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【閑古堂のきまぐれ名画座】椎名誠監督×ホネ・フィルム作品特集 〜野田知佑さんを偲びながら〜 (前篇)

2022-04-17 21:02:00 | 映画のお噂
小説にエッセイにと、今もなお精力的に執筆活動を続けておられる作家の椎名誠さんは、1990年代には「ホネ・フィルム」という制作会社を立ち上げ、映画監督として全部で5本の映画を送り出しました。作品は通常の劇場公開に加え、全国各地のホールなどを巡回しての「コンバットツアー」という形式で上映されました。
本職の映画人ではない、いわゆる「異業種監督」の椎名さんでしたが、若いときには8ミリによる小型映画を撮ったりもしていた映画好きであり、その監督作はどれもしっかりと腰を据えて作られたものとなっていて、大いに驚かされたものでした。
それら90年代の椎名さんとホネ・フィルムの映画作品をまとめたDVD–BOXが、『ホネ・フィルム式活動寫眞全記録』というタイトルで2004年に発売されました(発売元は角川映画、販売元はハピネット・ピクチャーズ)。初回限定発売ということで既に品切れとなっていて、現在ではいくらかプレミアもついているようです。


先日、このBOXに収録されたDVDで、椎名さんとホネ・フィルムの映画5作品を久しぶりに観直しました。
きっかけとなったのは、カヌーイストでエッセイストの野田知佑さんの訃報でした(3月27日に84歳で逝去)。椎名さんと親しかった野田さんは、ホネ・フィルムが製作した5本のうちの3本にも、出演などの形で関わっています。今回のホネ・フィルム作品の再見には、その野田さんを偲ぶという意味もありました。


『ガクの冒険』(1990年 日本)
監督=椎名誠
製作=岩切靖治・谷浩志 プロデューサー=沢田康彦 原作=佐藤秀明『ガクの冒険』
脚本=椎名誠・沢田康彦 撮影=佐藤秀明 音楽=高橋幸宏
出演=ガク、野田知佑

〝とうちゃん〟が漕ぐカヌーに乗って、のんびりと川を旅している犬のガク。あるとき、雨の中を進んでいたカヌーが急流で「沈」(転覆)してしまい、ガクは〝とうちゃん〟とはぐれてしまう。〝とうちゃん〟を見つけ出すための、ガクの冒険行が始まった・・・。
野田知佑さんと、そのカヌー旅の良き相棒であった犬のガクを主演に据えた、椎名さんの映画監督デビュー作です。撮影を担当した写真家・佐藤秀明さんによる同名の写真集を原案として、日本有数の清流として名高い高知県の四万十川で撮影が行われました。

YMOの一員であった高橋幸宏さんが音楽を手がけ、のちに北野武監督や三池崇史監督の作品で撮影を担当することになる山本英夫さんが撮影助手として参加したりもしていますが、スタッフとキャストの多くは「あやしい探検隊」メンバーをはじめとする、椎名さんの友人知人。時間も60分足らずという短い作品で、映画としては未熟な面が目立つことは否めませんが、舞台となった四万十川流域ののどかな雰囲気と相まって、微笑ましい仕上がりの一本となっております。弁護士の木村晋介さんや、水中写真家の中村征夫さんなど、「あやしい探検隊」のメンバーがそこかしこで出演しているのも見逃せません。
ラスト、はくれてしまった〝とうちゃん〟とガクが再会を果たすところでは、ああいまごろ野田さんとガクはこんな感じで天国で再会してるのかなあ・・・などという思いが頭に浮かんで、ちょっぴり目頭が熱くなってしまいました。



『うみ・そら・さんごのいいつたえ』(1991年 日本)
監督=椎名誠
製作=岩切靖治 プロデューサー=沢田康彦 脚本=椎名誠・沢田康彦・白木芳弘
原案=中村征夫写真集『白保ーSHIRAHO』 撮影=中村征夫 音楽=高橋幸宏
出演=余貴美子、本名陽子、仲本昌司、平良進、平良とみ、浜田晃、紺野美沙子

