読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【雑誌閲読】記録映画好きは必読!『東京人』3月号の特集「発掘!なつかし風景 記録フィルムの東京」

2015-03-01 14:48:46 | ドキュメンタリーのお噂

『東京人』2015年3月号 特集:発掘!なつかし風景 記録フィルムの東京
都市出版、2015年


東京という都市の歴史と風土、そして魅力をさまざまな側面からじっくり取り上げ続けている月刊誌『東京人』。東京人でもなければ、東京に出かける機会もほとんどない田舎住まいのわたくしでありますが、読み物としても面白く興味深い特集を組んだりしているので、ときおり買って読んでいる雑誌だったりいたします。
その『東京人』の、2月はじめに出た号の特集が「発掘!なつかし風景 記録フィルムの東京」。今では失われてしまった東京の風景を映し出した作品を中心に、多数の記録映画を場面写真とともに紹介する特集ということで、これはなんとしても押さえなければ、と購入し、閲読いたしました。
記録映画の歴史を飾る著名なものから、アマチュアによるホームムービーまで、優に70を超える作品の紹介をメインに展開した特集は、想像していた以上に充実したものでした。

紹介されている作品のごくごく一部をピックアップしてみますと•••。

小林商店(現在のライオン株式会社)の創業者・小林富次郎の葬儀と壮麗な葬列の模様を記録し、現存する日本最古の映画フィルムとして国の重要文化財に指定されている『小林富次郎葬儀』(明治43年)。
大正初期の東京の名所をつぶさに記録した貴重なフィルムであり、昨年10月に放送されたNHKスペシャル『カラーでよみがえる東京 ~不死鳥都市の100年~』の中でカラー化されていた『大正六年 東京見物』(大正6年)。
関東大震災直後の被災状況や救護活動の様子を記録した映像を、当時の文部省が企画して一本の映画としてまとめた『關東大震大火實況』(大正12年)。
震災、そして空襲による焦土から立ち直り、東京オリンピックを控えて変貌していく東京の文化を海外に紹介する目的で製作された『This is Tokyo』(昭和36年)。都市発展の陰で問題化していた、大気汚染や水質汚濁などの公害に目を向け、警鐘を鳴らした東京都企画による啓蒙映画『東京1970年』(昭和45年)。

などなど、東京という都市の記録のみならず、記録映画としても貴重な作品が多数取り上げられていて、目を見張らされました。
ちょっと変わったところでは、住宅や商店が密集していた地域における区画整理の様子を記録した、こちらも東京都企画の映画『変わる街の姿 –区画整理–』(昭和35年)。5階建てのビルを移動させるべく、ビルの下に「ころ」を入れて動かしたり、一軒家を丸ごと、小さな川を越えた向こう側に移動させる場面があるそうな(映画からの場面写真もちゃんと載っております)。これ、動く映像で観てみたいなあ。

東京タワーや高層ビル、勝鬨橋や地下鉄などを築き上げ、東京の発展を支えた建築や土木技術をテーマにした作品にも、しっかりスポットが当てられております。
当時の最先端技術の紹介・記録としてはもちろん、それぞれの現場で働いていた職人たちの活躍ぶりや、画面に映り込んだ周りの風景も見どころという建築・土木映画は、地味なようでけっこう「宝の山」のような感じがいたします。土木学会により選定された作品からセレクトされた「東京の土木映画10選」にも、見てみたい作品がいろいろありました。
記録映画というジャンルにおいて大きな存在のひとつである、建築や土木などをテーマにした「産業映画」ですが、その多くは一般の方々に認知されることもなく、埋もれたままとなっているのが現状でしょう。それだけに、そういったジャンルの作品にスポットを当てたことに拍手したい思いです。

特集では、アマチュアの撮影者によるホームムービー、プライベートフィルムにもスポットを当てております。
Nスペ『カラーでよみがえる東京』でもプライベートフィルムのいくつかがカラー化されておりましたが、なかでも戦後の焼け跡を手をつなぎながら笑顔で歩いている親子を捉えた映像は、とても印象的でした(本誌の特集でも、その元となったフィルムのことが取り上げられております)。
プロ集団による作品のように洗練されたつくりではなく、捉えられているのも子どもの成長ぶりや、結婚式、家族旅行といったプライベートな事柄や、地域の行事の模様が大半というホームムービー。しかしそこには、失われてしまった町の風景や暮らしぶり、世相風俗といった、大文字の歴史では捉えきれない人びとの息吹きが期せずして映し出されている、貴重な文化遺産でもあります。その価値を再認識させてくれているところも、意義深いと感じました。
ホームムービーとはいえ、中には個人製作のアニメーションもあったりいたします。発掘が進めば、思いもかけぬ面白いものが見出されるのかもしれませんね。

