goo blog サービス終了のお知らせ 

読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【わしだって絵本を読む】悲観論と二元論を吹っ飛ばして、未来を楽しく考えさせてくれる快作『それしか ないわけ ないでしょう』

2018-11-07 17:56:56 | 本のお噂

『それしか ないわけ ないでしょう』
ヨシタケシンスケ著、白泉社(MOEのえほん)、2018年


学校から帰ってきたおにいちゃんから、未来の世界は人が増えすぎて食べものがなくなったり、病気がはやったり戦争が起きたりで大変なことばかりになる・・・という話を聞かされた女の子。ショックを受けて意気消沈した女の子がおばあちゃんにその話を伝えると、おばあちゃんは「だーいじょうぶよ!みらいがどうなるかなんて、だれにもわかんないんだから!」などと語って、女の子を励まします。すっかり元気を取り戻した女の子は、いろいろな楽しい未来を夢想していきます・・・。

子どもからオトナまで大人気の絵本作家・ヨシタケシンスケさんの最新作『それしか ないわけ ないでしょう』のテーマは「未来」です。
とかく「未来」については、悲観的な見通しに基づいた予想や破滅論的な言説が語られがちです。人口増加や病気の増加、戦争のみならず、環境悪化や天変地異、経済情勢の激変、差別や暴力の横行による人々の分断・・・。メディアは日々、それらの事象がもたらすであろう暗鬱な未来像を取り上げます。そして、「知識人」と称される人びとは、そんな暗鬱な未来が避けられないものであるかのように、破滅論や終末論を語ります。この絵本は、そんな悲観的な未来予想に「それしか ないわけ ないでしょう」と異議を突きつけます。
おばあちゃんが女の子に語りかけることばが、実に痛快です。

「おとなは すぐに『みらいは きっと こうなる』とか『だから こうするしかない』とか いうの。でも、たいてい あたらないのよ」

悲観的な未来予想を、避けられない自明なことだと決めつけた上で、それに対する「対策」や「処方箋」(とはいっても往々にして、あくまで自らが属する立場に基づいた考え方を前提としたもの、に過ぎなかったりするのですが)を上から目線で垂れたがるオトナたち。それがいかにアテにならないものなのかを軽やかに突いたこのセリフには、もう拍手喝采したくなる思いがいたしました。
おばあちゃんは続けて、こうも語ります。

「あと、おとなは よく『コレとコレ、どっちにする?』とかいうけれど、どっちも なんか ちがうなーって おもったときは、あたらしいものを じぶんで みつけちゃえばいいのよ!」

そして、おばあちゃんに元気づけられた女の子も、こんなふうに考えます。

「そういえば、『すきか きらいか』とか、『よいか わるいか』とか、『てきか みかたか』とか、よく きかれたりするけれど、それだって どっちしかないわけ ないわよねー」

そう。本作は二者択一的な考え方に縛られた、視野狭窄な二元論に対しても「それしか ないわけ ないでしょう」と、軽やかに異議申し立てをしているのです。
「正義・不正義」や「敵・味方」などといった単純な図式に乗っかることで生じる、無意味かつ不毛な対立や軋轢。それを乗り越えるための知恵が盛り込まれたことばにも、強く強く頷かされました。

とはいってもそこはヨシタケさん、決して説教くさいお話にしてはいません。おばあちゃんのおかげで前向きになった女の子が、あれこれと未来を夢想するくだりは、ヨシタケさんならではの愛嬌のある絵や、おおらかなユーモア、そして柔軟で遊びごころ溢れる発想とで、大いに楽しませてくれます。お話の後半における、女の子とおばあちゃんとのやりとりの場面には、なんだかホロリとさせられました。

現実世界には、わたしたちが正面から向き合わなければならない、さまざまな問題が山積みになっていることは確かであります。ですが、そこでただただ悲観論を振り回して、未来を暗いものにしてはいけないのです。
たとえすぐには問題の解決が難しくとも、人間の可能性を信じながら、たくさんの人たちとともに知恵を絞って一歩一歩、良い方向へ未来を築いていくことが、わたしたちオトナに課せられた責務だと思うのです。未来は、上から目線で悲観論を説いたり、破滅願望を振り回すオトナのものではなく、なによりも子どもたちのためにあるのですから。
子どもたちはもちろんのこと、悲観論や二元論を振り回しているオトナたちにも読んで欲しい快作であります。


ヨシタケシンスケさんといえば、今年の7月に出た『みえるとかみえないとか』もまた、おススメしたい一冊であります。

『みえるとかみえないとか』
ヨシタケシンスケ(さく)・伊藤亜紗(そうだん)、アリス館、2018年

宇宙を飛び回り、いろんな星を調査している主人公の宇宙飛行士。ある星に立ち寄ったとき、まったく目が見えないという住人と出会います。その住人と話してみると、見えないことでできないことがある一方で、「見えないからこそできること」もいろいろとある、ということに気づきます・・・。

現代アートの専門家であり、さまざまな属性を持つ人びとの身体感覚の違いを研究している、東京工業大学准教授・伊藤亜紗さんの著書『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社新書)にインスパイアされ、伊藤さんと「そうだん」しながら作ったという本作。ここでは、目の見えない人がどのようにして、外の世界を認識しているのかということがユーモラスに絵解きされていて、読む側の興味をそそってくれます。
さらに、さまざまな身体的、性格的な違いを持つ人は、それぞれ「そのひとにしか わからない、そのひとだけの みえかたや かんじかた」を持っているということが語られます。そして、その違いをお互いに面白がりつつも、理解して尊重し、共通項を見いだしながら互いを活かしあっていくことの大切さを、しっかりと伝えてくれます。
もちろん本作においても、変な説教くささや押しつけがましさはありません。他の人と違うことで苦労もある反面、その人だからこそわかることもいろいろあるんだなあ・・・ということを、好奇心とともに楽しみながら考えることができます。

『それしか ないわけ ないでしょう』と同様に、今の社会が大切にしてほしい考え方を、楽しく伝えてくれる『みえるとかみえないとか』。こちらも子どもたちはもちろん、オトナにも広く読まれて欲しいと願います。