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うたことば歳時記

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雉の鳴き声

2016-03-22 19:19:52 | うたことば歳時記
桜の花が咲き始める頃、我が家の周囲では雉がよく鳴くようになります。季節に関係なく、地震の直後にもよく鳴きます。地震の前に鳴いてくれるとよいのですが、まあそれは無理というものでしょう。ところで雉の鳴き声は、どのように聞き成されるのでしょうか。文字で表現すれば「ケン、ケン」というのが自然でしょう。しかし雉は古くは「きぎす」と呼ばれましたから、「き、ぎ」と聞かれていたのかもしれません。古には鶯は「うーぐいっ」「うーぐいっす」と、時鳥は「ほととぎっ」「ほととぎす」と、雁は「かりかり」と聞き取られていましたから。そんなばかなと言われそうですが、鶯も時鳥も雁も、みな自分の名前を名乗って鳴いているという歌がいくつかありますから、そのように聞き取られていたことは確かで、鳴き声がそのまま鳥の呼称になったと考えられます。(うぐいす、ほととぎす、きぎすの語尾の「す」は、鳥であることを表す接尾語であるという説があります。)

 ところで雉は必ず鋭く「ケン、ケン」と二声鳴いた後、翼を大きく広げて身体に打ち付け、「バサバサッ」と大きな音を出し、これを「母衣打ち」(ほろうち)と言います。思わず身体が宙に浮く程に力を入れて羽ばたきますので、かなり遠くまで聞こえます。ここから素っ気なく断られることを「けんもほろろ」というのですが、雉のどのようなところが素っ気ないのか、わかるようでわかりません。辞書を引くと、母衣打ちをしたあと飛んで行ってしまうという説明もありましたが、決してそんなことはありません。私はその時期には数日に一度くらいの割合で、雉の鳴く場面見てきていますが、いまだかつてその様な場面に出くわしたことがありません。その辞書の著者も編者も、雉が鳴く瞬間を近くで見たことがないのです。もしあればその様なことを書くはずはありません。辛口ですが、先行する間違った解説を吟味もせずに孫引きしているに違いありません。雉に限らず、愛想を振りまく野生の鳥などないのですから、雉の無愛想なところと説明されても腑に落ちません。それより「けん」も「ほろろ」も雉の鳴き声によると説明している辞書がかなりありました。「けん」は確かに鳴き声ですが、「ほろろ」は鳴き声ではありません。つくづく辞書とは信用できないこともあるものだと思います。辞書の執筆をするくらいの人なら、雉が鳴く姿を見て聞いておかなければならないと思うのですが。要するに雉の鳴き声と母衣打ちの音が、なぜ素っ気ないことを意味するのか、よくはわからないのでしょう。

 雉が鳴く場所は、草原の小高くなった所や見晴らしのよい所であることが多く、鳴き声の方角を探せば、すぐに見つかります。私は10m程まで近寄ったことがあり、警戒心があまりありません。いつも同じ場所で鳴くので、きっと縄張りの宣言なのでしょう。母衣打ちの「母衣」と「ほろほろと泣く」の「ほろ」が同音のため、母衣打ちは泣くことを連想させました。また鳴くのは雄ばかりですから、古人は雉が妻恋いに鳴く(泣く)と理解しました。
  ①春の野のしげき草葉の妻恋にとびたつ雉子のほろほろとなく    (古今集 雑 1033)
  ②春の野にあさる雉子の妻恋に己があたりを人に知れつつ      (万葉集 1446)
①では、雄の雉が妻恋しさに泣いて飛び立つと理解しています。母衣打ちをしたあと飛んで行ってしまうという辞書の解説がありましたが、①の歌を根拠にしているのかもしれません。しかし先程も書きましたように、実際には母衣打ちをしたあと飛んで行ってしまうことはありません。②は妻恋しさになくので、居場所がすぐにわかってしまう、という意味です。これは事実その通りで、雉は物陰に隠れて鳴くようなことはありません。無用な発言をしたために禍を招くことの喩えとして、「雉も鳴かずば撃たれまい」という諺がありますが、それは雉のこのような生態によるものです。

 
 


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