~小正月2010~
今日1月15日は、小正月。というわけで、昨日14日は奄美では「ナリムチ」だった。
我が家にとって、4回目のナリムチである。
それぞれ写真をクリックすると、過去のナリムチ記事に飛びます...↓●2007年のナリムチ
初めてナリムチの習慣を知り、2歳なりたての長男が寝ている隙を狙って、長女と次女で飾った。
●2008年のナリムチ
永田橋のお店で買った小さいナリムチに自作の貝殻ネズミさんをプラス。
●2009年のナリムチ
これまた永田橋で購入し、3人の中で何かと災難に合う次女の息災を祈るも、この1年も唯一新型インフルエンザに罹ったのは次女。300円のナリムチはご利益を期待するには安すぎたか...
そして2010年。
これまで永田橋界隈でいつも買い、お店の方数軒には結構ナリムチについて尋ねたりもしたので、今回は違う人の話も聞いてみたくて別の場所で買い、長男と、次女で作らせてみた。
粘土細工状態で、ボテボテのお餅がたわわについた
ちなみに、長女は3年前は喜んで参加したのに、今回は「私はやらなくていい」状態。
ナリムチで、感じる子の成長だった...
********************
今年も中途半端にナリムチについて、調べてみた。
まず、ちょっと古いが2005年の永田橋界隈を、奄美ライフTVより。
永田橋市場でナリムチを売る様子
お店の方が、飾る場所のひとつに「テレビの上」とおっしゃっているのが、5年前といえ時代を感じるような... だんだん物を置けるような厚みのあるテレビはなくなってきたことだしー。(我が家のテレビにはまだ色んなものが置けるけれど^^;)
「昔はこの辺りしかやっていなかった」とは、永田橋界隈というか名瀬中心地しか無かったのかな、とも取れるが、そうでもないことはここ数年(特に2007年)、奄美ブロガーの皆さんにナリムチについてあれこれ教えていただいた時に聞いている。
今日は、住用ご出身の年配の方とお話する機会があったので、ナリムチについて尋ねてみた。
その方によれば、住用は三太郎峠を境に名瀬側をスタル、向こう側をスィミ(??と聞こえたのだが、合ってますか??)に分かれて、自分はスタルの川内だったのだが、川内集落だけはナリムチの習慣が無かったそうだ。
同じスタルでも、和瀬、東仲間、東城、城の友達などは、「今日やナリムチじゃや~」と喜んで帰っていたところをみると、ナリムチの日には何かしたんでしょうねぇ...とのこと。その辺りの集落では、お墓にも綺麗にナリムチが飾られていたが、川内ではしなかったー。
ちなみにこれは80代の方のお話なので、住用でももう何十年も前からやるところはやるが、集落によっては全くしない...と、いうことで、面白いもんですね。
ナリムチは、ヒキャゲにして食べる、というのは住用も同じ。「では、ナリムチをしなかった川内では、ヒキャゲは食べないんですか?」と尋ねると「ナリムチの後でなく、正月の餅でヒキャゲはした」そうである。
そうそう、今回ブブキを買ったお店でも「このお餅は飾った後食べるんですか?」と聞いたら、「いやー、今は食べないわね。」ということで、捨てちゃうそうな。これまでの永田橋市場の方々に尋ねた結果と同じ。
他に、Twitterでは同じ奄美でもブブキを「ムチナラシ木」と呼んでいたところもあると教えていただいたり。
奄美でも色々...
全国的に、似たような習慣があちこちであり、奄美では「ナリムチ」だがその呼び方は色々であることは、bizaさんのブログ(→こちら=「日本民俗地図」からの引用)で前に教えていただいた。
このうちいくつか検索してみたところ(←ヒマ人)、やってるところは今でも結構やってるんですねー。
私は奄美に来るまで、プラスチックで作られた花餅をスーパーで見かけたことはあっても、おうちでお供えしているのを見たことがなかったので、初めて見た時は「奄美の習慣?!」とまで思ってしまったぐらいだが。
奄美のように4色でなく、2色のお餅も多いし、小正月でなく、普通のお正月にやるところも多いようだ。
特に飛騨高山地方を中心に中部地区では「花餅」がたくさんヒットした。 また、bizaさんとこには書かれていない呼称として、「生業木(なりわいぎ)」「餅手鞠」なんてのもあった。
そうかと思えば、全然検索ヒットしない名前もあり、そういうのは廃れちゃったんだろうなぁ~
ナリムチ、なりもち、なり餅...と検索していたら「甘辛いナリ餅」?!
