消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(395) 日本を仕分けする(19) オバマ(3)

2011-02-02 13:10:59 | 野崎日記(新しい世界秩序)

 ところが、オバマ政権は、三兆ドルを二月一〇日に約束したのである。それ以前の、公的資金投入約束、および、借金額をすべて加算すれば、米国のGDP一五兆ドルの八〇%強を占める。しかし、これだけの巨額の資金調達自体が米政府にはできない。FRBは、いずれ、過渡的に国債を引き受けるように軌道修正をするであろうが、問題は、国債の市中消化のあてがまったくないことである。日本は米国の圧力に屈して米国債を引き受けるであろうが、日本よりもこれまで、大量の米国債を引き受けていた中国は、オバマ新政権への不信感を隠していない。

 ブッシュ政権時代のポールソン財務長官が、まず、中国の感情を刺激した。退任直前の二〇〇九年一月二日、『フィナンシャル・タイムズ』に「とりわけ、中国の過剰貯蓄が金利低下をもたらし、リスクを世界中に広げた」と、今回の金融危機の原因は、中国にあるとして、米国責任論を否定する発言をした。ポールソンは、ゴールドマンサックスの会長時、対中国ビジネスを強化し、中国で最初の元を扱う外国金融機関の地位を確保してきた。にもかかわらず、退任直前になって自らの責任を中国に転嫁したのである。

 オバマ政権の財務長官のガイトナーも前任者の発言を踏襲し、「中国は為替操作国として大統領が認識している」とこれまた中国を挑発した(二〇〇九年一月二二日、上院財政委員会の質問への返答書簡)。米国に対する発言権を増す意図であろうが、中国は、米国の金融危機が深刻化した二〇〇八年九月から米国債購入を増やしていた。しかし、ガイトナー発言に立腹した中国の温家宝首相は、二〇〇九年一月三一日、英国の華僑関係者とのロンドンでの会合で「今後も米国債を買い続けるか、どの程度買うかは、中国の需要や外貨資産の安全性と価値を保つ必要性に基づいて決める」と述べ、米国債を大量に買い増してきたこれまでの方針を見直す可能性を示唆した(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/218319)。

 とすれば、米国が即刻で頼れるのは日本のみである。オバマ政権の発足後、クリントン国務長官が初の外遊先として日本を訪れたほか、麻生太郎首相が外国首脳として初めてホワイトハウスに招かれた。日本との関係緊密化に動く背景には、発行が急増している米国債の購入を要請することが狙いではないかとの観測記事が出されていた。二〇〇九年二月二五日現在、日米首脳会議の公式発表からは、米国債の話は出ていない。しかし、何らかの裏取引が両首脳間で交わされた可能性は否定できない。真相は不明である。ただし、膨大な米国債は日本のみでは消化できない。

 オバマ政権の相次ぐ財政支出で、二〇〇九年度の財政赤字は一兆五〇〇〇億ドル(約一四二兆円)に上るとみられ、長期金利は、深刻な景気後退にもかかわらず、二〇〇九年に入りジリジリと上昇している。コロンビア大学経営大学院の日本専門家、アリシア・オガワは「中国に次ぐ世界第二位の米国債保有国である日本に米国債の継続的な購入を要請することが首脳会談の目的の一つ」と分析していた。米国債の二二%を保有する中国が米国債を買わなくなればオバマのシナリオは完全に崩れる。リチャード・カッツは「日米首脳会談で日本の顔を立てた後は、米国は中国との対話を本格化させる」と予想した(http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009022400518)。

 中国を恫喝すれば、米国の危機を解消できると単純に思いこむオバマ政権は、かなり危ういと大前研一は断言した(前記ブログ)。


 三 金融規制反対であったオバマ政権の経済閣僚


 LTCM破綻後の一九九八年に、米商品先物取引委員会(CFTC=Commodity Futures Trading Commission )のブルックスリー・ボーン(Brooksley Born)委員長(Chairperson)が、金融取引を規制せず野放しにすれば「経済が重大な危機にさらされる」可能性があると言明した。しかし、規制導入をめぐり、グリーンスパン前FRB議長やルービン元米財務長官との縄張り争いに屈した(http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=infoseek_jp&sid=a47IZfZDKVDw)。

 ボーン委員長による試案取りまとめの段階で、当時財務相副長官であったサマーズが委員長に電話をかけ、副長官室に一三人の金融実務家たちが待機しているが、「この試案を
発表すれば、第二次大戦後の最大の金融混乱が起こると彼らは懸念している」と恫喝した。

 一九九九年一一月、長官に昇進したサマーズ財務長官とグリーンスパンFRB議長が、金融派性商品を政府の管理下に置くことに反対した報告書を出した。さらに、二〇〇〇年、上院銀行委員会の当時の委員長のグラム共和党上院議員が提出した「二〇〇〇年商品先物近代化法」が成立し、商品先物の規制を事実上禁止した(Heuvel, Katrina, "Brooksley Born: The Woman Greenspan, Rubin & Summers Silenced," http://www.global-sisterhood-network.org/content/view/2205/59/)。

 つまり、債権の証券化の歯止め、金融派生商品の規制、レバリッジ規制、投資内容の透明化、格付け会社の透明化、モノラインの透明化、等々の米国が解決すべき課題解決の道筋すらオバマ政権はつけていない。確実なのは、口先約束の破綻からくる経済の奈落、約束を果たした後のハイパーインフレーションの恐怖、それこそ、本格的な恐慌の到来である。