海流入、50年までに魚の総重量超え?
毎日新聞2018年7月15日 23時16分
安価で丈夫なプラスチックは多くの製品に用いられ、20世紀半ば以降の暮らしを大きく変えた。2050年までに海に流入するプラスチックごみの総重量が、世界の海に生息する魚の総重量を超えるとの予測もあり、分解されずたまり続ける大量の廃プラスチックの問題が今、世界で懸念されている。16日は海の日。「便利さ」追求の陰で広がる「危機」を現場から考える。【ニューデリー松井聡、ムルシア(スペイン南東部)で八田浩輔】
ガンジス川からインド洋へ 年間9万~24万トンとの推計
気温40度超、熱風とともに腐敗臭がプラスチックごみの「川」から吹き上げた。雨期目前のインドの首都ニューデリー。不法移民の多い貧困地域タイムール・ナガル地区にあるその「川」は元々は水路だが、ビニール袋やストローなどが人の背丈ほども積み上がり、加えて残飯も辺りを覆う。
地元NGOなどによると、ごみの3分の1はこの地区から出たものだが、3分の2はペットボトルなどを換金するため住民が地区外から持ち込んだもの。カネにならないビニール袋などが際限なくたまっていく。「食べていくのに精いっぱい。環境のことなんて気にしていられない」。ペットボトル探しをする不法移民のブドゥさん(39)は言った。
雨期になればごみは水に押され、ガンジス川を通ってインド洋へと流れ込む。「残念ながらこの水路は海や川の汚染の原因だ」。衛生担当の住民、チョードリーさん(27)は嘆息した。地元紙によると、インド国内から海に流入するプラスチックは年間9万~24万トンとの推計がある。
地中海 クジラの体内から29キロ
インドから直線距離で約8000キロ離れたスペイン南東部ムルシア州のパロス岬。今年2月、地中海の海岸に体長約10メートルのやせ細ったオスのマッコウクジラの死骸が打ち上がった。同僚らと死因を調べることになった「エル・バリエ野生生物保護センター」のアリシア・ゴメス・デラモーンさん(29)は、クジラの胃と腸から消化されずに残ったプラスチックの破片を見つけたが、当初は驚きはなかった。プラスチックは世界の海岸に打ち寄せるごみの8割以上を占め、海洋生物の体内に取り込まれたりする例はよくあるからだ。
だがその後、アリシアさんたちは言葉を失うことになった。「ごみを引っ張り出したら次から次へと止まらなくなって……」。3時間半かけて取り出したごみの大部分がプラスチックで総量は29キロ。地中海を取り囲む中東、北アフリカで使われるアラビア語が書かれたレジ袋なども含まれていた。「打ちのめされた。なぜこんなことが起きるのかと」
海はつながっている。世界のどこかで出たごみが、別のどこかで生き物や地球を苦しめる。クジラはその象徴なのか。
スペイン南東部の岬に打ち上がったマッコウクジラの体内から見つかった29キロものごみは主にプラスチックで、レジ袋やペットボトル、傘などの生活用品、その他は漁業に使うネット、農業用の温室の一部など計47種に及んだ。洗って乾燥させても19キロの重さがあった。
アリシアさんは、体内にプラスチックごみをためたせいで食べ物を取り込めなくなった結果、餓死に至ったとみる。このマッコウクジラの重さは約7トンで、10メートルの体長から推測できる一般的な体重の3分の1程度しかなかった。マッコウクジラは水深3000メートルまで潜ることができるとされ、主に深海にすむイカなどを捕食する。呼吸のために水面に出る際などに浮遊するプラスチックごみを誤って取り込み、排出できずに体内に積み重なった可能性があるという。
現在世界の海にどれほどのプラスチックごみがあるのか、正確に知ることは難しい。
国際的に多く引用されるのが米ジョージア大などの研究チームによる推定だ。15年に米科学誌サイエンスで発表された論文によると、世界の沿岸部から海に流出するプラスチックは毎年480万~1270万トン(中間値は約800万トン)。陸上で適切に処理されなかったごみが主に河川を通じて流れ込み、中国やインドネシア、フィリピン、ベトナムなど東南アジアが最大の発生場所となっている。
マッコウクジラが打ち上がった地中海は「世界で最もプラスチックに汚染された海の一つ」(世界自然保護基金)と指摘される。大西洋につながるジブラルタル海峡は狭く、沿岸を取り囲む欧州、中東、北アフリカ諸国から流れ込んだごみが閉じ込められる。沿岸のリゾートには年2億人の観光客が訪れ、夏に海に流出するごみの量は他の時期と比べて4割増える。
アリシアさんは今回のケースは「氷山の一角」と強調する。マッコウクジラの多くは死ぬと海の底に沈むため、影響の実態把握は容易ではない。しかしスペイン国内では約20年前にはプラスチックごみを誤食して死んだクジラが既に確認されていた。
またアリシアさんが勤める野生生物保護センターでは最近、5匹のウミガメの死体からストローやペットボトルのふたなどを見つけた。ウミガメは海中に漂うレジ袋などをクラゲと間違えて食べることがあるとみられ、地域のウミガメの死因の5%程度はプラスチックごみではないかと推測されるという。
「人類共通の課題」
軽くて耐久性に優れたプラスチックの特性は海に暮らす生物には脅威としてはね返る。海流に乗って世界の海をさまよい、一部は波や太陽の光の作用で細かく砕けて魚介類も摂食して食物連鎖に入り込む。英プリマス大の研究チームの集計では世界で約700種の海洋動物からプラスチックごみが検出されたことが報告されており、うち17%は国際自然保護連合(IUCN)が絶滅危惧種に指定する種だった。世界経済フォーラムの報告書は、現状のレベルで海への流入が続いた場合、50年には世界の海のプラスチックごみが重量換算で魚を上回ると警告した。
「これは人類共通の問題だ。私たちは地球を破壊しようとしている」。ムルシア州のハビエル・セルドラン環境担当相の危機感は強い。州が今年4月、アリシアさんたちが実施したマッコウクジラの解剖の結果と体内にあったプラスチックごみの写真を同時に公表すると、衝撃は欧米の主要メディアを通してまたたく間に世界へと広がった。
同じタイミングで同州は欧州連合(EU)と協力し、使い捨てのプラスチックごみ削減のためのキャンペーンを始めた。世界で多く使われる英語、中国語、スペイン語の3言語で作った啓発ビデオは、食物連鎖を通して人間の体内にプラスチックが取り込まれていることを示唆する内容だ。
クジラの体内で見つかったアラビア語が書かれたレジ袋などごみの一部は、野生生物保護センターで透明なパネルに密閉して展示されることになった。センターには地域で保護された野生動物が飼育される動物園が併設され、課外授業などで訪れる子どもたちの教材としたい考えだ。
セルドラン氏は、クジラの死が人間の営みを巡る根源的な問いをもたらしたと考えている。「(分解されにくいために)200年以上も地球にとどまるプラスチックをわずか15分のためだけに使う。こうした人間の習慣を終わらせなければいけない。プラスチックに依存した文化を変えることが求められている」【ムルシア(スペイン南東部)で八田浩輔】
海の日。レジャーもいいが海の汚染についても考えてほしい。3.11で多くのプラスチック製品が海に流されていく光景を思い出す。プラスチックに代わる素材の開発が望まれる。