昨日はロバート・F・ケネディの44回忌でした。志し半ばでニクソン陣営の兇弾に倒れたリベラル派の勇ロバート。改めてご冥福を祈りたいと思います。
さて、山田詠美さんの'11年作品『ライ麦畑で熱血ポンちゃん』を読みました。『小説新潮』'09年2月号から'11年1月号までに連載されたエッセイを収録した本です。
このシリーズの面白さは言わずもがなですが、今回はその一端を紹介させてほしいため、一部そのまま引用させていただきます。「(箱根駅伝を家族で見ていて)競い合うという習性から見放された我家は、競技に集中することが出来ないのである。駅伝見てても、沿道にいる変な人とか、ユニフォームのデザインとか、映し出された店の看板とかばかりに目が行っている。父に至っては、間のCMに登場したイタリアかどこかの海辺の風景を見て、芦ノ湖もずい分、明るい雰囲気になったねえ、なんて感心していた。違うから!」「サッカー中継を観ていたら、興奮したアナウンサーがこう言った。『まもなくロスタイムですが、まだ攻撃の手を緩めていません!』ここで、私は、おおいに反応してしまうのである。攻撃の手ってさあ‥‥使ってるの、足じゃん? 手、使ったら反則じゃん、って。」「男の求愛に、女は『わたし手のかかる女かもしれなくてよ」と答える。すると、男は、自信たっぷりに続けるのである。『はごたえのあるほうがすきだ』歯ごたえかよ!? 違うだろーっ、手ごたえだろーっ。」「いつぞやは、こんなこともあった。やはり、見城さんとの相似形を思いついて、うずうずし、こらえ切れなくなった私は、言った。『見城さんって、白土三平の漫画に、よく登場しますね』『え? そう? 何の主人公?』『いや、主人公じゃなくて、百姓一揆の後ろの方に、目鼻が省略されて十字になってる人とか、必ずいるじゃないですか。あれに、そっくり』『失敬だな、きみ!』」などなど。(こうして引用させていただいても、やはり文脈の中に置かないと、なかなか面白さは伝わりにくいようですね。)また、紹介されている本の中で読んでみたいと思ったのは、ブルボン小林著『ぐっとくる題名』(中公新書ラクレ)、同『電化製品列伝』(講談社)、篠田節子著『仮想儀礼』(新潮社、第一級のエンターテイメントで、最後の一行がものすごく恐いとのことです)、『ランボー全詩集』(鈴木創士訳、河出文庫)、吉田豪著『(新)人間コク宝』(コアマガジン)。また、激しく同感したのは、小説の中でホテルのフロントに「予約していた××だ」などという主人公に対して、「ちょっと、おっさん、あんた何様?」と、思わず言いたくなること(実生活では「あの~、予約していた××ですけど‥‥」などというのが普通)、WBCの日本チームを侍ジャパンと呼ぶことに違和感を感じること、アメリカン・アイドルのアダム・ランバートを応援していたこと、謙譲語の「おります」「参ります」を尊敬語として使う人が多いのを苛立たしいと思うこと。さらに、今さらながらに気付いたのは、山田さんと私が同じ年に生まれていること、その年には少年マガジンやサンデーが創刊、黒部トンネル開通、バービー人形誕生などもあったこと、したがってテレビドラマの『河童の三平』や『悪魔くん』に思い入れのあること、などでした。
あっという間に読めてしまうのが惜しい、楽しいエッセイです。
さて、山田詠美さんの'11年作品『ライ麦畑で熱血ポンちゃん』を読みました。『小説新潮』'09年2月号から'11年1月号までに連載されたエッセイを収録した本です。
このシリーズの面白さは言わずもがなですが、今回はその一端を紹介させてほしいため、一部そのまま引用させていただきます。「(箱根駅伝を家族で見ていて)競い合うという習性から見放された我家は、競技に集中することが出来ないのである。駅伝見てても、沿道にいる変な人とか、ユニフォームのデザインとか、映し出された店の看板とかばかりに目が行っている。父に至っては、間のCMに登場したイタリアかどこかの海辺の風景を見て、芦ノ湖もずい分、明るい雰囲気になったねえ、なんて感心していた。違うから!」「サッカー中継を観ていたら、興奮したアナウンサーがこう言った。『まもなくロスタイムですが、まだ攻撃の手を緩めていません!』ここで、私は、おおいに反応してしまうのである。攻撃の手ってさあ‥‥使ってるの、足じゃん? 手、使ったら反則じゃん、って。」「男の求愛に、女は『わたし手のかかる女かもしれなくてよ」と答える。すると、男は、自信たっぷりに続けるのである。『はごたえのあるほうがすきだ』歯ごたえかよ!? 違うだろーっ、手ごたえだろーっ。」「いつぞやは、こんなこともあった。やはり、見城さんとの相似形を思いついて、うずうずし、こらえ切れなくなった私は、言った。『見城さんって、白土三平の漫画に、よく登場しますね』『え? そう? 何の主人公?』『いや、主人公じゃなくて、百姓一揆の後ろの方に、目鼻が省略されて十字になってる人とか、必ずいるじゃないですか。あれに、そっくり』『失敬だな、きみ!』」などなど。(こうして引用させていただいても、やはり文脈の中に置かないと、なかなか面白さは伝わりにくいようですね。)また、紹介されている本の中で読んでみたいと思ったのは、ブルボン小林著『ぐっとくる題名』(中公新書ラクレ)、同『電化製品列伝』(講談社)、篠田節子著『仮想儀礼』(新潮社、第一級のエンターテイメントで、最後の一行がものすごく恐いとのことです)、『ランボー全詩集』(鈴木創士訳、河出文庫)、吉田豪著『(新)人間コク宝』(コアマガジン)。また、激しく同感したのは、小説の中でホテルのフロントに「予約していた××だ」などという主人公に対して、「ちょっと、おっさん、あんた何様?」と、思わず言いたくなること(実生活では「あの~、予約していた××ですけど‥‥」などというのが普通)、WBCの日本チームを侍ジャパンと呼ぶことに違和感を感じること、アメリカン・アイドルのアダム・ランバートを応援していたこと、謙譲語の「おります」「参ります」を尊敬語として使う人が多いのを苛立たしいと思うこと。さらに、今さらながらに気付いたのは、山田さんと私が同じ年に生まれていること、その年には少年マガジンやサンデーが創刊、黒部トンネル開通、バービー人形誕生などもあったこと、したがってテレビドラマの『河童の三平』や『悪魔くん』に思い入れのあること、などでした。
あっという間に読めてしまうのが惜しい、楽しいエッセイです。
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