ウィーン歌劇場来日公演 ばらの騎士、
スカラ座 ボエーム、・・フレーニのミミで・・
そして人見記念公会堂でベートーヴェン4,7番を聴き・・7番の4楽章が息もつかせぬ速さ、怒涛の力を感じさせた。 2004年10月18日 (月) クライバー 雑感
1930年7月3日ベルリン生まれ。
父は往年の名指揮者エーリッヒ・クライバー。
父がナチと対立してブエノスアイレスに脱出したことによりカールからカルロスと改名。
スイス連邦工科大学で化学を専攻するが、指揮者の道を志し、無給の劇場指揮者からスタート。
以後ドイツを中心に各地の劇場のオペラ指揮者となる。
1966年、エジンバラ音楽祭のベルグ「ヴォツェック」の初日指揮で大成功。2日目に腹痛を起こしキャンセルしたことから生中継に穴をあけ大スキャンダルとなる。以後、キャンセル病がとりつく。
1973年、初めてのレコード録音「魔弾の射手」(ドレスデン国立歌劇場)を行う。ウィーン国立歌劇場に「トリスタンとイゾルデ」でデビュー。
1974年、バイロイト音楽祭に「トリスタンとイゾルデ」でデビュー。バイエルン国立歌劇場と初来日。以後、日本はお気に入りの国となる。コヴェント・ガーデン王立歌劇場に「ばらの騎士」でデビュー。
1975年、ミラノ・スカラ座に「ばらの騎士」でデビュー。
1988年、メトロポリタン・オペラに「ラ・ボエーム」でデビュー。
生聴きはスカラ座の 横浜・県民ホールでラ・ボエーム観る
何と優美な響きが今も瞼に あのシーンが3幕の二重唱が雪降る中 一組のカップルが春になれば・・全ての命の息吹が・・外気の・・寒寒として空気が頬を・・闇美な響きと愛を奏でる・・4幕のミミの死・・自然に涙が流れ・・
人見記念ホールで
ベートヴェンの4番7番を・・痛烈な印象は7番の終楽章の早さ・・息もつかさぬ速さが
音楽に 呼吸が付いて行けない・・この記憶が
上野・文化会館で
ばらの騎士を ウィーン歌劇場の指揮で
確か5階の右で観た 聴き コンマスのキュッヒルがクライバーの意志 創造力に最大に答えようと・・ソプラノ メゾの 重唱の見事さオケのアンサンブルの見事さが・・オペラに美と楽しさを教えられたと思う・・此れが現在の鑑賞の基本となっているかも
カルロス(カール)クライバーが亡くなった年
2004年8月にヴォツェックを観る・・時のめぐり合せが・・父であるエーリッヒ・クライバーが初演をしている1923年代・・45年にかけ・・戦争に時代に翻弄され・・我が祖国を捨て他国に亡命した 音楽家 芸術家が・・影にはユダヤ 独裁政治が
1966年、エジンバラ音楽祭のベルグ「ヴォツェック」の初日指揮で大成功。2日目に腹痛を起こしキャンセルしたことから生中継に穴をあけ大スキャンダルとなる。以後、キャンセル病がとりつく
http://www.suntory.co.jp/suntoryhall/perform/2004/1119.html
http://www.asahi-net.or.jp/~bh9h-iizk/ck.html
アルベン・ベルクの ヴォツェックは エーリッヒ・クライバーによって1924年 ウンター・デン・リンデン歌劇場(ベルリン歌劇場)の演目に取り入れられた。
ベルクが1925年11月リハーサルの進み具合を確かめるために - 初演の直前 - ベルリンに行った時、歌劇場の雰囲気は極度に緊張していた。
ベルク 妻に宛てて
1925年11月12日 キャストはみごとです!・・ベルリンでの緊張感は非常に大きなもの。ただ明日「バレストリーナ」の新演出が上演されるブフィッツナーが(反ヴォツェックの)画策をしています。舞台装置もとても素晴らしいとのことです。そしてオーケストラも全て希望通りなります。
1925年11月13日 ヴォツェックがなにか とてつもなく大きなものであり。同じくこの公演がなにかとてつも大きなものになるのではないかという誇大妄想的な印象をもって最初のリハーサルに立ち会いました。・・私が音楽家として劇作家としてここまで理解されることがあるとは、不可能だと思っていました。それがいかにしてクライバーによってなされているか、それはもちろん歌手たちにも伝わって行きます。彼らはほとんど例外なく一流です。舞台装置も(少なくとも紙の上では)立派です。演出は実質的にはクライバーがしています、それもなんという!(ヘルトはほとんどのけ者になっています。)関わっている人々全員がとても熱中しています。安心して全てを彼に任せられます。
クライバー
たとえ自分の職を失うとしても、私はこのオぺラをベルリン上演する。批評家が公演の翌月曜日に何を言おうと言うまいと、ベルクのヴォツェック の世界初演によって我々の国立歌劇場の名が音楽史のなかで永遠に栄光の座を占めることになることだけは確かだ。
ベルク 妻に宛てて
1925年12月2日 クライバーがオーケストラから全てを引き出すことさえできれば –そして彼はそれができるでしょう - この公演はすさまじいものにねるでしょう。今日私は再び、これは途方も無いもの、いままでに聞いた事もないものになると思いました。