漢字で「射干」と書く植物が二種類あります。一つはアイリス・ジャポニカという学名を持つ、アヤメの仲間で、一般には「シャガ」と呼ばれています。花の形状からも、アヤメの仲間であることがすぐにわかります。アイリス・ジャポニカは日本のあやめという意味ですから(アイリスは本来は虹を意味するが、植物名としてはアヤメの仲間の総称でもある)、日本古来の花なのでしょう。古代に中国から伝えられたという解説もありました。しかしそうだとしても、日本の国名を負っているのですから、日本の花として、もっと注目されてもよいと思います。4月から初夏にかけて、山林の日陰に群生しています。葉には艶があって美しく、薄い水色に黄色の混じった淡い花を咲かせます。遺伝的に絶対に種子を作らないため、人為的か偶然か、地下茎が移動しない限り、離れたところに突然生育することはありません。これは彼岸花と同じことで、山林の日陰に生育するとしても、人里からとんでもなく離れた深山には生育しません。よく山の中の寺の周辺に多いのは、かつて人の手が加わったからと考えられます。
もう一つの射干は、一般には「檜扇(ひおうぎ)」と呼ばれる花で、一応アヤメの仲間ではありますが、7~8月の暑い盛りにオレンジ色の花を咲かせます。7月に行われる京都の祇園祭や大阪の天神祭には、古くから必ずこの檜扇を活ける習慣があり、その色の鮮やかなことも相俟って、真夏の花の印象があります。檜扇という呼称は、葉が扇のように広がっている様子が、王朝時代に用いられた檜の薄板を綴じ連ねた檜扇を開いた形によく似ていることによるもので、成る程上手い名前を付けたものと思います。この檜扇の種子は直径5㎜ほどの漆黒色であるため、「烏扇(からすおうぎ)」とも呼ばれるほどの美事な黒さです。そしてこの種子は古来「うばたま」と呼ばれていました。漢字を当てはめると、「烏羽玉」と書きます。そして『万葉集』では「うばたま」或いは「ぬばたま」とも呼ばれ、約80首も詠み込まれています。ただし植物としての檜扇を詠んでいるわけではなく、みな黒・夜・夢・黒髪・黒馬・夕・今宵など、その黒いことや暗いことから連想される言葉の枕詞として詠まれています。
このように両者は広い意味ではアヤメの仲間なのですが、姿・色・咲く時期が全く異なり、見た目で混同することはまずあり得ません。ところが最初にもお話ししましたように、両者とも漢字で射干と表記することがあるため、しばしば勘違いされてしまいます
斎藤茂吉に「射干の花のふふまる頃となり山ほととぎすいまだ聞こえず」という歌があります。上の句の「射干の」は5音節のはずですから、「ひおうぎの」と読むはずです。「しゃがの」では3音節になってしまいます。しかし山ほととぎすの声を期待するのは、当然のことながら初夏に決まっていますから、檜扇には蕾さえありません。しかしアイリス・ジャポニカのシャガならば、晩春から初夏にかけて咲きますから、ほととぎすの初声を期待する時期とちょうど重なります。つまり斎藤茂吉は、シャガの花を見ながら詠んでいるのに、シャガの漢字表記である「射干」を「ひおうぎ」と勘違いしているとか考えられません。しかし、そういう私自身、特に植物に詳しいわけでもありませんので、ひょっとしたら私の方の勘違いかもしれません。もしそうだとしたら、是非とも御教示して下さい。
我が家の周辺の木蔭でも、そろそろシャガの花が咲き始めました。そこで一首詠みました。艶やかなシャガの葉が、傾斜に従ってみな谷の下の方に向いています。その所々に水色のシャガの花が、まるで流れから湧き出すように咲いていました。「漏れ」「流れ」「湧き」などの縁語を意識して選んでいます。
○しゃがの葉にきらら木漏れ日流れきて谷の傾り(なだり)に花湧きいづる
もう一つの射干は、一般には「檜扇(ひおうぎ)」と呼ばれる花で、一応アヤメの仲間ではありますが、7~8月の暑い盛りにオレンジ色の花を咲かせます。7月に行われる京都の祇園祭や大阪の天神祭には、古くから必ずこの檜扇を活ける習慣があり、その色の鮮やかなことも相俟って、真夏の花の印象があります。檜扇という呼称は、葉が扇のように広がっている様子が、王朝時代に用いられた檜の薄板を綴じ連ねた檜扇を開いた形によく似ていることによるもので、成る程上手い名前を付けたものと思います。この檜扇の種子は直径5㎜ほどの漆黒色であるため、「烏扇(からすおうぎ)」とも呼ばれるほどの美事な黒さです。そしてこの種子は古来「うばたま」と呼ばれていました。漢字を当てはめると、「烏羽玉」と書きます。そして『万葉集』では「うばたま」或いは「ぬばたま」とも呼ばれ、約80首も詠み込まれています。ただし植物としての檜扇を詠んでいるわけではなく、みな黒・夜・夢・黒髪・黒馬・夕・今宵など、その黒いことや暗いことから連想される言葉の枕詞として詠まれています。
このように両者は広い意味ではアヤメの仲間なのですが、姿・色・咲く時期が全く異なり、見た目で混同することはまずあり得ません。ところが最初にもお話ししましたように、両者とも漢字で射干と表記することがあるため、しばしば勘違いされてしまいます
斎藤茂吉に「射干の花のふふまる頃となり山ほととぎすいまだ聞こえず」という歌があります。上の句の「射干の」は5音節のはずですから、「ひおうぎの」と読むはずです。「しゃがの」では3音節になってしまいます。しかし山ほととぎすの声を期待するのは、当然のことながら初夏に決まっていますから、檜扇には蕾さえありません。しかしアイリス・ジャポニカのシャガならば、晩春から初夏にかけて咲きますから、ほととぎすの初声を期待する時期とちょうど重なります。つまり斎藤茂吉は、シャガの花を見ながら詠んでいるのに、シャガの漢字表記である「射干」を「ひおうぎ」と勘違いしているとか考えられません。しかし、そういう私自身、特に植物に詳しいわけでもありませんので、ひょっとしたら私の方の勘違いかもしれません。もしそうだとしたら、是非とも御教示して下さい。
我が家の周辺の木蔭でも、そろそろシャガの花が咲き始めました。そこで一首詠みました。艶やかなシャガの葉が、傾斜に従ってみな谷の下の方に向いています。その所々に水色のシャガの花が、まるで流れから湧き出すように咲いていました。「漏れ」「流れ」「湧き」などの縁語を意識して選んでいます。
○しゃがの葉にきらら木漏れ日流れきて谷の傾り(なだり)に花湧きいづる
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