美しいサンゴ礁の海が広がる、夏真っ盛りの石垣島・白保に、島を出て東京で暮らしていた悦子と、その娘かおりが帰省してくる。複雑な家庭環境で育ったためか、周囲の人たちに対して心を閉ざしていたかおりであったが、白保の海とそこで生きる人びととの触れ合いの中で、少しずつ気持ちを開いていく・・・。
仲間うちによる自主映画の延長、という感じだった前作『ガクの冒険』から一転、プロの役者やスタッフを多く起用し、沖縄県石垣島・白保での全面ロケのもと、どっしりと本腰を入れて作った椎名さんの監督第2作目です。
悦子役で主演したのは、のちに多くの映画やテレビドラマで活躍することになる余貴美子さん。その娘かおりの役は、声優として『耳をすませば』(1995年)などのアニメ作品や、外国映画・ドラマの吹き替えなどで活躍している本名陽子さん。そして、温かみのある地元のおばあを演じたのは、NHKの連続テレビ小説『ちゅらさん』(2001年)で全国的に有名となった沖縄の女優、平良とみさん。また出番は少ないものの、島の女教師役で紺野美沙子さんも顔を見せています。

映画のもとになったのは、「あやしい探検隊」の一人にして水中写真家である中村征夫さんの写真集『白保ーSHIRAHO』で、本作では映画全体の撮影も手がけております。中村さんのカメラが捉えた白保の海、とりわけサンゴの群落とそこに生きる魚たちを映し出した美しい映像が、本作の最大の見どころ。『ガクの冒険』に続いて音楽を手がけている高橋幸宏さんも、素晴らしいスコアで作品を盛り上げてくれます。
この映画が製作された背景には、当時の石垣島を揺るがせていた新空港の建設問題がありました。世界でも有数といわれるサンゴ礁が広がる白保地区の海に、新しい石垣空港を建設する計画が持ち上がったことで、石垣島の内外でそれに対する賛否両論が戦わされていたのです。そんな中で作られた本作は、白保の海が持つ大きな価値と、それを守ることの重要性が大きなテーマとなっています(のちに新石垣空港は内陸のほうに建設地を変更し、2013年に開港)。
とはいえ、本作は新空港の建設問題をことさら強調するような、声高なメッセージを前面に出す説教臭い映画にはなっていません(空港建設の問題は、作中では内地の業者によるリゾート開発に置き換えられています)。かわりに本作では白保の海と、島に生きる人びととの関わりがじっくりと描き出されます。
サバニと呼ばれる小さな舟で海に出て、素潜りで漁をする海人(うみんちゅ)たち。恵みをもたらす神へ感謝を捧げる集落の豊年祭。その形から「亀甲墓」と呼ばれるお墓での慰霊のようす。月明かりのもと、浜辺で焚き火を囲みながら踊り、酒宴に興じる人びと・・・。映画はセミドキュメンタリー的な描写を交えながら、島の人びととサンゴの海との関わりを丹念に描いていきます。
海は人びとに恵みをもたらすだけではありません。時には人びとに牙を剥き、その命を奪ってしまう存在でもあります。本作では、荒れる海へ出ていったまま帰らぬ人となった海人のエピソードや、海へ漕ぎ出して遊んでいた子どもたちが遠くへ流されてしまうシークエンスを通して、海の恐ろしい面にも目を向けます。
本作の中でかおりが口にする次の台詞に、本作のテーマが凝縮されています。

「(海は好きか、と問われ)好き。こわいけど好きになった」

美しく魅力的で、人びとに恵みをもたらす一方で、時には危険で恐ろしい存在でもある海。それでも海と関わり、海とともに生きることの大切さを、美しい映像とともに謳いあげた叙事詩的な映画として、本作は実に良くできているのではないかとあらためて思いました。
椎名さんが監督した映画の中でも、わたしがとりわけ好きな一本であります。


                              (後篇につづく)


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