読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【読了本】『スキマの植物図鑑』 逞しくてしたたかな、植物の生存戦略に感心させられる一冊

2014-04-29 21:24:10 | 本のお噂

『カラー版 スキマの植物図鑑』
塚谷裕一著、中央公論新社(中公新書)、2014年


ブロック塀や石垣の間、路肩のアスファルトの割れ目、電柱の根元•••。街中には、そんな「スキマ」に根を下ろして成長し、花を咲かせている植物たちが多くあります。ですが、普段はなかなか、そんな植物たちの存在を意識してみることはなかったりいたします。
そんな街中の「スキマ」で、目立たないながらも健気に、逞しく生きている植物たち110種を、オールカラーの写真とともに簡潔に紹介していくのが、本書『スキマの植物図鑑』です。

ちょうど今の時期にあちこちで目にすることができるであろうスミレ類をはじめ、ドクダミやヒメヒマワリ、ヒガンバナ、ススキ、ナンテンといったお馴染みの植物も多く取り上げられていますが、至るところで目にしているにもかかわらず、本書で初めてその名を知ったものもたくさんありました。
生粋の野草も多々あるのですが、中にはキンギョソウやフレンチマリーゴールド、ペチュニア、ゼラニウムなどの園芸植物や、ニガウリやトウガラシといった食用野菜が野生化し、スキマを見つけて根を下ろしているケースもありました。旺盛すぎる繁殖力で嫌われものになっているセイタカアワダチソウも、もともとは観賞用として導入された外来種なんだとか。
さらには、キリ(桐)やクロマツといった樹木が、電柱の根元や民家の雨樋といったスキマを住処に選んでいたりするのです。沖縄で撮影された、コンクリート塀の亀裂から芽生えているガジュマルの写真も。
植物たちが根を下ろす「スキマ」も実に多様です。塀のスキマや、道路のアスファルトの亀裂、屋根瓦、雨樋、果ては放置されたトラックの荷台を住処に選ぶツワモノまで。
面白いケースでは、普通なら砂浜に分布している種類にもかかわらず、海辺からやや離れた市街地のスキマに生えているハマエンドウなんてのも。ビックリしたのは、ブロック塀の中で固められたような状態になっている切り株から(ブロック塀と切り株の間にはコンクリートまで詰められている!)、塀とのスキマを縫うようにして芽を出しているエノキの写真でありました。なんという逞しさ!
一見、なんともか弱い外見でありながら、固いコンクリートやアスファルトにも負けずに根を下ろすという、植物のパワーには目を見張らされるものがありました。

広々とした場所で生えれば良さそうなものなのに、なんでわざわざそんなせせこましいスキマを住処に選ぶのか?そんな疑問がしてきたりもするのですが、実はスキマとは植物たちにとって「居心地の良い、幸福な場所」で「楽園」なのだ、と著者はいいます。
それはなぜなのか。著者は「あとがき」でその理由を説明します。いったんスキマに入り込めば、光合成をするために必要な太陽光を得るために、他の植物との間の競争をせずにすみ、「そのあたり一帯の陽光を独り占めできる利権を確保」できる、というのが、その大きな理由。その上、アスファルトにより水の蒸発が抑えられたり、雨水が割れ目に流れ込んだりもして、水も「独り占め」にできる、と。なるほど、それは確かに「天国」のような環境だよなあ。
競争を避けることにより得られる、天国のような環境•••。その話で思い出したのが、ビジネスの世界で言われている「ブルー・オーシャン戦略」であります。
「ブルー・オーシャン戦略」とは、血で血を洗うような戦いが繰り広げられている「レッド・オーシャン」(赤い海)のような既存の市場を抜け出し、未開拓の市場「ブルー・オーシャン」(青い海)を生み出すことで競争自体を無意味にする、という戦略のこと。それと似たような形で、植物たちも競争を避けることにより、快適に生きていくことができているというわけなのです。
(ブルー・オーシャン戦略については、W・チャン・キム+レネ・モボルニュ著『ブルー・オーシャン戦略』ランダムハウス講談社、2005年刊を参照)
植物の生き方は、人間のそれとはちょっと違う、ということを著者は言っておられるので、人間の生き方やらビジネスやらに安易になぞらえてしまうのもいささか気が引けるものがありますが、それでも植物たちのしたたかな生存戦略には、なんだかある種の示唆を感じてしまったのであります。
示唆を感じたといえば、あまりにも繁殖力が強くて丈夫であるがゆえに、「園芸植物から帰化植物へと地位が転落した」セイタカアワダチソウについて、著者はこのように書きます。

「園芸植物として、丈夫なことは良いことだが、度を越して繁殖力が旺盛というのは、かえってマイナスなのである。」

ううむ。これもなんだか、どこかニンゲン界においても教訓となりそうなお話なのではないか、と思ってしまうのでありますよ。
とはいえ何より、目立たないように生えている一つ一つの植物が、実はそれぞれに個性を持っている存在であることを、本書は教えてくれました。
そうかあ、みんなこんなにも個性的で面白くて、しかも逞しくて賢い存在だったんだなあ。それなのに、いままでろくに目もくれていなかったなあ•••すまぬすまぬ。
わたくし、本書に向かって思わず、首(こうべ)を垂れたい気持ちになってきたのでありました。

本書は新書ということで、行楽や散歩の友として持ち歩くにもちょうどいいサイズ。街歩きの新たな楽しみも広がりそうです。
今は花を眺めるのには良い時期ですし、本書を手にしながら、目立たないスキマで頑張って生きている植物たちを観察したくなってきました。




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2 コメント

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書評が上手いです (けい)
2014-04-30 13:38:49
わたしは メールマガジンで書評を読んでいますが、閑古堂さんの書評を読んでいるとつい買って読んでみたくなりますね。そのメールマガジンも上手いので買って読もうかなぁと思うのですが、ビジネス書が多いのでこの頃はスルーしています。ここでは新しいジャンル 新しい世界を見させてくれる本を紹介してくれているので とても楽しいです。
しかも その紹介内容がとても読みやすく つい買いたくなるような読んでみたくなるような文章なのです。
あとがきに書かれていたことから ブルー・オーシャンという考えに行きつく当たりも面白かったし、何より身近にある植物の生命力から 人間というものを考えさせてくれているところにも感心しました。深い洞察力に脱帽です♪
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Re:メチャクチャ恐縮です・・・(汗) (閑古堂)
2014-04-30 19:45:00
けいさんのお言葉に大いに嬉しさを感じつつも、身が縮まるような恐縮な気持ちもひしひしと・・・。
わたくし自身、極力一つの分野に偏らずにいろんな分野のことを吸収したいという気持ちがありますので、さまざまなジャンルのものを読むことは、わたくしにとってもすごく刺激になっているんですね。
とはいえ、そのポイントや良さをいかに読んでくださる皆さまに伝えたらいいのか、ということについては、やはりそれなりに無い知恵を絞ったりしてますね。なんせブログを始めて、たかだか1年少々しか経っておりませんので、まだまだ試行錯誤なんですよね。その中で、少しでも人さまに伝わるものを・・・ということは考えている・・・つもりなのですが。
なんにせよ、けいさんのお言葉はすっごく励みになりました!これからも、もっと精進していきたいと思っております!
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