消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.208 格付け会社改革の試み

2008-01-10 15:11:19 | 格付け会社
 米大手証券メリルリンチのスタンレー・オニール会長、米最大の金融グループシティグループのチャールズ・プリンス会長が相次いで辞任したのは、サブプライム・ローン関連の投資で大きな損失を出したことの責任をとったものである。

 金融危機が生じるたびに格付け会社が誤った格付けをしていたとして非難される。二〇〇七年に大騒ぎとなったサブプライムローン問題のときもそうであった。

 
ムーディーズ、S&P、フィッチなどの指導的な格付け会社がサブプライム・モーゲージ市場の悪化に迅速な対応をしなかったとして批判された。加えて、格付け会社が証券の発行体から格付け手数料をとっているために、顧客におもねて、不十分な分析しかせず、実体よりも高い格付けを行ってきたのではないかとの疑念も出されている。

  サブプライム・ローンに基づく住宅ローンを担保とした証券は、「住宅担保証券」(RMBS)と呼ばれる。そしてこのRMBSを裏付けにし、他の担保証券をも加えてさらに証券化されたものが「債務担保証券」(CDO)である。

 このCDOの格付けが甘すぎたことが投資家に損失を与えたという批判に対して、格付け会社側は、格付けが甘かったから問題が発生したのではなく、地価の下落や想定を上回るほどの規模で債務返済の延滞が広がったために、証券化商品に流動性が急激に低下した結果、証券化商品の価格下落が進行したのであって、格付け会社側は、証券の信用度を格付けしただけであり、流動性の高低を格付けに織り込んだわけではないという弁明を繰り返したのみである。

 米国では、格付けの仕方、格付け会社による著しい寡占状態、格付け相手から手数料をとることの利益相反の問題は、過去幾度も論議されてきた。

 二〇〇一年末から翌二〇〇二年にかけて、エンロン、ワールドコムなどの不正会計事件を契機に、格付け会社は正しく格付けしているのかの疑問が噴出した。これを受けて、二〇〇二年七月に成立したサーベンス・オクスレー法には、SECが格付け会社に関する調査報告書を大統領と議会に提出する義務が明示された(同法、七〇二条(b))。さらに、同年一一月、SECは、NRSROに関する公聴会を開催し、二〇〇三年一月に調査報告書を提出した。格付け会社の役割、利益相反、参入障壁などの調査結果が盛り込まれた報告書であった。二〇〇五年四月に同じ内容のものが公表されている(SEC[2005a])。

 さらに、SECは、同年三月、NRSROに関する「コンセプト・リリース」を公表した。コンセプト・リリースとは、ものごとを判定する基準を公表することである。NRSROは継続させるとした上で、判定プロセスと監督方法の説明がそこでは行われた。

 そして、二〇〇四年一二月、「証券監督者国際機構」(IOSCO)が、格付け会社の自主的行為規範を提示した。IOSCOは、米日欧の証券監督当局で作っている国際的機関である。そこでは、格付けの質の向上、格付け会社の独立性の確保、利益相反排除、非公開情報を悪用することの防止、等々が守られるべき原則として提示された。

 二〇〇五年四月、SECは、上述の、格付け会社の定義に関する規則案を公表した(SEC[2005a])。

 これによって、NRSROに関する手直しが検討されることになった。NRSROとして認知を内定する通知は、「ノーアクション・レター」と呼ばれる。このノーアクション・レターを得るためには、「全国的に認知されている」ことが条件になっていたが、これは、事実上の参入障壁になっていた。NRSRO認定を受けていない格付け会社は、全国的に認知されない。認知されていないので、NRSROの認定が得られないというジレンマに立っていた。二〇〇五年時点でのNRSROは、古参のS&P、ムーディーズ、フィッチの他に、ドミニオン・ボンド・レーティング・サービス(DBRS)、A・M・ベストを加えた五社体制であった。DBRSは、二〇〇三年二月に、A・M・ベストは二〇〇五年三月に認定されたのである。

 二〇〇五年の規則案では、「全国的に認知されている」という文言に代えて、「金融市場で一般に受け入れられている」という文言が用いられ、さらに、一部の業種、一部の地域で受け入れられている会社も認定対象になった。

 また、格付け会社が複数の業務を兼営している企業の一部門であるかぎり、利益相反問題、非公開情報の悪用問題などが生じる危険性があるとの認識が打ち出された。

 ノーアクション・レターの提出は、これまでは期限を定められていなかった。DBRSは約二年もかかった("Rating Agency is chosen - Dominion Bond is named by SEC to join Moody's Standard & Poor's, Fitch," Wall Street Journal, February 25, 2003)。イーガン・ジョーンズ(Egan-Jones)という格付け会社は、一九九八年にNRSRO認定の申請をしたがまだ認定されていない。レース・フィナンシアル・コープ(Lace Financial Corp.)は一九九二年に申請したが、二〇〇〇年に拒絶された("After early criticism, will Rating Agencies beat heat?" American Banker, January 2, 2003)。

