ミーマン日記

週1回ディサービスに夫婦で行って、楽しく過ごしています。

昨日は、第146回 万葉の旅でした。・・・ (^o^)丿

2007-10-29 15:01:55 | 万葉関係
昨日は、良いお天気で爽やかな飛鳥風の吹く日和でした。
今回の旅は、「犬養先生生誕百年記念展」参観が目的で・・・
総勢37名の人が明日香周遊バスに乗り込んで~ほぼ定時に「奈良県立万葉文化館」前に到着
早速「万葉歌」を朗唱
「采女の 袖吹きかへす 明日香風 京を遠み いたづらに吹く」
歌の意味は、持統朝になって、飛鳥浄御原宮から~藤原宮へ遷都(持統8年<694>12月)の行列の中に采女達の姿を見て(母を思い出し)寂寥感で見送った歌とされる。 
「明日香風とは、(志貴皇子がお母さんを見送った惜別の歌です。)その時に吹いていた風を特別に感じた。犬養先生の歌碑第一号(甘樫の丘の中腹に有ります。)
志貴皇子は、他に素晴らしい歌も残しています。
「岩走る 垂水の上のさ蕨の 萌え出ずる 春になりにけるかも」 志貴皇子歓びの御歌として残す、優れた皇族歌人です。



大津皇子と石川朗女との相聞歌

これから会場に「飛鳥から出発、万葉の旅ー犬養先生 生誕百年記念展」に入る。
会場には、先生の写真から始まり、各地の歌碑の拓本・写真が見られ懐かしい筆跡も沢山見る事が出来ました。
ビデオの中で先生の講演内容のお声を聞いて在りし日を思い出すことが出来て良かったです。
他に先生の取材ノート等が有り、先生の貴重な生涯記録で有ると思います。
几帳面な記録に驚きました。



香具山の持統天皇

会場の外へ出て野外ステージの木陰で昼食・・・
イベントが有り練習中のコンサート等チョットした、ディナーショウの様でした。
その後龍蓋寺(岡寺)に参詣・・・
解説者(引率者)は、足の具合が悪く、会員さんだけにお任せして~私達は「犬養万葉記念館」で休養
暫くすると一部の人が呼びに来られて~周遊バスに乗り込み、橿原神宮東口に到着。
残って居られる会員さんを切符売り場の前で待つ・・・(私達が先に帰るという事が出来ないから~後の人を待つ事にした。)
電話連絡で、今バスに乗り込んだという連絡が入り30分程待っていました。
降りて来られた会員さんの話では、「私達が最後でした。」と 言われましたが、まだお顔を見てない人が居られ~もしかしたら、「久米寺」に行っておられるんじゃ無いかと言う話で・・・「久米寺」に行きたいと言われ数名でしたが行く事にしました。
「久米寺」は、「推古朝」と言われ、聖徳太子の弟来目皇子の創建、久米の仙人の創建とも言われている寺の由緒書によれば・・・
寺で金色の大日如来が印象的でした。
「久米仙人」は、吉野で仙術飛行中に吉野川で洗濯中の女性のふくらはぎを見て仙術が解け神通力を失い墜落・・・(その女性と結婚した)(今昔物語)
その後都建設に功績が有り30町歩の田畑を下賜され寺を建てたと言われる・・・
楽しく語らい「久米寺」を後にして~車窓から見る夕日が綺麗でした。
家にたどり着いたのが、6時半でした。
「久米寺」に行って居られない人で、行きたい人は、又の機会にご案内します。




明日は、第146回万葉の旅 (^o^)丿

2007-10-27 09:28:43 | 万葉関係

今回は、以前行きましたが~「犬養孝先生」の生誕100年記念展示見学と、岡寺・久米寺に行きます。

   日時     10月28日(日)

   集合・出発  行き先乗車券は、「近鉄橿原神宮駅」まで購入 3番ホームに

             8時集合

             (8:16分発 急行 橿原神宮前駅に乗車)

    合流     橿原神宮前駅 9:25分前後・駅コンコース付近

    コース予定 橿原神宮前駅ー東改札を出て、橿原ロイヤルホテル前バス停           周遊バス乗車ー奈良県立万葉文化館下車ー龍蓋寺(岡寺)- 久米寺

     (注) コースは変更の場合も有ります。

京都万葉同好会も、会員になっています。

明日はお天気も良いようですし、外でお弁当を食べるのも良いですよ~

何方でも参加できますから~お友達をお誘いして来て下さいね。

皆さん待ってま~す。

写真は、先月行きました「安倍文殊院」の「浮御堂」です。

 

