交流はとても楽しく励みになりました。

本当にありがとうございました

そして、これからも応援、コメントをお願いします

またランキングの結果には、時に無意味なストレスも溜まりましたが、やはり上位にあれば嬉しいもので、これも励みになりました。

実は、隠れ目立ちたがり屋な私にはランキングは向いているのかもしれません

いつもクリックして応援してくださっているみなさんありがとうございます!

どうぞこれからもよろしくお願い致します

とは言え、正直いつまで続けられるかは分かりません・・・

ほぼ習慣化しているものの、たまにブログがストレスに感じることも事実・・・

ですが、とりあえずは1000日の更新を目指して頑張ろうと思います


さて、話は変わって・・・今日はお寺で記念すべき第1回坐禅会(毎月第1土曜日朝7時~8時)を行いました。

はじまるまで何人集まるか不安な気持ちもありましたが、なんと12名の参加がありました。

少なくとも7~8人は集まってほしいと思っていたので、私としては大成功です。

もっとも初回ということで興味本位ということもあるでしょうが、次につながるような魅力的な坐禅会になるよう工夫を凝らして行きたいと思っています。

参加者12名のうち、檀家さんは8名、ほか4名は檀家以外の方で、山門の掲示板を読んでいらしたとのこと。
中には、幼稚園の園児のお父様もいらして感激しました。

坐禅の後は、般若心経をみなさんと一緒に挙げ、30分ほど和やかに茶話会をして8時半に解散となりました。

やってみればできるものです。


今回、図らずもブログ1周年と、第1回坐禅会が重なりました。

このできごとに私は象徴的な意味を感じます。

ブログを開設した一年前の状況から着実に成長している自分。

それを象徴するのが、今回の第1回坐禅会開催であると思えてならないのです。

このブログに感謝。

そして、これまでこのブログを応援してくださった方に改めて感謝致します。

最後に、一歩一歩、前に進んできた自分にも拍手。


坐禅会の後は、三軒の法事・・・われながらいい感じで頑張ってます!


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応援ありがとうございました!






でかっ・・・大香炉のお目見え。

2006年10月30日 | 思い・お寺の活動
本堂中央の大香炉が翠雲堂(仏具屋)から運ばれて来ました。

カタログの中では二番目に大きいサイズ。

胴張り1.2尺(36センチ)。

全高は60センチ以上。

写真だと分かりづらいのですが、とにかくデカイ・・・

これだけ大きければ大天香(特大線香)をさしてもビクともしないでしょう。

体積はこれまで置いていた香炉の約10倍。

そのせいか、置いてすぐはかなりの違和感・・・。

でもしばらくして目が慣れて本堂の大きさと調和してきました。

翠雲堂外商のM氏も、「お堂が大きいから香炉もこのくらい大きい方がいいですよ」とのこと(ま、営業トークもあるだろうけど・・・)。


施主は元筆頭総代のH氏。

お祖母さんの葬儀のお布施をたくさん頂いたので仏具寄付に回させていただきました。

誠に有り難いことです。


ただ少し気になるのは、あまりにも香炉が大きいので、今度は脇の燭台と常花(金色の蓮の花)との大きさのバランスがちぐはぐになってしまったこと。

ま、これは次に燭台と常花のお施主さんがつくまでは仕方がないでしょう・・・何年先のことやら。

住職の物欲も肥大する一方・・・

ただ、なぜか私の代になり、みなさんが積極的にお寺の什物を寄付してくださるようになりました。

もしかしたら営業上手?

いずれにしても有り難いことです。


ちなみにこれまでお世話になった香炉は、開山堂中央に移動しました。

これまた開山堂の広さと香炉の大きさとの調和がドンピシャリ。


余談ですが、この大香炉の値段は福沢諭吉翁100人分です(勉強してもらって)。

仏具って、めっちゃ高いです・・・


香炉くんよ、これから末永くお寺を見守っておくれ。。。


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応援ありがとうございました!


生き方の継承

2006年10月29日 | 思い・お寺の活動
今日は末寺の教区寺院K院において、先住様の17回忌法要があった。

私が当地に来たのは8年前なので、生前の先住様とは接したことがない。

だが当寺の先代の奥さんや、周囲の方々の話によると、とにかく困った人がいると手助けせずにはおれない方だったと聞いていた。

そして、その生き方は、後継の堂頭様(現住職のこと)に見事に引き継がれている。

先住さまの器の水は余すことなく現住さまの器に移されたようだ。

師もまた、困った人の世話を焼かずにはおれない方である。

それも、助けていただいているこちらが舌を巻いてしまうほど、とことんまで面倒を見てくださる。

私も何度も助けていただいた。

禅や仏教の哲学的な論議に熱くなるより先に、自己の生き方を問わなければなるまい。

語る言葉がなければ、行動で示せばいい。

いやむしろ、語るより先に行動である。

生き方の継承とは、比喩的に言えば「全身心を通した後姿の継承」と言えるかもしれない。


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応援ありがとうございました!

