『月刊たくさんのふしぎ』2017年12月号「昭和十年の女の子 大阪のまちで」
牧野夏子・文、鴨居杏・絵、福音館書店、2017年
『こどものとも』シリーズや『かがくのとも』など、福音館書店が発行している月刊絵本雑誌の中でも、とりわけ異彩を放つ存在といえそうなのが『月刊たくさんのふしぎ』でしょう。
「自然や環境、人間の生活・歴史・文化から、数学・哲学まで。あらゆるふしぎを小学生向きにお届けする科学雑誌」(版元サイトの紹介文より)という触れ込みの『たくさんのふしぎ』。小学生向きと謳ってはいるものの、しばしば「これは子ども以上にオトナのほうが面白く思えるんじゃね?」というようなテーマを扱ったりしていて、なかなか油断がならないのです。以前、当ブログでもご紹介しましたが、美術家・村上慧さんが発泡スチロール製の小さな「家」を背負って全国を旅した記録も、まさにそういう一編でありました(昨年3月の記事、【雑誌閲読】『月刊たくさんのふしぎ』2016年3月号「家をせおって歩く」)
今月発売の12月号「昭和十年の女の子 大阪のまちで」(牧野夏子・文、鴨居杏・絵)もまた、子ども以上にオトナが楽しめそうな内容の一冊であります。
大阪の小学4年の女の子・モモちゃんが、ひいおばあちゃんのスミ子さんから古いアルバムを見せてもらいます。モモちゃんと同じ10歳だった頃のスミ子さんとその家族を写した写真は、どれも白黒。でも、スミ子さんが語る昭和十年の大阪のまちには、華やかな色が溢れていたのです・・・。
本作「昭和十年の女の子」は、スミ子さんの思い出ばなしという形を借りながら、昭和初期に大阪で花開いていた華やかな戦前のモダン都市文化を、当時を物語る豊富な写真とともに再現していきます。
大阪で地下鉄が初めて開通したのが昭和8年。梅田と心斎橋を5分で結んだという「高速地下鉄」のことが、今も保存されている当時の車両や、絵はがきなどの写真で紹介されています。景品としてつくられたという紙製のメリーゴーラウンドは、地上の街と地下鉄、さらには空を飛ぶ飛行機が立体的に表現されていて、なかなか楽しそうです。
その地下鉄の駅から地下通路で繋がっていたのが、心斎橋の大丸デパート。大丸が出していたおもちゃの新聞広告や、年末年始用の品物や催し物を列挙した商品カタログからは、生活を楽しむことを覚えはじめたのであろう、当時の人びとのウキウキ感が伝わってくるかのようです。
昭和初期の子どもたちを楽しませた娯楽の筆頭だったのが、映画。本作には、当時人気子役だったシャーリー・テンプルの主演作や、「ポパイ」や「ベティ・ブープ」といったアニメ映画(いや、ここはやはり「漫画映画」と呼んでおきましょう)、さらには特撮怪獣映画の古典『キング・コング』といった作品の広告が載せられています。
『キング・コング』の雑誌広告に記されている宣伝文句は、なかなかの力の入りようで読んでいて楽しくなってきます。当時の仮名遣いと字体のまんまで引いておきましょう。
「前世紀の巨獣が生きてゐた!そ奴がもし東京や大阪に現れたらどんなことになるでせう。急行列車など彼の輕い拳骨でブッ倒れますゾ!
飛行機を知っても、キング・コングを見てなければ廿世紀前期に生きてゐた證據(しょうこ)にはならない!」
雑誌文化も花盛りでした。女の子向けの『少女の友』に付いていた、ケース入り栞セットや花のカードゲームは、カラー印刷がまことに美しくて惹かれるものがありました。また、小学館の学習雑誌『小学◯年生』も、すでにこの時代には出ておりました。
そして、子どもたちの舌を満足させていたお菓子の数々。そこには、「明治ミルクチョコレート」や「グリコ」「森永ミルクキャラメル」、そして鹿児島生まれの「ボンタンアメ」といった、現在でもおなじみのお菓子がいろいろと見受けられて、その息の長さにしみじみ感慨を覚えます。
豊富に織り込まれた資料写真の数々もさることながら、鴨居杏さんによる淡い色彩の絵もまた、昭和初期の雰囲気に良く合っていていい感じでありました。鴨居さんの絵で再現された、当時の女の子たちの服装は、今でも十分通用しそうなオシャレで可愛らしいものでした。
モダン都市文化といえば、東京の銀座あたりがすぐに思い浮かぶのですが、大阪にも実に豊かで華やかな都市文化がしっかりと存在していたということを、本作で知ることができました。
それから数年後には戦争の時代となり、華やかなモダン都市文化も「ぜいたくは敵だ」や「欲しがりません勝つまでは」といったスローガンとともに影を潜め、途切れてしまうこととなります。そう考えると、豊かで華やかな都市文化を楽しむことができる、平和な時代のありがたさも、本作を読んで感じることができました。
子どものみならず、オトナの好奇心もそそってくれる『月刊たくさんのふしぎ』。これからもしっかり、チェックしていきたいと思います。
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