             


今日もマイミクさんと・・・(^o^)丿

2007-10-26 22:32:35 | お友達・・・(映画・旅行・お食事)

北海道のマイミクさんが、21日から京都に来ておられて~22日の時代祭りの場所でお会いするつもりが~沢山の見物人で、会えなくて~23日に会う約束をしました。

朝9時半頃に が有り~「今日会えますか」と言われ~私が「どちらの方に行きたいで

すか」と訪ねますと・・・「三十三間堂」に行きたいですね」と言われたから、11時に切符売り場でお会いしましょうと言って を切り、片付け物を済まして出かけていきました。

私の方が少し早く着いた様です。

少しすると来られて~お互いに挨拶・・・「始めまして~と」言って・・・中を見学する事に~此処に来るのは、40年ぶりですね。

正式には、蓮華王院(国宝)といい、長寛2年鳥辺山麓の後白河上皇・院政庁「法住寺殿」の一画に平清盛が造進した。何度も焼失し4度の大修理により700年間保存されている。

長いお堂は和様の入母屋・本瓦葺の「総檜作り」で約120メートル正面の柱間が33あるところから「三十三間堂」と通称され、堂内には1001体もの観音像がまつられる。

二人は感動しながら仏像を眺めていました。

後 「京野菜の売っている錦に行きたい」と言われ~ で錦まで移動・・・

マイミクさんは、万願寺とうがらし・京人参・ふの詰め合わせを買われた。

お腹も空いて来たから、食事をする事に・・・

黒豆専門店の二階の食堂で、黒豆を入れて炊いたご飯・納豆の天ぷら・お豆腐・お味噌汁・漬物などの食事を済ませて~「これからどうされますか

「お帰りは、何時ですか 」と 訪ねていると、「明日帰ります。」「それでは、今日一日はゆっくりと京見物が出来ますね」~と言う事で、個人タクシーの(知人)人にをし~観光する事になりました。

運転手さんが、面白い所に行きましょうか~と言って、「相国寺」に連れて行ってもらいました。

「相国寺」は、足利三代将軍義満が、後小松天皇の勅命を受け、約十年の歳月を費やして明徳三年に完成した一大禅苑で、夢窓国師を勧請開山とし、五山の上位に列せられる。

金閣寺・銀閣寺は、相国寺の末寺で九十余ヵ寺の末寺を持つ臨才済宗相国寺派の大本山です。

今の時期特別拝観が有り~法堂(重要文化財)を見る事に・・・

天井の龍は、狩野光信によって描かれた。

鳴き龍、八方睨みで、ある場所で手をたたくと、響いて鳴いているように聞こえて~又龍の目を見ながら~回りを歩くとず~と着いてきて、最後のところで天に昇るように上を向いている。不思議な天井の龍です。

後、嵐山、天竜寺、大河内山荘、と見学し後は、車の中から~ニ尊寺、落柿舎、瀬戸内寂聴さんのお家の前まで見て~帰りにお香をお土産に買いたいと言われて~お店により~マイミクさんをホテルまで送り~自宅まで送ってもらった。

に帰って来たのが~午後6時半でした。

初めてお会いしたのに~全然違和感が無く楽しくドライブや見学が出来ました。

とても気さくな人でしたので~お会いして良かったです。

マイミクさんのお陰で私も綺麗なお庭や(名苑と言われている所)景色などが見れて良かったです。

最後に散財させたかなあ~と思っていますが・・・

喜んで貰えたから~良いかなあ~


時代祭り・・・(*^_^*)