とはいえ、記録映画をめぐる状況には深刻なものがあるといいます。
大手の映画会社により管理され、資料もある劇映画に対して、製作本数も膨大な上に資料も不足している記録映画は全体像が見えにくく、さらには製作会社の倒産や解散により、行き場を失ったまま劣化、散逸、廃棄の危機に晒されているフィルムも数多く存在しているのだとか。時代と家族が変化する中、映写できる環境のないままに死蔵され、ゴミとして処分の対象となってしまうホームムービーは、なおのこと危機的な状況にあることでしょう。
特集では、大学や保存機関が中心となって作品を収集、保存し、共有していく「アーカイブ」活動の重要性が語られています。文京区や台東区では、ホームムービーを地域の歴史を伝える文化遺産として位置づけて収集し、それらをデジタル化して貸し出したり、上映会を開いたりしているそうで、自治体における先進的な事例として注目しておきたいところです。
また、映像アーカイブによる街おこしの試みも紹介されているほか、東京国立近代美術館フィルムセンターなどの、一般の人たちも利用できる東京近郊の映像アーカイブ施設も紹介されています。
日本では著作権の仕組みが複雑であったり、人手や予算の制約が大きかったりで、映像アーカイブ構築への動きは緒についたばかり、というのが現状のようです。法整備や制度づくりなど、国ぐるみでの取り組みがなされていくことを願いたいところです。

墨田区で地域住民と協働してのアーカイブ活動をなさっている、映像作家で東京藝術大学講師の三好大輔さんの、このようなお言葉が印象的でした。

「人の記憶は、はっきりしたものではなく、どこかぼんやりと、ゆったりとしているイメージ。8ミリフィルムのやわらかい映像がそれに近いように思います。コマとコマの間に隙間があり、そこに想像力を働かせることができる。今日の映像機器のように、隅々まで精細に映っているわけではないですが、そこに味わいがある。」

また、東京大学の吉見俊哉さんと、作家の森まゆみさん、そしてNスペ『カラーでよみがえる東京』ディレクターの岩田真治さんとの座談会で、森さんはこのように語っています。

「活字と映像、人の思い出話など、いろんなメディアが補い合うと、ピースがつながって、ひとつの世界が再構築できるんですよね。」

フィルムからデジタルへと、メディア環境が移り変わっても、フィルムによる記録が持っている価値が失われるわけではないし、活用していくことで豊かな可能性が拡がっていくのでは•••。この特集はあらためて、そのことを教えてくれたように思いました。
雑誌の性質上、この特集では東京を映し出した映像が対象でしたが、それぞれの地方、地域を記録した数多くの貴重なフィルムが、日の目を見ることなく眠っていることでしょう。
この先、それらの映像の発掘が進められ、知らなかった歴史と営みに接することができるよう、期待したいと思います。

記録映画が好きな向き、関心が深い向きは必読といえるいい特集でしたが、いささかご紹介が遅くなってしまいました。このブログ記事がアップされる頃には、もう次号の『東京人』が出ていることでしょう。ぜひ、バックナンバーとしてお取り寄せの上でお読みになってみてくださいませ。


【関連オススメ本】

『シリーズ 日本のドキュメンタリー 第1巻 ドキュメンタリーの魅力』
佐藤忠男編著、岩波書店、2009年

日本のドキュメンタリーの歴史を辿り、その特徴や魅力を通覧した、全5巻シリーズの総論篇。『東京人』の特集で取り上げられていた作品のうち、『紅葉狩』『關東大震大火實況』『公衆作法 東京見物』『隅田川』の4本のダイジェスト映像が、付属のDVDに収録されています。


【関連オススメWebサイト】
NPO法人「科学映像館」
http://www.kagakueizo.org/

生物、医学、食品科学などの科学をテーマにした作品をメインにした文化・記録映画をデジタル化し、Web上にて無料配信しているNPO法人です。2月末現在で、総配信映画数は729作品。記録映画アーカイブにおける一つのあり方として貴重な存在ですし、興味深い作品がいろいろとあって楽しめます。