Reflections of Tomorrow

シンガーソングライターを中心に、知られざる未CD化レコードを紹介していくページです

Rick Lane

2011-09-23 | SSW
■Rick Lane / Then Came A Wind■

  前回に続いて詳細が不明な SSW を取り上げます。 アルバム発表当時はミネソタ州 Wayzara に住んでいた Rick Lane の唯一と思われるアルバムです。 レコーディングはメイン州で行われ、レーベル名も存在しないという自主制作盤です。 レーベル名が存在しないというのは自主制作盤のなかでも珍しいことですが、なぜか品番らしき 10 桁の数字だけが不思議に堂々とクレジットされています。 アルバムの発表年のクレジットが無いので、この数字に何かヒントや暗号が隠されているか思いましたが、とくに何もなさそうです。 
  買った当初は 1970 年代のかなり前半のものだと推測したこのアルバムですが、ある 1 曲の存在で 1976 年以降の作品だということが判明しました。 それは、Paul McCartney の「Silly Love Songs」(邦題は「心のラブソング」)のカバーが収録されているからです。 この曲は 1976 年の 4 月にシングルカットされていますので、Rick Lane が耳にしてカバーしたのは、それ以降ということになります。 ミネソタの自主制作盤にしては、意外にもメジャーなヒット曲のカバーですが、仕上がりはとても素晴らしいもので、Paul McCartney のコアファンの蒐集アイテムになってもおかしくありません。

  このアルバムは Rick Lane のアコースティック・ギター&ボーカルと、Doug Russell のベースによって構成されており、Rick Lane の瑞々しく心洗われるような美しいボーカルが全編にわたって堪能できる作品です。 多くの SSW ファンが理想的なサウンドと考えている領域の中に確実にタッチしており、躊躇せずに名盤と呼ぶことができます。
  クレジットによると Rick Lane は結婚してからメキシコに移住していたのですが、不幸なことに癌に冒されたことを契機に、ミネソタに戻ってきたようです。 その闘病生活のなかで制作されたのがこのアルバム。 そうした背景を想像しながら聴くと、Rick Lane の震える声からは生への欲望、未来への希望、そして神への祈りといったものを感じ取ることができます。 そうした歌詞からはクリスチャン・ミュージック的な要素も強く感じ取れますが、ここにはあくまでも自然体な Rick Lane の姿が投影されており、それがメイン州の冷えた空気感とともに封じ込めらているのです。
   オープニングの「Then Came A Wind」は重苦しい楽曲なので、アルバムの今後の展開を考えると、息がつまりそうになります。 しかし、Lee Sklar を思わせる Doug Russell のベースがリズムを刻む「Twenty-third Paslm」や「Blessed」から、落ち着きを見せてきます。 そして「Silly Love Song」では、オリジナルに登場するメロディーはすべて網羅するなど、多重録音やコーラスのないカバーとしては申し分ない仕上がりです。 自然への畏敬を感じさせる「Tree Song」や「Flyin’ Like A Eagle」とアルバムは充実した流れで A 面を終えます。

  B 面はやや軽くなった感じがするのですが、それは 1曲 1曲が短いからかもしれません。  アルペジオの音色が清々しい「Lost Horizon」、激しい曲調が生へのパワーを感じさせる「You’ve Heard My Voice」、Doug Russell のベースが歌うような「The Lord’s Prayer」、トラディショナルのような「Weave Me The Sunshine」とスムースに進んでいきます。 ラストの「Thank You For The Day」は今日一日、無事に過ごせたことへの感謝の気持ちを表した曲。 病気からの回復を期しているRick Lane の気持ちが痛いほど伝わってきます。 ♪Thank You For The Day♪ を執拗に繰り返すさまは、彼の偽らざる心境なのでしょう。

  秋の夜長に SSW は良く似合いますが、季節的にもぴったりなこのアルバム。 日が短くなった淋しさを感じる夜、人の心にそっとしのびこみ、魂を震わせる力を持っています。

■Rick Lane / Then Came A Wind■

Side-1
Then Came A Wind
Twenty-third Psalm
Blessed
Silly Love Songs
Tree Song
Flyin’ Like A Eagle

Side-2
Lost Horizon
You’ve Heard My Voice
The Lord’s Prayer
Weave Me The Sunshine
Thank You For The Day