2007-10-25 21:54:25 | お友達・・・(映画・旅行・お食事)
22日の朝7時に起きる約束なのに~音沙汰なし・・・

メールをしても返って来ない・・・

8時前になったから~電話をすると~「今起きた所です」・・・「すぐに仕度して行きます」と 眠たそうな声で言ってる。

朝食を済ませ、ホテルのお店を見て~帰る仕度をしチェックアウトを済ませ~いよいよ時代祭りを見に行きます。

地下鉄で、御所まで行き、行列の通る沿道には、ボチボチと人が陣取りを始めています。

御所の中に入り、観覧席の後ろの席が空いていると言われたが~後ろでは、行列が見えないからと、席を買わずに、外で見る事にした。

待つ事15分いよいよ笛の音が聞こえてきました。先頭の鼓笛隊の音楽です。

時代祭り・・・1895年平安建都1100年記念として、平安神宮が創建されました。
記念事業として、時代祭りが始まりました。

この祭りの特色は、時代風俗行列が行われることです。
行列の長さは、二キロに及んでいます。

祇園祭・葵祭りと共に京都三大祭りの一つです。

京都御所建礼門前を出て~最後は平安神宮に入ります。

平安神宮に入る頃には、皆さんお疲れで~バテ気味な人が多いですね・・・

行列の順序は、明治維新時代~江戸時代~安土桃山時代~室町時代~吉野時代~鎌倉時代~藤原時代~延暦時代となっています・

今年から、室町時代が増えて賑やかになりました。

行列も終わりに近づく頃になると~疲れてきましたね。

私ので、昼食をしようと言う事になり~に乗り~家に向かいます。
を降りて~コンビニで自分が食べたい昼食を買って帰り~食べることに・・・

ウッちゃんの帰る時間が迫ってきた・・・
名残惜しいですが~二人をバス停まで送り~新幹線の時間に間に合わなくなるといけないからと、で~京都駅まで行って貰いました。

ネットでしか知らない人と1泊2日の付き合いでしたが~以前からの付き合いみたいに~違和感が無く楽しく過ごせました。(不思議な感じです。)

初めてマイミクさんと・・・(*^_^*)

2007-10-25 09:54:37 | お友達・・・(映画・旅行・お食事)
21日(日曜)午前10時23分に新幹線で、東京のマイミクさんの「ウッちゃん」(通称)が来る事になり~私とYちゃんが出迎えに行って~「どんな人かしら~」と話をしていたら~ニコニコと背の高いスポーツウーマンらしき人が寄って来られました。

先ずはご挨拶・・・「始めましてと~」言い、荷物をホテルに預ける事にして~昼食にはまだ時間が有るからと、喫茶店でお話をする事に、お互いが緊張している。

それでは、今日の予定をこなしに行きましょう~GOGO

先ずは、で伏見に行く事に・・・
昼食にはまだ少し早いと、Yちゃんの氏神さんにお参りをして~予約して貰っている、「聖屋」に行き~食事をすることとなりました。
若い二人は、で~乾杯をして、その頃には、チョット打ち解けて来たかな~

食事も終わり、「龍馬通り」を見ることに・・・さすが龍馬グッズが有って~Yちゃんの龍馬のポストカードも有ったね~

「龍馬通り」を過ぎると、高瀬川が有り~船が有る・・・
今日は、この船に乗る事にした。
「三十石船」で、長さは約17メートル、巾2,5メートルで船頭さんが4人定員が28名乗りの船でしたが~乗客は12名ぐらいで、空いていましたね。
往復45分で、途中下車して、伏見の町や資料館に寄り~又乗船して~船着場に着きました。

船を降り、向かいの「寺田屋」に入り見学する事に・・・私は3度目
「寺田屋」は、坂本龍馬と薩摩九烈士の今も泊まれる維新の旅籠です。

次に行ったのは、 伏見は酒どころで、3軒の酒造りの店を見学して~夕食には、まだ早いが~「鳥せい」に向かう。

このお店は、人気が有って~1時間待ちと言われた。

待つこと40分で、名前を呼ばれて~いよいよ夕食だ・・・

先ずはで乾杯・・・お料理は、鳥づくしと、野菜とお豆腐などを注文して、若い二人は、冷酒を飲み比べていた。

私も初めてのフルーツサワーを頂く事に・・・

美味しくていくらでも飲めそうなお酒ですが~後からきいてくるらしいので~やめて~で、今夜の宿に帰る事にしたが~

若い二人は、まだ飲み足らない様で~帰りにとおつまみと私の水を買いホテルに入りました。

私とYちゃんは京都ですが、今晩は、「ウッちゃん」と一緒に「新都ホテル」に泊まる事にしていた。

二人は、意気投合して~話が尽きないようなので、お先に失礼して
二人は部屋を移動して、朝方の3時ごろまで~飲んでいたらしく、ホテルからの苦情でようやくお開きになったようですが~明日の見学は大丈夫かな~

写真は、三十石船の中の二人です。
こんなの載せたら怒るかな・・・

土曜日は、水彩画教室でした。 (*^_^*)