 二〇〇五年四月(SEC[2005a])のリリースでは、申請からレターの回答までを九〇日間を目途としたことによって、認定審査機関を大きく短縮した。

 このリリースの内容を法制化すべく、SECは、二〇〇五年六月六日に法案の枠組み案を提示した(SEC[2005b]。これは、ポール・カンジョルスキー下院議員の要請に基づくものであった。

 まず、格付け会社に対する監督・検査の権限がSECに付与されること、RSROを含むすべての格付け会社はSECに登録されること、格付けの質を向上させ、非公開情報の悪用を防止する義務を格付け会社は負うこと、格付け会社は記録を保持し、業務内容をSECに報告すること、SECは必要ならば行政・民事手続きをもつこと、一九三四年の証券取引法を改正して、登録格付け会社への調査権限や規制制定の権限がSECに与えられること、等々がSEC案であった。SECの案は、NRSROの制度を維持しようとするものであった。

 SEC案に対抗して、二〇〇六年六月二〇日、マイケル・フィッツパトリック下院議員が「二〇〇五年格付け機関複占緩和法案」(Credit Rating Agebcy Duopoly Relief Act of 2005; HR2990)を提出した。

 
これは、NRSROの廃止を謳ったものである。NRSROが格付け会社の「上位二社の寡占体制」(Duopoly)を作り出しているのに、SEC案では、むしろ、NRSROを強化しようとしているとフィッツパトリックは批判する。

 フィッツパトリック案では、「全国的に認知された(Recognized)格付け機関」は、「全国的に登録された(Registered)格付け機関」に替えられる。さらに、利益相反を防止するために、格付け会社の投資顧問業務を廃止させるとした。

 NRSROが参入障壁になっているのか、そうではないのか、NRSROが格付けの質を高めているのか、そうではないのかが、これら法案をめぐる二〇〇五年六月二九日の「下院金融サービス委員会」の「資本市場・保険・政府後援企業小委員会」での公聴会の中心的な論点であった(野村亜紀子[2005]、四一ページ)。

 そして、二〇〇六年九月には、「格付け機関改革法」(the Credit Rating Agency Reform Act)が成立した。それは、NRSROの存続を明記したが、SECにNRSROの認定基準を明確にする義務を課した。SECは、米国で営業するすべての格付け会社を登録させる。日本の格付け会社もSECに登録され、SECの監督を受けることになった(大崎貞和「サブプライム問題きっかけに関心呼ぶ格付け機関のあり方」、http://special.reuters.co.jp/contents/insight/index_article.html?storyID=2007-11-09)。

 NRSROの認定は、これまでのSECのスタッフによるものではなく委員会が行うことになった。ただし、格付け方法に関しては、業界の自主的な決定に委ね、SECは関与できないものとされた。

 この法律を補完するものとして二〇〇七年六月、SECは、「NRSROに登録されている格付け機関の監督」(Oversight of Credit Rating Agencies Registered as Nationally Recognized Statttical Rating organizations)という新ルールを公表した。

 それでも、格付け会社に対する批判は鎮まっていない。そうした批判の高まりを受けて、二〇〇七年九月二六日、米上院銀行委員会は、公聴会を開き、SECのコックス委員長の証言を求めた。コックス委員長は、サブプライム・モーゲージ関連の証券発行体と引受会社が格付け会社に不当な影響を与えたのではないかという問題について、SECで調査していると証言した。また、コックス委員長は、格付け会社が業務を遂行する上で、利益相反の問題を避けるために決められていた規定を遵守していたかも調査中であると証言した。そして、「調査では、住宅ローン担保証券を市場に提供する上での格付け会社の役割が、これら企業の厚生である能力を低下させたかどうかが明らかになる見通し」だと断言した。もってまわった言い方ではあるが、格付け会社が不正を行わなかったのかをSECは調査していると言ったのである(http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJAPAN-28077320070927)。

 上述のIOSCOが、格付け会社の規制強化をめぐる専門チームを結成し、二〇〇八年二月に調査報告をまとめるとの見通しであることを、コックス委員長が来日して、二〇〇七年一一月九日に明らかにした。ただし、SECとしては、格付け会社に対する新たな規制については、「いまの段階では考えていない」と記者会見で語った(http://www.shikoku-np.co.jp/national/economy/article.aspx?id=20071109000190)。問題はなにも解決していないのである。