Thank you Doug Russel gor the fine bass.
Thank you Syu Davis for producing and engineering
Recorded and mastered at Eight Track Recording Studio, South Blue Hill, Maine

No Label 911068-1877



Paul Carney

2011-09-17 | SSW
■Paul Carney / Threshold■

  詳しいプロフィールのわからない Paul Carney が 1970 年代初頭に発表した唯一のアルバムです。 「Vacation (Spring 1970)」というタイトルの曲があることから、1970 年の作品だとする向きもありますが、この情報だけでそれを結論付けることはできません。 そこで、あまりに少ないクレジット情報をたよりに、このアルバムそして Paul Carney について探ってみました。 ところが、Stanley Kahan と Billy Arnellで検索しても、ほとんど出てきません。 どうやら二人の共同プロデュース作品はほとんど存在しないようなのです。 1968 年の Billboard 誌に二人の名前を発見しましたが、その時点で Billy Arnell が 19 歳だったことが判明した程度です。 このアルバムが仮に 1970 年の作品だとしたら 21 歳ということになります。 そのことから、Paul Carney もおそらく 20 代前半の若さだったのではないかと勝手に思い込みながら、成熟しきっていない果実を食すように、レコードに針を落としてみました。

  控えめなピアノの音色に導かれて始まる「Save This Wednesday」は、落ち着いたバラード。 次第に厚みを増してきてからの女性コーラスがソフトロック的な佇まいです。 つづく「Lady Love」も似た傾向ですが、今度はホーンセクションが色づけ役として登場。 そのせいで少しファンキーなアレンジに仕上がっています。 「When I’m Not With You」はギターと軸にした音数の少ない楽曲。 リズムセクションが排除されたことで、耐えきれない淋しさや喪失感がじわりと伝わってきます。 ピアノ系の楽曲に戻った「Don’t Go Away」は広がりのあるミディアム。 曇り空の下にいるような翳りからは英国的なものを感じます。 A 面ラストの「I Need To Find Myself」はやや毛色の違うソウルフルなアレンジ。 ホーンセクションも耳障りな感じがして、ここまでの雰囲気を損ねてしまっている気がして残念です。

  B 面に入ります。 「Product Of The Past」は複雑なピアノからプログレ的な展開となり意表を突かれます。 ちょうど Andy Pratt の初期のような異彩を感じますが、ボーカルパートが始まると落ち着きを見せてスケール感のあるストリングスも登場します。 この曲のアレンジはさきほど述べた若き Billy Arnell によるものでした。 つづく「There We We’re Together」は典型的なピアノ系バラード。 のちに映画音楽界で活躍する Lee Holdridge の気品あふれるアレンジが魅力的です。 「Pawned My Soul」はその雰囲気を引き継ぎ、より浮遊感を加えたような仕上がりで、このあたりの流れがアルバムのハイライトという印象です。 つづく「Hangover」は Al Gorgoni がアレンジでクレジットされた小曲。 3 分に満たないインタリュード的な楽曲ですが、間奏部でこのアルバム唯一のギターソロが短めに挿入されてるのは Al Gorgoni の意志表示でしょう。 ラストの「Vacation (Spring 1970)」は逆に 6 分を超える大作です。 この曲ではラストに相応しくPaul Carney のエッセンスがすべて吐き出されていると言えるようなサウンドです。 けして華美なものではありませんが、ストリングスやフルートなどによる荘厳なオーケストレーションと濃淡を鮮明にしたアレンジは見事です。 この曲も Billy Arnell のアレンジということで、彼の才能の片鱗を感じ取ることができました。

  冒頭にも書きましたが、あまりに情報が少ない Paul Carney のアルバム。 おそらくはニューヨーク産だと思いますが、ここに閉じ込められたほんのりとした甘さと切なさは、当時の空気感をそのまま閉じ込めたものでした。 このアルバムは Paul Carney の謎めいた登場と失踪が生み出した、幻のような作品かもしれません。

■Paul Carney / Threshold■

Side 1
Save This Wednesday
Lady Love
When I’m Not With You
Don’t Go Away
I Need To Find Myself

Side 2
Product Of The Past
There We We’re Together
Pawned My Soul
Hangover
Vacation (Spring 1970)

Produced by Stanley Kahan & Billy Arnell
Engineer : Bob Fava

Mercury SR-61345