とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

「山月記」の授業実践記録4(「語り手」の介入)

2016-06-26 09:46:04 | 国語
 「語り手」が客観的描写に徹しきれなかった箇所、それは袁傪の心の中を描いている箇所です。李徴の即興の詩に対して、「何かが欠けている」と思ったと書いている箇所です。ここはそれまでの流れとは違う、つまり「破格」な表現なので目立ちます。読者はこの表現に導かれるのはあきらかです。この「破格」な表現は作者の明確な意図によって描かれたのです。もしそうでなければこの作者は素人並みと考えていいはずです。つまり、作者は李徴には「何か欠けている」部分があると読者に伝えたかったのは明白なのです。

 さて、少し混乱が生じます。「語り手」と「作者」の違いです。

 それを考えるためにここで話を少し根本にさかのぼりましょう。いったい小説って何なのでしょうか。

≪第1段階≫
 小説の骨格には話の筋(ストーリー)があります。具体例として次の桃太郎の冒頭部分を使ってみましょう。
 
 むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがいました。
 ある日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ選択にいきました。

 この筋だけの話を第1段階とします。


≪第2段階≫
 さて、この話を誰かが誰かに語り聞かせる場面を想像してみてください。そのとき「語り手」は少し聞き手を意識して語り始めます。

 きょうは花子ちゃんにおもしろいお話しをしてあげるね。
 むかしね、むかしっていうのはね、花子ちゃんが生まれるずっと前のことだよ。
 花子ちゃんが生まれるずっとずっと前にね、田舎の村にね、おじいさんとおばあさんが住んでいたんだ。
 おじいさんはね、おばあさんととっても仲良しでね、ふたりっきりで生活していたけど、毎日毎日働いて、幸せだったんだ。
 秋になってきてね寒くなってきたんだと思うんだけど、昔って枯木に火をつけてストーブにしてたんだけど、その枯木を準備しなければならなくなってね、おじいさんは山に枯木を探しに行ったんだ。
 おばあさんはね、今はどの家だって水道があるけど、昔はなかったから、洗濯しに川までいったんだ。

 
 なんて話をし始めます。これは語り手が聞き手を意識して聞き手に理解しやすいように筋(ストーリー)に介入しているわけです。


 ≪第3段階≫
 次第に語り手は介入の度合いを高めていきます。

 トンビが輪を描いている。北からの風がゆるやかに流れている。風は山の上の木々を赤く染め始める。秋の空は高く澄んでいた。
 山のふもとに小さな家がある。その小さな家で老夫婦が生活をしていた。家といっても今の感覚から言えば小屋である。雨風を防げばそれでいいという建物である。その頃のそのあたりに住む人々はそれが当たり前の家であった。
 科学という言葉のなかったころである。誰もが神を信じていた。神の力で生かされていると信じていた時代だ。彼らは死は怖くなかった。いや、死は怖くないというのを建前として生きていた。かれらは静かに生きていた。子供のいない老夫婦にとってそれが生きるということであった。
 この時期になると冬を越す準備をしなければならない。年老いた男は山に枯木を取りにいく。男は年を経るにしたがって体が動かなくなることを感じていた。背中に痛みを感じて生きていくことに苦しさを覚え始めていた。体のいたみは心を締め付け始める。漠然とした不安。
 「ちくしょう。」
 男は山に向かって一言叫ぶ。その叫び声が返ってきたとき、涙があふれてくる。
 年老いた女は川に洗濯に行く。女にとって耐えることが生きることだった。この時期水が冷たいのは知っている。しかし、それを悔やんでいてはいけない。いつも自分を殺すことだけを心掛けてきた。

 例えばこのようにどんどんストーリーに介入していきます。最初のほうでは聞き手に視点の誘導をしています。そしてストーリーを壊さない程度に勝手に設定を作り上げていきます。そして登場人物の心を描き始めます。

 このように、語り手はどんどん第一段階の筋(ストーリー)に介入して脚色していきます。ここまでくるとほとんど小説と言っていいですね。

 そして語り手が筋(ストーリー)にどのように介入していくかは、作者が決めているのです。小説家の作者というのは、語り手に筋(ストーリー)の語り方を演出していく総合プロデューサー的な役割をしていることがわかります。逆に言えば、語り手の介入の仕方に作者の意図が表れるといっていい。
 
 話をもどします。語り手が山月記で袁傪の心の中を描くという「破格」なことを行ったということは、明確な作者の意図であると考えるべきなのです。無視できない、大きな記述なのです。
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