とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

清宮君はすごい。しかし・・・

2017-07-31 17:38:01 | 社会
 清宮君はすごいバッターだと思う。しかし、やっぱり取り上げられすぎである。

 清宮君にとって注目されることはうれしいことであるし、注目をうけるだけの実績を残している。だから目くじらを立てるほどではないという気もする。しかし、地方大会の様子まで全国ニュースで大きく取り上げるというのはいきすぎであろう。高校スポーツの精神にも反しているように思われる。

 「贔屓の引き倒し」という言葉がある。ひいきが度を越えて、かえってその人を不利にするという意味である。清原君は体が大きく遠くに飛ばすという持って生まれた力があることは確かだ。しかし、技術的な面で一流になるかどうかはこれからの努力次第である。注目を受けることは本人にとってプラスになる。しかし、その度が過ぎれば勘違いを誘発し「贔屓の引き倒し」になってしまうような気がしてならない。

 マスコミの方々は、若い人には「育てる」という視点を失わないでほしい。
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カホコは発達障害?(『過保護のカホコ』)

2017-07-30 07:00:05 | どう思いますか
 今期のドラマの『過保護のカホコ』を見ている。高畑充希演じるカホコは黒木瞳演じる母親に過保護に育てられている。そのために世間の常識がわからず、普通の人間関係を結ぶことができない。しかし、同じ大学の美術系の男子学生に出会いにより、これまでの過保護であった自分から脱皮しようとするという展開で進んでいる。出演者も豪華であり安心してみていられる。ストーリーもおもしろい。

 ただひとつ気になるのは、主人公のカホコは過保護というよりも発達障害だということである。カホコの言動を見ている限り、カホコは明らかに発達障害である。インターネットで検索してみたら、私と同じように「カホコは発達障害」と感じている人が多い。これが何が問題かというと、単なる過保護に育てられた人と、発達障害の人とは対応が違うということである。ドラマの前提が変わってきてしまうのだ。とは言え、その部分に引っ掛かりは感じるものの、今のところ大きな破綻を感じているわけではない。今後の展開に期待している。

 発達障害については、一般にも少しずつ理解が進んできた。ただし、この理解は中途半端なものであり、逆に誤解も生じやすい状況になっている。発達障害に対して正しい理解が進むようないいドラマができたらいいとも思った。
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書評『英語教育、迫り来る破綻』(大津由紀雄、江利川春雄、斎藤兆史、鳥飼玖美子 著)

2017-07-29 06:52:46 | 書評
 小学校の英語教科化や、大学入試にTOEFLの導入などの英語教育改革に対して否定的な意見を持つ学者が、それぞの分野での意見を書いている本である。いくつかのポイントをあげる。

 1.近年の会話中心の英語教育が英語力を落としているのが現状である。

 2.TOEFLはアメリカに留学する人に対して作られた試験であり、難解なものである。これを日本の高校生全員にやらせるのは無謀である。一部のエリートのための試験にしかならない。

 3.小学校の英語教科化は大きな勘違いである。なぜなら外国語教育というのは、第2言語習得のための教育である。これを母語の獲得のための教育と混同してしまって早期に始めようとしているのが小学校の英語教科化だが、母語の教育が中途半端なままになる危険性があり、外国語教育に悪影響を与える可能性がある。

 4.英語教師に対する要求が多すぎて英語教師が疲弊しきっている。

 これらの主張はもっともであり私も賛成する。その上で疑問に感じるのは、日本語に近いと言われるハングルを使う韓国人がどうしてあれだけ流暢に英語をつかえるのかということである。そこをどう分析し、どう日本の教育全体を変化させていくのか、開かれた議論が必要である。
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「孤独な時間をきちんと過ごす」

2017-07-28 16:28:11 | 折々のことば
 7月28日朝日新聞「折々のことば」からの引用です

 潰れない選手、伸びる選手には、共通点がある。……それは、孤独な時間をきちんと過ごせることだ。   (森繁和)

 落合博満監督の下でヘッドコーチを務めた中日の現監督は、選手に「こうやれ」ではなく「こういうやり方もあるよ」と言ってきた。野球は自分で考え抜いてやるものだからと。人生でも潰れないためには、他人とつるんだり慰めあったりするのではなく、自分にしかと向きあう「孤独」という場を内にもつことが大切。著書『参謀』から。


 前回のブログで書いたのですが、「恥の文化」の日本人は「他者基準」で生きています。だから孤独を嫌います。他者とのつながりがない状態は自分を見失うことになるからです。しかし、それは本当にいいのでしょうか。自分を信じる力がなければ、真の成長がないのではないでしょうか。

 ほめられて伸びることも否定はしませんが、絶望し孤独になったからこそ伸びることも事実だと思います。その視点を見失ってはいけないと思います。
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恥の文化

2017-07-27 16:57:12 | 社会
 妻が「アメリカ人はトランプのことを恥ずかしいと思わないのか。」と言った。この言葉を聞いてふと思い浮かべたのが「恥の文化」という言葉である。「日本は恥の文化」だと言われている。これってなんだったけと思って確認してみた。

 「恥の文化」というのはアメリカの文化人類学者 R.ベネディクトが『菊と刀』のなかで使った用語であった。他者の内的感情や思惑と自己の体面とを重視する行動様式によって特徴づけられる文化をいう。彼女はこの「恥の文化」に対立する文化として,内面的な罪意識を重視する行動様式としての「罪の文化」をあげ,後者が西欧文化の典型であるのに対し,前者を日本人特有の文化体系と考える。すなわち,日本人の行動様式は,恥をかかないとか,恥をかかせるとかいうように「恥」の道徳律が内面化されていて,この行動様式が日本人の文化を特色づけているとしている。

 納得させられる意見である。そこで私なりに考えてみると、日本人は他者を基準にしてものごとを判断しているということが言える。ところが、他者の考え方というのはなかなかわからない。そこでワイドショーのコメンテーターの意見が必要になる。あるいは最近流行語にもなった「忖度」が生まれてしまう。

 この他者基準はいいものなのか、それともやっぱりだめなものなのか。課題としたい。
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