級階査定配分、緊急教区会が開かれる

2006年10月09日 | 思い・お寺の活動
今夕、緊急教区会が開かれ、10年に一度の級階査定の更新結果が発表された。

と言ったところで、関係者以外は分からないことだろう。

つまりは、毎年各寺院が曹洞宗宗務庁に納める宗費の点数が発表されたということである。

点数は、所有資産、所有不動産、檀家数、人口密度などから、総合的にお寺の規模を割り出して算出される。

さすがはなんでも綿密な曹洞宗ではある。

各寺院が正直に申告すれば、かなり客観性のある方法だと思う。

ただし、正直に申告するか否かは住職の良心にもかかわってくるが・・・。

ちなみにわが寺は、不動産価値が上がったのか、あるいは人口密度が高くなったのか、5級も等級がアップしてしまった・・・

宗務庁に納める宗費は年間莫大な額になる。

正直痛い・・・檀家数だってそんなに多くないのに・・・。

ま、とは言え別に憤慨しているわけではない。

曹洞宗に属している限り、決まった宗費を納めるのは当然の義務だと思う。

曹洞宗の看板が外れた、うちの寺なんてどうしたって考えられないのだ。

それだけ、「曹洞宗」というアイデンティティーはこの寺と不可分である。

そして、私もまた曹洞宗侶であることを自己のアイデンティティーとしているのだ。

だが、曹洞宗よ・・・・・・・

どうにか変われないですかね・・・

言いたいことはいっぱいあるのさ・・・

でもやめよう。

まずは自分が変わること。

この寺が変わること。

お上に期待したり、依存するのはやめよう。

足元からの自己変革。

なんて・・・愚痴ってしまったな・・・


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応援ありがとうございました!

葬儀について思う

2006年09月29日 | 思い・お寺の活動
葬儀が重なり、今日もお通夜だった。

今夕のお通夜は、前回と引き続き、いや前回以上に法話に気持ちを入れることができた。

そういう時は、話しながら気持ちがどんどん乗ってくる。

そして自信をもって話している自分を感じる。

案の定終わってから、遺族の方々にとても喜んでいただいた。

また、故人を偲ばせるこれ以上ないくらいの快心の戒名を授けることができた。

戒名にも心から喜んでいただいた。

それもこれも、故人のことをしつこいくらいに遺族の方々に聞きまくるおかげだと思う。

聞き取り調査の如く、とにかく根掘り葉掘り聞く。

聞きながら、自作の聞き取り用紙に次々書き込んでいく。

行年、生年月日、出身はもちろんのこと、生い立ち、人柄、容姿、趣味、業績、家族関係、故人との思い出・・・

時にはこの聞き取りが2時間近くに及ぶこともある。

本当なら、生前に親しくお付き合いしていれば、あえて詳しく聞く必要もないのだろうが、残念だが住職歴6年程度では限界がある。

とにかく故人のことが知りたい。

故人のことが好きになりたい。

だから遺族には故人のいいところをたくさん言ってもらうようにする。

人に歴史あり。

どんな人であっても退屈な人生なんてないのだ。

ここまでしつこく聞くのは何故だろうか。

私の場合、読経の時に気持ちが入るかどうかは故人への思い入れの有無にかかっているからだと思う(これは自分が未熟だからなのだが)。

また、戒名も故人の分からないような仏教的な言葉を入れるよりも、できるだけ限られた文字数の中で故人の人柄を反映した戒名にしたいと思う。

さらには、法語も故人の生い立ちや人柄を盛り込んだ内容にしたい。

とは言え、いつもいい戒名、いい法語ができるとは限らない。

法話もうまく行く時ばかりではない。

終わってからも遺族の方でノーリアクションの時もある。

そんな葬儀は、遺族の方でも故人に対して冷めているときが多い。

私もどこか気持ちが乗らない・・・(そんなことでは僧侶失格なのかもしれないが)


遺族、僧侶、葬儀社が、故人への思いやりの気持ちを持つこと。

故人を掛け替えのない「人」として接すること。

そして、故人のためにいい葬儀をみんなで作っていく姿勢。

こうしたことが何より大事であろう。


すべては「まごころ」から生まれるのだ。

明日もいい葬儀になるようまごころを込めたい。

取り留めのない文章になってしまった・・・


それにしても最近、根拠のない?自信が付いてきたような・・・

これも坐禅のおかげなのだろうか。

なんか最近、自慢話が多いかな?

自信過剰な感じかも。

しかし、これもワークの一環なのだ。

プラスのセルフイメージを高めるため。

つまりは「自己承認」。

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応援ありがとうございました!



やった!牧師さまの息子さんに褒められた!

