飛鳥への旅

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万葉アルバム(関東):群馬県、高崎市 高崎自然歩道 山名八幡宮/佐野山に・・・

2013年06月17日 | 万葉アルバム(関東)


佐野山に 打つや斧音(おのと)の 遠かども
寝もとがころが おもに見えつる
   =巻14-3473 作者未詳=


 佐野の山に打つ斧の音のように遠いけれども、寝ようというのであろうか、おとめが面影に見えました。という意味。

佐野山:高崎市山名町から吉井町にかけての山名丘陵を古くは佐野山と呼ばれていた。


万葉歌碑 碑文<クリックで拡大>
歌碑は、山名八幡宮西側の坂道を登りつめた林の中にある。
碑文:左努夜麻尓宇都也乎能等
   乃等抱可騰母彌毛等可児
   呂賀於母爾美要都留
     さぬやま尓う津やを能と
     乃登ほ可ともねもと可こ
     ろか於もにみえ津る

 群馬県高崎市、高崎駅から上信電鉄に乗り換えて山名駅下車すぐ山名八幡宮が鎮座している。
ここから根小屋駅にかけての一帯が山名丘陵で、鎌倉時代から鎌倉街道として行き来し、今は高崎自然歩道としてハイキングコースになっている。その起点が山名八幡宮で、境内に「石碑(いしぶみ)之路」の碑がある。
高崎自然歩道の一部に上野国を詠んだ万葉の歌を刻んだ石碑が道々24碑置かれており、「石碑(いしぶみ)之路」として呼ばれている。


 山名八幡宮は、安元年中(1175~1177)に、新田氏の祖の新田義範による創建といふ。新田氏からは山名の地名を苗字にした山名氏が出て、南北朝のころは足利氏に従ひ、山名宗全は応仁の乱の西の雄となった。


 この万葉歌碑は群馬県高崎市山名町の山名八幡宮の裏、東に600mくらいの丘上に建っている。
丘上に大きな山名御野立所跡碑が建っており、万葉歌碑はその片隅にひっそりと佇んでいる。
山名御野立所跡碑は、昭和9年秋、陸軍特別大演習の時昭和天皇が御野立になり、眼下烏川付近の野戦演習を御覧になった処という。

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