ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク (Music From Big Pink)

2007年06月22日 | 名盤


 ぼくがこのアルバムを初めて聴いたのは、まだ20歳台前半の頃でした。正直その時は、この地味で飾り気のない音楽がとても退屈に思えたものでした。でも、このアルバムを発表した頃のザ・バンドの面々も20歳台だったんですね。それなのにもかかわらず、老成感のある深い音を出しています。


 ザ・バンドの個性を主張しているのは、アメリカ南部に根ざしたロックン・ロール、ブルーズ、フォーク、カントリーなどの芳醇なサウンドや、味わい深いヴォーカル、何とも言えない懐かしさのある重厚なメロディーなどです。
 どちらかというと、「時代の先端を走る」というよりは、古き良きアメリカを体現しているような音だと思います。
 そんな彼らのデビュー・アルバムが、この「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」です。
 ジャケットの絵はボブ・ディランが描いたものです。


     


 ザ・バンドの前身は、アーカンソー州出身のロカビリー・シンガー、ロニー・ホーキンスのバック・バンドだった「ホークス」でした。
 アメリカで芽の出なかったロニーは、リヴォン・ヘルムを含めた自身のバンドを結成し、拠点をカナダのトロントに移します。しかしメンバーが次々と脱退したため、ロニーはトロントのミュージシャンでメンバーの補充を図りました。こうして集められたのが、ロビー・ロバートソン、リック・ダンコ、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソンのカナダ人4人です。つまり、バンドのアメリカ人は、ドラマーのリヴォンただひとりだったわけです。


 彼らは1964年にロニーから独立、「リヴォン・ヘルム&ザ・ホークス」などと名を変えて活動を続けます。そんな彼らにボブ・ディランとの共演という話が舞い込んだのが65年。それ以後、ザ・バンドは、フォーク・ロックへと移行しつつあったディランのサウンドを支えるべく、幾度もツアーに同行しました。
 ツアーを終えた66年7月、ディランはバイク事故で重傷を負います。静養のため、彼はウッドストックの近くに一軒の家を借りました。ここにはホークスの面々も呼ばれてセッションが重ねられることになります。元はディランのリハビリ的セッションでしたが、ここでは古いトラッド・ナンバーやロックンロールに加え、ディランの自作、ホークス自身の作品をも交えて演奏されました。このセッションでディランとホークスの絆は深まり、ホークスの音楽的アイデンティティーも確立されたと言ってもいいでしょう。
 ちなみに、このセッションが行われた家はピンク色に塗られていたことから「ビッグ・ピンク」と呼ばれていました。そしてこの名称がザ・バンドのデビュー作のタイトルにもなりました。


     
     「ビッグ・ピンク」


 ホークスは1968年に「ザ・バンド」と名を変え、デビュー・アルバム「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」を発表します。
 ぼくがこのアルバムの中で好きな曲は、「怒りの涙」「ザ・ウェイト」「チェスト・フィーヴァー」「火の車」「アイ・シャル・ビー・リリースト」などです。
 「怒りの涙」は、ディランとのセッションで生み出されたと思われる曲で、ホーンやオルガン、アコーディオンなどが絶妙に溶け合っています。ゆったりとしたメロディーにのった哀愁漂うリチャードの声がとても印象的。
 「ザ・ウェイト」は、ザ・バンドの代表曲のひとつと言ってもいいでしょう。リヴォン、リチャード、リックの三者三様のヴォーカルが冴えわたるこのミディアムテンポのナンバーからは、抽出されたアメリカのルーツ・ミュージックのエッセンスがたっぷり味わえます。映画「イージー・ライダー」にも使われました。


 「チェスト・フィーヴァー」も、このアルバムのハイライト曲のひとつでしょう。イントロの重厚なオルガンが印象的。力強いリヴォンのドラムにも心惹かれます。途中で入る「救世軍バンド」的な展開がとても面白い。のちスリー・ドッグ・ナイトがカヴァーしています。
 「火の車」はディランとリックの共作です。この曲でもガースの弾くキーボード群の活躍が耳に残ります。サイケデリックな響きも感じられる曲ですが、キーボーディストのブライアン・オーガーもこの曲を取り上げています。
 「アイ・シャル・ビー・リリースト」はディランのペンによる名曲。ファルセットで聴かせるリチャードの歌声も美しいのですが、バックに流れるキーボードの音色も素晴らしい効果をあげています。


          


 このアルバムはいたってシンプルで、飾り気のないサウンドが特徴になっています。「枯淡」とでも言ったほうが似つかわしい、枯れた味わいがあります。
 サイケデリック・ロックやアート・ロックが全盛だったこの頃にこういう素朴な音が出ていたというのは、逆に言えば彼らが自分たちのしっかりとしたオリジナリティーを持っていた、ということの証明になると思います。
 また、メンバーの5分の4がカナダ人だったことが、アメリカの音楽を客観視できることに繋がったのかもしれません。


 エリック・クラプトンは、完成度の高いこのザ・バンドのデビュー・アルバムを聴いて、クリームの即興的な演奏に嫌気がさし、解散を思い立ったと言われています。
 またジョージ・ハリスンはボブ・ディランを訪ねたときにこのレコードをたくさん買い、イギリスに帰ると「これは傑作だから絶対に聴くべきだ」と言って周りに配ったという話が残っています。



◆ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク/Music from Big Pink
  ■歌・演奏
    ザ・バンド/
  ■リリース
    1968年7月1日
  ■プロデュース
    ジョン・サイモン/John Simon
  ■収録曲
   [side A]
    ① 怒りの涙/Tears of Rage (Bob Dylan, Richard Manuel) 
    ② トゥ・キングダム・カム/To Kingdom Come (Robbie Robertson)
    ③ イン・ア・ステイション/In a Station (Richard Manuel) 
    ④ カレドニア・ミッション/Caledonia Mission (Robbie Robertson)
    ⑤ ザ・ウェイト/The Weight (Robbie Robertson)  ☆アメリカ63位、イギリス21位
   [side B]
    ⑥ ウィ・キャン・トーク/We Can Talk (Richard Manuel) 
    ⑦ ロング・ブラック・ヴェール/Long Black Veil (Marijohn Wilkin, Danny Dill) 
    ⑧ チェスト・フィーヴァー/Chest Fever (Robbie Robertson)
    ⑨ 悲しきスージー/Lonesome Suzie (Richard Manuel) 
    ⑩ 火の車/This Wheel's on Fire (Bob Dylan, Rick Danko) 
    ⑪ アイ・シャル・ビー・リリースト/I Shall be Released (Bob Dylan) 
    ☆=シングル・カット
  ■録音メンバー
   [The Band]
    ロビー・ロバートソン/Robbie Robertson (electric-guitars, acoustic-guitars, vocals)
    リック・ダンコ/Rick Danko (bass, fiddle, vocals)
    リヴォン・ヘルム/Levon Helm (drums, tambourine, vocals)
    ガース・ハドソン/Garth Hudson (organ, piano, clavinet, soprano-sax, tenor-sax)
    リチャード・マニュエル/Richard Manuel (piano, organ, vocals)
   [Additional musician]
    ジョン・サイモン/John Simon (producer, baritone-hone, tenor-sax, piano)  
  ■チャート最高位
    1968年週間アルバム・チャート アメリカ(ビルボード)30位
  ■ローリング・ストーン誌選定「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」 34位 (2012年版)

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする