読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【読了本】『謎の独立国家ソマリランド』 「行ってみなければわからない」精神が生み出した圧倒的な面白さ

2014-01-05 17:11:43 | 本のお噂

『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』
高野秀行著、本の雑誌社、2013年


あけましておめでとうございます。
2014年も当ブログは、本や映画、ドキュメンタリー、そしてお酒のお噂を中心にしながら、ぼちぼち更新していきたいと思っております。どうぞ、お時間のあるときにでもご笑覧いただければ幸いです。
2014年もどうぞよろしくお願い申し上げます。皆さまにとって、よい1年になりますように。

新年の読み始めは、なかなか読めずにいた大型ノンフィクションをゆっくりと読みたいもんだなあ•••と未読本の中から引っ張り出したのが、この『謎の独立国家ソマリランド』であります。
エンタテインメント的ノンフィクション、略して「エンタメ・ノンフ」の書き手として本読みからの人気を博している高野秀行さんが書いた本書は、第35回講談社ノンフィクション賞を受賞するなど、昨年のノンフィクション界を席巻した一冊です。

泥沼化した内戦が延々と続き、あまたの武装勢力や海賊たちが跋扈する危険地帯となっている、「アフリカの角」に位置するソマリア。その中に、独自に武装解除を行って内戦を終結させ、複数政党制による民主化に移行し、十数年も平和を保っている「独立国」がある•••。
そんな『天空の城ラピュタ』的ファンタジーのような国が、本当に存在するのか?得られる情報は断片的で、その実像はなかなか見えてきません。「結局、自分の見てみないとわからない」という結論を得た高野さんは、世界一危険とも言われる現地へと乗り込み、現地の「政府」関係者やメディアの人たちの協力を得ながら、その実態を探る旅に踏み出していきます。
実際に乗り込んだソマリランドの実態は驚くべきものでした。大都市ハルゲイサは快適な上、夜も外国人が普通に街を歩くことができるほど治安がいいのでした。「危険地帯への探索行」は一転「観光旅行」のような趣きを呈していきます。
取材の過程で見えてきた、ソマリランドが和平に成功した過程もまた奇跡的なものでした。
旧ソマリア時代、現地の民衆を弾圧した時の政府側と、それに抵抗した反政府側とに分かれて内戦を続けていた「氏族」たち。しかし、氏族の長老たちの話し合いが粘り強く繰り返された末に、すべての氏族が和平と武装解除に応じ、ソマリランド全土が平定されるに至ったとか。この間、国連をはじめとした国際社会からの協力はほとんどゼロ。にもかかわらず、ソマリランドは自らの知恵で独自の平和を作り上げてきたことがわかってきたのでした。
こうして、いったんは終わるかに見えた探索行。が、ソマリランドの独自性を知るためには、海賊による誘拐事件の「仲介ビジネス」で潤うのみならず、兵士が直接海賊行為に関与してもいるという「海賊国家」プントランド、そしてイスラム過激派などの武装勢力による戦闘が続いている「リアル北斗の拳」のような南部ソマリアも見ておく必要がある•••。そう考えた高野さんは、さらに危険に満ちた両エリアへと足を踏み入れていくのでした•••。

高野さんの著作を読んだのは本書が初めてでしたが、いやはや実に面白かったですね。ハードカバーで500ページ近くというボリュームをぐいぐいと読ませてくれました。
「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も知らないものを探」し「それをおもしろおかしく書く」がモットーという高野さん。本書も、世界一の危険地帯を探索した記録とは思えないような傑作なエピソードやユーモアに満ちていて、読みながら何度も爆笑を抑えられませんでした。高野さん、面白いエピソードを引き寄せるような才能なり何なりをお持ちになっているとしか思えないくらいであります。
しかも、物事を説明するときの喩えかたが、まことに絶妙かつわかりやすいのです。氏族社会であるがゆえに複雑な様相を呈するソマリにおける争いを、日本の戦国時代の武将たちを「符号」として使いながら、非常に巧みに絵解きしています。おかげで、これまでほとんどわからなかった、旧ソマリアにおける内戦の対立や協調の歴史がアタマにすいすい入ってくれました。

もちろん、笑わせてくれるだけの内容では終わりません。
遊牧民としての気質を濃厚に受け継ぎ、荒っぽくてドライでエゴイストでもあるソマリ人気質に振り回されつつも、現地の人びとの中に飛び込んで得られた話には、興味深かったり考えさせるものもたくさんありました。
同じソマリ人でありながら、ソマリランドでは氏族同士が「手打ち」できたのに、南部ソマリアではなぜそうはいかなかったのか、という高野さんの疑問に、案内人として同行していた現地の人物が答えたことばが印象的でした。

「ソマリランドの人間は戦争が好きなんだよ」「南部のやつらは戦争をしない。だから戦争のやめ方もわからない」

この見解にはいろいろな意見があるとは思いますが、戦争と平和についての一つの側面として、なんだか考えさせられるものがありました。しかし、だからこそ、本書で明かされたソマリランドにおける和平プロセスは、戦争や地域紛争を解決するために参考にできるものを持っているように思います。
戦争や飢饉から逃れてきた難民たちには、写真に撮られるときに笑顔を見せる人たちが思いのほか多かった•••というエピソードも、報道ではわからないような現場ならではのリアリティある話として、やはり考えさせられるものがありました。
一見、日本とは縁遠いように思えるソマリ世界ですが、意外な形で日本ともつながりがある、という事実も興味深いものがありました。走り回る車には日本から来た中古車がかなり多いとのこと(宮崎人としては、「清武温泉」と書かれた車もあったという記述に笑いました)。また、南部ソマリアから逃れてきた避難民支援に、日本がユニセフに拠出したお金が使われ、貯水施設に生かされているとか。わずかながらでも、日本が現地の役に立っているということは救いでもありました。

何より惹かれたのは、「行ってみなければわからない」とのポリシーのもと、危険な場所を含めて現地のリアリティを掴もうとする高野さんの姿勢そのものでした。
ある問題について、それが起こっている現地に足を運ぶこともなく、報道や伝聞を得ただけで物事をわかった気になってその問題を裁断したりする向きは、残念ながら「文化人」や「知識人」、はたまた「ジャーナリスト」といわれる人たちにもしばしば見受けられます。
高野さんは、たとえ危険であろうとも可能な限り現地に赴き、そこに生きる人びとからの本音を地道に引き出した上で、自らの結論を提示していきます。その姿勢はとても好ましく、信頼できるものがありました。
高野さんはこう書いておられます。

「そう。現場に来なければわからないことは多い。そして、自分の希望に添わない現実をほろ苦く味わうときもある」

そうなのです。自分の希望や都合や主張に合うような「現実」だけを切り取るようなマネはなさらないのです、高野さんは。
一見おもしろおかしい語り口ながら、高野さんの取材者としての誠実さと、そこから得られたリアリティが、豊かな読後感を与えてくれました。

これならもっと早く読んでおくべきだったわい、と激しく後悔もいたしましたが、本書のおかげで充実した三が日を過ごすことができました。


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