とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

書評『書く力が身につくイギリスの教育』(山本麻子著)

2017-03-31 07:57:14 | 書評
筆者はイギリス生活が長く、その間自分のこどもがイギリスで初等教育を受けた。そのイギリスの言語技術教育の生徒の側からの記録である。著者のこどもがイギリスで、どのような課題を出され、どのようなことを書き、それがどういう評価をされたかがわかる。日本の教育と大きく違っている。貴重な記録だ。とても勉強になった。

イギリスでは国語だけでなく、社会や理科においても調べて、考えて、根拠をしめしながら自分の意見を書くことが要求される。それによって覚える量は日本に比べれば少なくなるのだろうが、困難に直面したときに自分の力で解決したり、議論によって解決したりすることができる。

日本の国語教育では読解だけに時間が割かれ、書くことはあまり要求されていない。生徒は覚えることだけで、受身になる。その結果なにも考えなくなる。日本の教育のバランスの悪さを感じさせられる。

イギリスの教師たちはどのような観点で教育をおこなっているのか、どのような体系の中で言語技術の指導がなされているか、そしてどのような観点で評価をしているのか。この本では書かれてはいないが、教師側の視点がわかる本を探してみたいと感じた。
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人間は科学とどう向き合うべきか

2017-03-30 07:39:50 | 社会
 1年前のブログを見ていたら、きのうのブログと関連するものがあった。

 マイクロソフトが開発し、実験中だった人工知能が、ツイッター上でヒトラーを肯定したり、人種差別的な言葉を発したりし始めたという。怖い話だ。

 一昔前までは、コンピュターがいくら進歩しても人間が制御しているのだから暴走することはないと言われていました。しかしその信頼が揺らいでいるような気がします。

 原子力発電所も安全だ、安全だといいながらちっとも安全ではなかった。それと同じことがコンピューターでも起きてしまうのではないだろうか。

 「想定外」という言葉を使ってしまえば責任から逃れられる。大丈夫、大丈夫といいながら、実は大丈夫ではなかった。そんな結果になってしまうのではないかという恐怖が人間を苦しめ始めている。いよいよ人間の文明が人間を滅ぼす歴史的ポイントまで来てしまったのではないか。

 今、本当に人間とは何かを考えなければいけない


 もはや人間の理屈で科学を制御しようとしても無理なのだ。とは言え、科学の論理によって人間が制御されてしまったら、人間は人間としての役割を失うことになる。

 人間は人間でなけらばならないが、残念ながら人間であることということの意味は難しいのだ。
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高浜原発再稼働容認判決

2017-03-29 08:38:44 | 社会
 大阪高裁は大津地裁が出した運転差し止め仮処分決定を取り消し、運転再開を認める判決を行った。私はこの判決には大きな疑問を感じる。

 報道によると「滋賀の住民からは『司法の責任放棄だ』『国や電力会社の意向を忖度(そんたく)した』「福島原発事故の前に戻ったようなひどい判決」と厳しく批判する声があがった。」という。私も原告側のそういう意見に同調する。

 人々は東日本大震災の教訓を風化させるなと言う。しかし、政治権力は風化させようとしており、それをみんなが忖度しているようにしか思えない。原発の再稼働を認めるならば、原発の安全性についてもっと厳しい目で議論していく必要がある。それが目に見える形にならなければならない。しかしまだまだ見えてこないのだ。

 期せずして流行語となった「忖度」ではあるが、日本人の欠点を象徴することばなのではなかろうか。自分の生活のために、権力者の考えを忖度し弱者を切り捨てる。これが日本社会なのだ。このような風潮があるから、福島の人に対する差別やいじめが生まれるのだ。
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人間は死滅しても細菌は生き残る(「折々のことば」より)

2017-03-28 09:31:43 | 折々のことば
 3月28日の「折々のことば」より。

 「核戦争で自分たち自身を地上から一掃したとしても、細菌は、・・・うまくやっていき、私たちが自滅した後も生き残るでしょう。(スティーヴン・ホーキング)」


 さらに引用する。

 「そもそも『知性に大きな生存価値があるかもうかも』明らかでない」

 私たちは意味があって生きていると思い込んでいる。しかし、本当に自分の生に意味があるのかと問われると不安になる。だから人間であることに意味を持たせようと必死になる。しかし必死になればなるほど、人間が自分たちのためだけに作ったいはば「人間村」に閉じこもることになる。

 肩の力を抜きながら、静かに考えようと思う。
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稀勢の里すごい! 照ノ富士がんばれ!

2017-03-27 07:42:14 | スポーツ
 きのうが春場所の千秋楽。左肩付近を痛めた稀勢の里が照ノ富士を右からの突き落としで破り、13勝2敗で並んで、優勝決定戦に持ち込んだ。続く優勝決定戦では、もろ差しを許しながら、右から捨て身の小手投げで勝利。奇跡的な逆転優勝を飾った。

 稀勢の里は優勝をなんども逃していたからこその執念があったのだと思う。すごい力士になったなと感動した。

 照ノ富士は、この負けについて批判されているようだがそれはかわいそうだ。ここまで来たら優勝できなかったら照ノ富士自身が大変なことになるとわかっていたはずである。だからこそのプレッシャーがあったのだ。さらにはケガの力士にそのケガを攻撃すべきかなど、さまざまなことを一日ずっと考えていたに違いない。そんな心理的な混乱の中で取った相撲。結果が悪いものだっただけでも苦しいに違いない。それなのにその精神的な弱さまで批判されたのではたまったものではない。

 まだ若い照ノ富士に、稀勢の里のような執念を求めるのは酷である。このくやしさをバネに、強い力士になってもらいたい。
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