2006年09月27日 | 思い・お寺の活動
昨日今日と通夜、葬儀がありました。

二ヶ月ぶりの葬儀。

久しぶりの葬儀ということで、今回の法話(通夜後・繰上げ初七日後)は少し緊張もしたし、話があっちこっちに行ってしまい全く自信がありませんでした。

ですが、今日の忌中払いの後席で、故人のご親戚から、思いがけずお褒めの言葉を頂きました。

その方は、牧師様のご子息(50歳くらい)で、やはりキリスト教系の幼稚園の園長をされているとのことでした。

その方が私の法話を評して言われるには、
仏教式の葬儀で、こんなにしっかりしたメッセージがある分かりやすい法話を聞いたことがない。
また、キリスト教式の葬儀のようにとても丁寧に感じた、とのこと。

思いがけない褒め言葉にとても嬉しくなりました(褒め言葉に乗せられやすい)。

ほとんどがお世辞と取らなければいけないでしょう・・・。

とは言え、牧師と言えばある意味、教えへの熱意とそれを伝える弁舌が勝負。

だから牧師の息子ともなれば、当然耳が肥えているはずです。

しかも宗教を超えて法話の思いが届いたわけです・・・

自分と立場を同じくする、僧侶に褒められるのとはまた違った、大きな喜びを感じました。

法話の内容は、まず四十九日の説明。
次にご先祖様をさかのぼるワーク(つながりコスモロジー)を少し取り入れて、そこから私たちの人生の意味について考えるという内容。
合間にいきなり即興で「四摂法」の話をしたり、われながら脈絡に欠ける滅茶苦茶な法話だったんですが・・・。
そして法話の後には、お授けした戒名の説明。これはいつも檀家さんに評価していただいています。

通夜法話、計20分少々。

初七日後の法話は定番の「袖振り合うも他生の縁」(10分)。

きっと下手は下手なりに、熱意が伝わったのかもしれません・・・。

何はともあれ、とても嬉しかったできごとでした。

と言っても浮かれてはいられません・・・

ちゃんとした日本語を論理明確に話せるようになりたいものです。

とは言え、まずは「熱意」。

これだけは忘れずにいたいと思います。


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応援ありがとうございました!






セールス電話お断りっ!ハァ、これも修行なのかね・・・

2006年09月19日 | 思い・お寺の活動
お寺にいるとセールスの電話が頻繁に掛かってくる。

内容は、例えばこんな感じだ。

いつもお世話になっています(こっちはお世話した覚えはないっ!)。NTTコミュニケーションズ代理店(NTTという言葉を出せば安心するとでも思っているらしい・・・全部嘘だっ)のA社ですが、このたび電話料金が改定されましたので、変更手続きのご案内をしております、云々・・・

この種の電話切り替えセールスが一番たちが悪い。

慣れない頃(住職なりたての頃)は話に付き合ったり、時には契約したりしていたが、結局電話料金なんてそんなに変わるわけがない。
どこも一緒だ。
下手に契約すると、料金支払いが二本立てになったり面倒くさいことになる・・・。

電話に付き合ってるだけ、ハッキリ言ってかなりの時間の無駄だ(俺の時間を返せ!)。

特にトイレとか行ってる時に、慌てて出た電話がこういうのだと、さすがの私もカチンとくる

だが、最近はこういう電話も即切りできるようになった。

ものの五秒である。

相手がなんか話していても、間髪を入れずに「お断りしますっ」ガチャッ!

だけど、どう対応したところで後味は悪い・・・イライラする。

この人たちは、こんなインチキな営業をして人生虚しくならないのかと思う。

あと次に多いのが資産運用。

特に先物取引。

これもヤバイ。

そのヤバさは過去に少しだけ体験している。

とにかく、電話切り替え系と、資産運用系のセールス電話は即切りに限る。

あと嫌いなものは消費者金融(羊の皮を被った狼め)。

な~にが「ご利用は計画的に」だ!

あほんだら

この二つは、世の中から消えて欲しい(って言ったら言い過ぎだろうか)。


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書きものケイ(係)、デビュー

2006年09月18日 | 思い・お寺の活動
今日は、高校・大学時代の友人Mの晋山結制(正式な住職となる大行事)の準備手伝いに行って来た。

Mに書きものケイ(係)を頼まれる。

大行事の書きもの係を頼まれるのは初めてである。

とても名誉なことだ(と自分は思っている)。

可漏(お礼のお金を入れる袋)や、単牌(案内札)を書く。

書道は過去に半年しか習っていないが、吉峰寺(道元禅師の開いた山寺)に配属されていたときに時間があったので、硬筆字典のお手本を見ながら、チラシに何度も書き写して練習した。

おかげで、ある程度、楷書体の形は習得できたと思う。

なにげに永平寺雲衲の書初め展で銅賞を取った事もある(自慢)。

とは言え、まだまだ自己流だ。

安定感もいまいち。

精進あるのみ。

たくさん書いて疲れたが充実感はあった。

いろんなお寺で頼まれるように、もっとうまくなりたいと思う。


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湯河原へ

2006年08月30日 | 思い・お寺の活動
今日は、湯河原へ教区の宿泊研修に行ってまいります。

人権学習、教区会議のあとは、ゆっくり温泉に浸かって夏の疲れを癒せそうです。

また、教区の宗侶の方々と水入らずで(お酒はいくらか入りますが・・・)懇親を深めるいい機会でもあります。

それでは、行って参ります!


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