見てみたら「あまから稲荷餅」だったりー。
今年もあっという間に時間が過ぎてしまうナリムチの夜ー。
今日1月15日は、小正月。というわけで、昨日14日は奄美では「ナリムチ」だった。
我が家にとって、4回目のナリムチである。
それぞれ写真をクリックすると、過去のナリムチ記事に飛びます...↓●2007年のナリムチ
初めてナリムチの習慣を知り、2歳なりたての長男が寝ている隙を狙って、長女と次女で飾った。
●2008年のナリムチ
永田橋のお店で買った小さいナリムチに自作の貝殻ネズミさんをプラス。
●2009年のナリムチ
これまた永田橋で購入し、3人の中で何かと災難に合う次女の息災を祈るも、この1年も唯一新型インフルエンザに罹ったのは次女。300円のナリムチはご利益を期待するには安すぎたか...
そして2010年。
これまで永田橋界隈でいつも買い、お店の方数軒には結構ナリムチについて尋ねたりもしたので、今回は違う人の話も聞いてみたくて別の場所で買い、長男と、次女で作らせてみた。
粘土細工状態で、ボテボテのお餅がたわわについた
ちなみに、長女は3年前は喜んで参加したのに、今回は「私はやらなくていい」状態。
ナリムチで、感じる子の成長だった...
********************
今年も中途半端にナリムチについて、調べてみた。
まず、ちょっと古いが2005年の永田橋界隈を、奄美ライフTVより。
永田橋市場でナリムチを売る様子
お店の方が、飾る場所のひとつに「テレビの上」とおっしゃっているのが、5年前といえ時代を感じるような... だんだん物を置けるような厚みのあるテレビはなくなってきたことだしー。(我が家のテレビにはまだ色んなものが置けるけれど^^;)
「昔はこの辺りしかやっていなかった」とは、永田橋界隈というか名瀬中心地しか無かったのかな、とも取れるが、そうでもないことはここ数年(特に2007年)、奄美ブロガーの皆さんにナリムチについてあれこれ教えていただいた時に聞いている。
今日は、住用ご出身の年配の方とお話する機会があったので、ナリムチについて尋ねてみた。
その方によれば、住用は三太郎峠を境に名瀬側をスタル、向こう側をスィミ(??と聞こえたのだが、合ってますか??)に分かれて、自分はスタルの川内だったのだが、川内集落だけはナリムチの習慣が無かったそうだ。
同じスタルでも、和瀬、東仲間、東城、城の友達などは、「今日やナリムチじゃや~」と喜んで帰っていたところをみると、ナリムチの日には何かしたんでしょうねぇ...とのこと。その辺りの集落では、お墓にも綺麗にナリムチが飾られていたが、川内ではしなかったー。
ちなみにこれは80代の方のお話なので、住用でももう何十年も前からやるところはやるが、集落によっては全くしない...と、いうことで、面白いもんですね。
ナリムチは、ヒキャゲにして食べる、というのは住用も同じ。「では、ナリムチをしなかった川内では、ヒキャゲは食べないんですか?」と尋ねると「ナリムチの後でなく、正月の餅でヒキャゲはした」そうである。
そうそう、今回ブブキを買ったお店でも「このお餅は飾った後食べるんですか?」と聞いたら、「いやー、今は食べないわね。」ということで、捨てちゃうそうな。これまでの永田橋市場の方々に尋ねた結果と同じ。
他に、Twitterでは同じ奄美でもブブキを「ムチナラシ木」と呼んでいたところもあると教えていただいたり。
奄美でも色々...
全国的に、似たような習慣があちこちであり、奄美では「ナリムチ」だがその呼び方は色々であることは、bizaさんのブログ(→こちら=「日本民俗地図」からの引用)で前に教えていただいた。
このうちいくつか検索してみたところ(←ヒマ人)、やってるところは今でも結構やってるんですねー。
私は奄美に来るまで、プラスチックで作られた花餅をスーパーで見かけたことはあっても、おうちでお供えしているのを見たことがなかったので、初めて見た時は「奄美の習慣?!」とまで思ってしまったぐらいだが。
奄美のように4色でなく、2色のお餅も多いし、小正月でなく、普通のお正月にやるところも多いようだ。
特に飛騨高山地方を中心に中部地区では「花餅」がたくさんヒットした。 また、bizaさんとこには書かれていない呼称として、「生業木(なりわいぎ)」「餅手鞠」なんてのもあった。
そうかと思えば、全然検索ヒットしない名前もあり、そういうのは廃れちゃったんだろうなぁ~
ナリムチ、なりもち、なり餅...と検索していたら「甘辛いナリ餅」?!
見てみたら「あまから稲荷餅」だったりー。
今年もあっという間に時間が過ぎてしまうナリムチの夜ー。
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