消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

世界と日本の今を読み解く(終)

2006-04-29 01:03:22 | 世界と日本の今

 今晩は、本山です。

 本日で、このタイトルの連載は終了します。

 

 さて、日米安保条約(5)というのがあります(岸信介が改訂した「新安保」)。これは実は、軍備以外のことも含むものなんです。第2条で日米経済の一体化ということを謳っている。それが今に続いています。第4条でやっと軍備が出てくる。この条文をぜひ読み直してみてください。吉田茂がサンフランシスコ条約で独立を獲得して、直後に安保条約にサインした。アメリカは再軍備を要求していましたが、さすがにこれは無理で、アメリカ軍を代りに入れたんではないでしょうか。10年後、安保闘争が起こります。アメリカ大使にハーターという男がいる。共和党です。実は初代USTRなんです。彼の頃に、商務省なんかは飛ばして大統領直轄の通商大使が生まれた。毎年5つの要望書を日本に出し、のちその実現の度合が評定される。USTRというのは、このように獰猛な連中なんですが、カネに弱くて、引退後はほとんど日本企業のロビーになっています。これがアメリカの弱みですね。ボーイングを売り込んだ男は、のちにエアバスをアメリカ市場に売り込む役目を買って出ている。ヨーロッパのエージェントになったわけです。

  (5) このリンクは防衛庁・自衛隊のサイト。ただし、吉田茂が調印した「安保条約」については、「東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室」のサイトを参照。

 

 さて、ライブドア事件がありました。昨日、堀江さんは、やっと保釈されましたね。この事件のポイントはどこにあるか。情報開示論がさかんで、粉飾決算が責められていますが、おかしなところがある。アメリカは乗っ取られる側には開示を求めるくせに、乗っ取る側はデータを開示しません。村上ファンドは情報を開示しなくてもいいのに、阪神電鉄はしなくてはいけない。乗っ取り側のファンドはプライベートでいいのに、乗っ取られる側の会社はパブリックであるように要求される。銀行なんかは小口のカネを一般市民から集めていて、損失を出したときに国民的問題になる。でも、ファンドに出資するのは一握りの金持ですから、損をしても騒がない。おカネを返せというのはわれわれ庶民だけです。お金持は違う。今のM&Aブームのエンジンがこの非対称性にあります。

 アリストテレスは『ニコマコス倫理学』で、こういう投資のやり方をすでにおかしいと言っている。彼の時代、タレスという哲学者がオリーブを絞る機械を使う権利を買いました。でもおカネは払っていない。それなのに、使用権を転売して儲けた。人々は、収穫の季節、背に腹はかえられないからお金を払った。だから、共同体全体として損をしました。アリストテレスの「オイコノミカ」というのは、こういうやり口がおかしいということを言っているんです。ところが日本の翻訳文化の中では、これが「家政学」と訳されている。人間の倫理は進歩しません。新しいものを追わず、古いものを今の言葉で語るべきなんです。政治家というのは昔から悪い顔をしていますが、今は経済学者まで悪い顔になった。人間に関する素養がないんです。マスコミはマスコミで、忙しすぎて勉強する暇がない。そういうことで、われわれは物事の本質を考えられなくなっています。学者は企業からカネをもらってくる人が評価されて一流といわれる。わたくしのように大きな企業が潰れるなんていう人間にはカネは来ません。こういう世の中ですから、みなさんも保革の垣根を超えて連携することも含めて、どうしたらいいか考えていただきたいと思います。