2007-10-22 19:25:49 | お絵かき

20日の土曜日は、水彩画教室の日で、生徒さんが持って来られた「ホトトギス」を描く事にしました。

長崎の旅行のあと、日記が長くなり~家で絵を描いている間が無かった。

2枚ほど仕上てない絵が有るのですが~気が乗らないと、描けなくって~

気分転換に、「ホトトギス」を描きましたが~花が小さくて、描きづらかった。

21日と22日は、マイミクさんが、京都に遊びに来られて~Yちゃんと、3人で「新都ホテル」に泊まり、3時過ぎに帰って来ましたが~色々な面で疲れちゃた。

又そのお話は、この次にします。


長崎卓袱(しっぽく)料理・・・(^^♪

2007-10-19 17:41:11 | 家族旅行、食事など・・・
さあ~今晩は食事に招待していただけるのですよ~

夕方5時過ぎにが鳴り・・・ロビーで待っていますと~

ホテルの前でに乗り、繁華街の所を通り、着いた所が「浜勝」と言う料亭です。

予約されていて、階段を上り3階の個室に案内されました。

お部屋は、そんなに広くは無いですが、掘りごたつ式になっていて、足を伸ばせるのが良いですね~(私達の年齢になると・・・

先ずは、飲み物を注文されて~(中瓶1本)

卓袱料理のはじまり。
その昔、隠元和尚等にによってもたされた普茶料理(卓袱料理の精進料理。主に長崎の唐寺・興福寺・崇福寺等で行われた)
長崎町民の間で作り出された和・唐・蘭のミックスした献立がそのまま盛り付けられ、長崎独特の生み出しました。
それが卓袱料理の始まりだとされています。一卓一卓の大皿に数人分料理を盛る卓袱形式は作法的にも合理的なために、町の人達に大いに受け、今も長崎ならではの味として愛され、親しまれています。

今晩のメニューですが~
おひれ  卓袱料理の最初に出てくる椀です。(はんぺん、四方鯛、しいたけ、青み野菜、もちなど山、海、野の幸がはいっています。         乾杯より先に頂き、まず宴の雰囲気を和らげます。
         おひれが出たら~女将の挨拶
バラ煮(豆の蜜煮) 三品盛り  刺身(姿盛り(鯛)
ひらめ、イカ、アワビ)酢の物(鯨づくし) 揚げ物 石焼(アマダイ、とうもろこし、卵) 中鉢(豚の角煮、中華風パン)大鉢 御飯 スープ 漬物 梅椀 フルーツ

沢山のお料理でお腹が一杯で、も中瓶を1本半頂き~満足満足
お料理は、京懐石料理と違い量が多いのです。 それと、チョット甘口でしたね。

料理も終わりに近づいた頃にを呼んで貰い~長崎の夜景を見に行く事に・・・ご馳走様でした。


あきちゃんと酔いを醒ましに稲佐山展望台に行きました。
稲佐山展望台は、標高333メートルから見る長崎の景色は、1,000万ドルの夜景と称されるくらいの絶景。
展望台から広がる360度の大パノラマ 宝石を散りばめた様な夜景でした。
曇っていたから、星空は見えなかった。

世界の三大夜景は、イタリアのナポリ・香港・函館ですと、運転手さんが・・・
日本の三大夜景は、神戸の六甲・函館・長崎だって・・・

私はこの夜景皆見ました。 それどれに良い所が有りますね~

ホテルに帰った頃には、酔いも醒めていました。
9日は、いよいよ長崎からで帰ります。

私達は、に降られる事無く~無事に帰りました。

余談ですが~9日の日は土砂降りで、祭りのクライマックスを迎えられたようですね・・・ お疲れ様でした。

長い事お付き合いして頂きまして~有り難うございました。

軍艦島クルーズ (^^♪

2007-10-18 11:17:53 | 家族旅行、食事など・・・

あきちゃんの会合も終わり、今日はクルーズに出かけることにした。

昨夜、予約入れて置いたクルーズに出かけるために、6時の早起き~

外を見ると、何とが降ってる・・・

7時に食堂に行き、食事を済ませて、フロントに行き今日のクルーズは中止か聞いて貰う事にして~ロビーで待っていたら、まだ会社の人が出勤されてなく~後ほど連絡しますから、お部屋で待っていて下さいと言われ~部屋に戻りテレビを見ていたら~ が鳴り、決行ですと~やったね  タクシーの手配もお願いして~出かけた。

