読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【読了本】『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』 閉塞感を打ち破るヒントと志に満ちた熱書

2014-03-30 11:50:14 | 本のお噂

『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』
岩佐大輝著、ダイヤモンド社、2014年


宮城県山元町。イチゴの生産が盛んであった海沿いの穏やかなこの町にも、東日本大震災による津波は容赦なく襲いかかりました。
600~700人の住民が亡くなり、多くの住民が住む場所と職場を失いました。町の主要産業であったイチゴ農家も、129軒のうち122軒が壊滅•••。
まさに絶望的な状況に追い込まれた山元町を立て直そうと、この町に生を受けた一人の男性が立ち上がりました。東京でIT企業を経営している本書の著者、岩佐大輝さんです。
本書は、岩佐さんが最先端のIT技術を駆使したイチゴ生産法人を立ち上げ、さまざまな困難に直面しながらも、わずか3年で高品質のイチゴを生み出し、さらには海外進出を果たすに至る過程を綴った一冊です。

震災による惨状を目の当たりにした岩佐さんは、「人生の一回性についてより深く考えるようになった」といいます。そして、かつて祖父から聞いたことばをあらためて噛みしめることになります。

「人は生まれたからには、その能力を100%使う『義務』がある」

まわりの人や社会のために自分の力を活かすことこそ、経営者としての本分であることを悟った岩佐さんは、イチゴを山元町の「武器」として戦っていくためにイチゴ農家から話を聞きまくり、イチゴづくり35年のキャリアを持つ「忠嗣ちゃん」の協力を取り付けます。
かくて、大ベテランの忠嗣ちゃんが持つ「匠の技」と、iPadなどで水や温度の管理をするという先端IT技術の活用を融合させた、高品質のイチゴづくりへの挑戦が始まります。
しかし、その過程は平坦なものではあり得ませんでした。技術的な試行錯誤、イチゴ生産にまつわる既得権益との戦い、忠嗣ちゃんと若い人たちとの世代間ギャップによる確執、消費者のニーズに合わせていくことの難しさ•••。
それらの壁を、岩佐さんたちは力を合わせて次々と乗り越えていきます。そしてついに、彼らが生み出した最高品質のイチゴ「ミガキイチゴ」は伊勢丹新宿本店への進出を果たし、さらにはインド、サウジアラビアへと海外への進出をも果たしていくのでした•••。

最初は、震災からの復興が主なテーマなのかなと思いつつ読み始めた本書。もちろんその側面もありましたが、タイプの違う人びとが力を合わせながら、さまざまな困難を乗り越えていく挑戦の過程にはワクワクさせられ、勇気の湧いてくる思いがいたしました。
自らの「強み」を見つけ出すためのヒント。違うタイプの人びとと協業するためのコミュニケーションの重要性。新しい農業のあり方。そして、スピード感を持って「まずは動き出す」ことの大切さ、などなど。岩佐さんたちの挑戦の過程には、被災した地域の復興はもちろんのこと、地方を活性化させていくための方法論や、ビジネス全般や個人が生きていく上でも活かせるようなヒントや考え方がたくさん散りばめられています。
中でも、自分が属する業界に引き寄せて考えさせられたのが、イチゴの流通ルートの問題に触れた箇所でした。流通構造が長いために店頭に出るまでの時間がかかってしまい、いい状態のイチゴが店頭に並ばないことを指摘した上で、次のように書いています。

「このような消費者を無視した流通側の都合だけで商売を続ければ、長期的には自らの首を締める。」

このことはイチゴの世界のみならず、やはり「流通側の都合」が最優先にされ、読者の存在が軽視されがちになっている、わたくし自身も属する書店・出版業界にも共通した問題であるように思えました。
また、「本当に町を盛り上げるのなら、自分の住む町だからこそ冷徹に見なければいけないと思うのだ。いいところだけを見ていては現状は変えられない」との記述には、やはり地方に住む者の端くれとして、本当に効果的で意味のある活性化とは何かを考えさせてもくれました。単なる「わが町自慢」に終始していては、活性化はおぼつかないんだな、と。

岩佐さんを取り巻く人びとも魅力的でした。とりわけ、職人らしい頑固さを持ちながらも、変えるべきことは受け入れていく柔軟性をも合わせ持った、イチゴづくりの大ベテラン「忠嗣ちゃん」の姿勢には、真のプロフェッショナルとは何かを教えられました。
自宅やハウスを流されながらも、より良いイチゴづくりに心血を注ぐ忠嗣ちゃん。初収穫で皆が歓喜に沸く中、彼がとっていた行動には胸を突くものがありました。
ほかにも、暖かい人柄と謙虚さで人とのつながりをつくり上げていく、「最強にして最高の、ビジネスパートナー」である「洋平ちゃん」や、厳しくも愛情ある姿勢で接する伊勢丹のバイヤーさんたちもまた魅力的。こういった、さまざまなタイプの魅力ある人びとを引き寄せることができるのも、岩佐さんの持つ人間力と熱意の賜物なのだな、と感じました。

本書で一番強く胸を打たれたのは、一度きりの人生をより良く生きるためにも、100%の力を出して生きていくことを語ったくだりでした。

「たくさんの夢を抱えたまま、消えていった人がいる。やりたいこともやれないまま、行きたい場所に行けないまま、運命に流されてしまった人がいる。
その現実を直視しながら、残された僕たちは何をすべきかを真剣に考えなければいけない。
人生は一回だ。私たちに明日が残されているかどうかは誰にもわからない。」


このことばは、被災した地域に生きる人びと以上に、閉塞感に囚われているすべての日本人にも向けられているように思えてなりませんでした。

ビジネスや人生を前向きに切り開いていくためのヒントと熱い志に満ちた、まさしく「熱書」。一人でも多くの皆さんに読んでいただけたらと願います。








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