大波止 「長崎港ターミナルビル」に行き 切符を買い乗船の時まで、時間が有るから~ウロウロとお店を見て回り、お土産にカステラを買い、宅配便で自宅まで送った。

外で凄い の音がした。スコールだ 外国では、良く見ますが~日本では初めてで驚き・・・

スコールも10分ほどでやみ、いよいよ乗船です。

軍艦島沖コース専用の「マルベージャ3」(定員225人)大きな船でしたよ~

ツアーのお客さんを入れても50人ぐらいで、ゆっくりと出来ました。

いよいよ出航  心配していた 荒れも無く、外海に出て少し波が有るかなあ~と言う程度でした。

京都の町の中にいるから~海を見るのが嬉しくて~説明を聞きながら、外ばかり眺めていました。

「軍艦島」に着き、少し停泊して島の歴史を聞く事に・・・

軍艦島

 「軍艦島」(端島)は、長崎に有る島で、海上から見たシルエットが、日本海軍の戦艦「土佐」に似ている事から、「軍艦島」と(通称)呼ばれるようになった。

戦時中に米軍潜水艦が本物の軍艦と間違えて、魚雷を打ち込んだというエピソード有るんですよ~

良質な強粘炭が取れ、最盛期には、人口が5267人もいて、学校(幼稚園・中学校)病院・寺院・映画館・理髪店・パチンコ店等が有ったそうです。

石炭から、石油への移り変わりで、閉山に追い込まれて、1974年4月20日までにすべての人が島を離れて無人島になったんですって・・・

停泊していると、2メートル位の波が有り、船も揺れて移動するのが大変でした。

落ちたら~どないしようかなあ~と心配しながら階下に下りて行き席に着き、ホットした。

船も回れ右をして帰路に・・・無事港に着きました。

9時30分~12時10分の楽しいクルーズも終わりましたね~

下船したら、良い匂いがして来たから、屋台店を見ることにした。(お腹もすいて来た。)

同じ店が沢山有って、お客さんが並んでいるお店と、だあ~れもお客さんの居ない店があった。

 

 

福岡に「梅ヶ枝餅」のお店が有り~美味しかったから並んで買うことにしました。

ホテルに帰り1つ食べたら、油の匂いがきつくて美味しくなかった。

10個も買ったのに失敗だね・・・

長崎に居られる友達が、夜の食事に招待して下さると言う事で・・・楽しみです。

 

 

 


長崎くんち・・・NO7 (^^♪

2007-10-17 10:54:16 | 家族旅行、食事など・・・

国指定 重要無形民俗文化財に指定されている、「諏訪神社」の祭礼、「長崎くんち」も後 一つとなりました。

第7番 麹屋町  傘鉾・川船

傘鉾は、神前に献上する紅白の花をつけた梅の古木に町名に因んだ三枚の麹蓋を配している。

麹蓋に記された町名は、幕末に来航した文人で書家としても有名であった王克三の揮毫。

      長崎くんち 麹屋町

川船は、小さい船頭さんが乗っていて(2歳)水しぶきを上げながら躍動する緋鯉と真鯉

写真は、(小・5年?)の男の子が、船の上から網を打ち魚を獲るところ。

随分と練習して来たのでしょうね~上手く網の中に魚が入りました。

男の人が、「モッテコーイ」のアンコールに応えて~連続5週を回している所です。

皆さんお疲れになったでしょうね・・・  

長崎の人は、「祭りバカ」「くんちバカ」と言って、町内の人が皆で盛り上げています。

「おくんち」の話は、これで終わります。

長い間お付き合いして頂きまして~有り難うございました。

 

     


長崎くんち・・・NO6  (^^♪

2007-10-16 11:32:03 | 家族旅行、食事など・・・

今日は、第6番目五嶋町 傘鉾・龍踊です。

傘鉾は、シーボルトの著書「日本」に描かれた傘鉾で、中心に棗形と六角形の虫籠を置き、両側にススキと白菊をあしらった優雅なもの。

江戸期からの伝統を残されている。

垂れは日本三景を描いたものと、都菊とがある。

     長崎くんち 五島町

丸い玉が「月」ですよ~

不老長寿の源とされる「月」を追いかけて~「月」をなめようとしているのですよ・・・

踊りの中では、「月」を隠したりして~龍が探している様子も、説明を聞きながら見ていると良く分かりました。

五嶋町の人達は、「より高く、より早く、そうしてより勢いよく」をモットーに日々の練習をされていました。

効果は有りましたね~凄く良くて感動しました。

「長崎くんち=龍踊り」と思っていたから~見れて良かった。

昨年は、「龍踊り」は、無かったのですよ~

7年後との回り持ちで、町内によっては、「龍」を持っておられない町内が有るためらしいです。

今年の「五嶋町」の「龍踊り」は、2回目だと言っておられましたが~速さ・高さ・勢い申し分なかったと、私は思いました。

明日は、第7番目麹町です。  これでくんちは終わりです。