とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

パソコン故障

2018-11-17 12:47:01 | 日記
パソコンの液晶がやられてしまった。
仕事に支障があるし、ブログも更新できない。
困った。
最近スマホも故障したし、トラブル対応ばかりだ。
時代に弄ばれているような気になってしまう。
今こそ深呼吸。
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劇評『贋作 桜の森の満開の下』(NODAMAP公演・東京芸術劇場11/3)

2018-11-11 17:09:05 | 書評
脚本・演出:野田秀樹 美術:堀尾幸男 照明:服部基 衣裳:ひびのこづえ 音楽・効果:原摩利彦 
出演:妻夫木聡、深津絵里、天海祐希、古田新太、秋山菜津子、大倉孝二、藤井隆、村岡希美、門脇麦、池田成志、銀粉蝶、野田秀樹 他

 『贋作 桜の森の満開の下』は夢の遊民社のころから何度も上演されている。私は野田秀樹さんの作品の中では今一つ入り込めない作品で、なぜこの作品がこれだけ再演されるのかがわからないでいた。

 ところが、歌舞伎でこの作品が上演されそれを見た時、初めてこの作品がすばらしい作品であることに気がついた。夜長姫の罪と苦悩、耳男の罪と苦悩が丁寧に描かれており、筋がはっきり見えたからである。

 今回期待して見にいったのであるが、残念ながらやはり早口の言葉遊びの中で筋が見えなくなり、いつの間にか舞台が遠くに行ってしまったような印象になってしまった。やはり入り込めなかったのである。

 おそらくもっと狭い劇場で人の息や汗が感じられる劇場であればそれでも作品が音楽のように入ってきたのであろう。また、歌舞伎版のように少しゆっくり目のセリフと台本を丁寧に描いている演出ならばよかったのだ。しかし東京芸術劇場のような広い劇場で、しかもうしろのほうの座席に座っていた私のような人間には無理だったのではないか。

 大きな紙をつかった演出や布の演出などごたえがあった。昔の遊民社のような音楽の使い方も感動的であった。大きな劇場に合わせた工夫はすごいと思った。役者もみなよかった。しかし私には壁を感じる作品であった。もっと前の席でみていたら感じ方はかわったのだろうか。

 客席をもっとランク分けして、前の席を高くして後ろのほうの席は安くするということをしたほうがいいのではないだろうか。
 
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今年の「新語・流行語大賞」

2018-11-10 04:33:36 | どう思いますか
 今年も「新語・流行語大賞」のノミネートが発表された。去年も一昨年も書いたが、流行語というものではないものがたくさん入っている、というよりも、ほとんど「流行語」とは言えないものである。「流行」していない言葉も無理やり入れている。みんながついつい使ってしまうことばが、「流行語」でありながら、それ以外の言葉は趣旨と合わないと私には感じられるのである。

 今年の「新語・流行語大賞」としてふさわしいのはどれであろうか。ノミネートは次の通り。
・あおり運転
・悪質タックル
・eスポーツ
・(大迫)半端ないって
・おっさんずラブ
・GAFA(ガーファ)
・仮想通貨/ダークウェブ
・金足農旋風
・カメ止め
・君たちはどう生きるか
・筋肉は裏切らない
・グレイヘア
・計画運休
・高プロ(高度プロフェッショナル制度)
・ご飯論法
・災害級の暑さ
・時短ハラスメント(ジタハラ)
・首相案件
・翔タイム
・スーパーボランティア
・そだねー
・ダサかっこいい/U.S.A
・Tik Tok
・なおみ節
・奈良判定
・ひょっこりはん
・ブラックアウト
・ボーッと生きてんじゃねーよ!
・#MeToo
・もぐもぐタイム

 以上の内、「新語・流行語」対象としてふさわしいと思うのは、
・(大迫)半端ないって
・翔タイム
・そだねー
・ダサかっこいい/U.S.A
・ボーッと生きてんじゃねーよ!
・#MeToo

 ぐらいかなと思う。

 その中で私が選ぶのは、
・そだねー
・ボーっと生きてんじゃねーよ!

の2つ。

 さて何が選ばれるか。どうでもいいけど、結構気になる。
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劇評『修道女たち』(11月3日 本多劇場)

2018-11-08 08:14:08 | 劇評
作・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演   鈴木杏 緒川たまき 鈴木浩介 伊勢志摩 伊藤梨沙子 松永玲子
みのすけ 犬山イヌコ 高橋ひとみ

 この芝居に登場する人間は、醜いが美しい。どの人物も人間の人間らしさが見事にでている。「人間を描く」という言葉を突き付けられたような気がした。表向きは得体のしれない劇のように見えながら、次第に見入っていかされた。客席全体が吸い込まれていくよな感覚を覚えた。名作だ。

 人間は常に正しいことはできない。やってはいけないことをついついやってしまう。それが人間である。人間が罪を犯すのは必然なのだ。しかしその罪は結局は自分に返ってくる。だから人間は常に苦しみの中にいる。確かに「忘れる」ことは人間の得意技だ。自分の犯した罪も時間がたてば忘れることができる。しかし表面上は忘れても、無意識の中に罪は残る。時には夢に出るし、時には得体の知れない恐怖が襲ってくる。これこそが人間であり、その滑稽さを見て観客は笑うのだが、その笑いは自分を笑っていることにすぐに気がつくのだ。

 人間は罪深く、滑稽な生き物である。だからこそいとおしい。この芝居は不思議な心の浄化を感じることができる。
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書評『国語教育の危機』(紅野謙介著)

2018-11-04 18:32:43 | 国語
高校の国語教育の大改革が始まった。2020年度からセンター試験が大学入試共通テストに変わる。それとほぼ同時期に新学習指導要領がスタートする。これによって高校の国語教育は大きく変わる。この本はこの国語改革に対して批判的に書いた本である。様々な点で私と意見が異なることはあるが、基本的には同じ方向性である。

大学入試共通テストの大きな変更点は記述式の導入である。紅野氏はこの記述式問題にかなり批判的である。紅野氏の意見はモデル問題を見る限り資料の取捨選択に終始するだけであり、国語の読解とは言えないというものである。それはそれでわからなくはないが、それを大学入試共通テストに求めるのはむりだというのが私の意見である。採点ができるはずがないからである。紅野氏が望むような問題は個別試験で行うべきであり、大学がそれをサボってきたからこうなったのではないだろうか。大学入試共通テストにおける記述式は最も基礎となる言語技術を求めるものであり、それは悪いことでない。むしろこれまでの国語教育がやらなければいけないのに行ってこなかった部分を取り戻すためのものと考えるべきである。ただしプレテストの問題の質がひどすぎるというのは同意する。

紅野氏が指摘したマーク式問題の問題が質が悪い上に難解で量が多いと言うのは全くその通りである。このあたりはセンター試験の時代からずっと続いていた。無意味に難しくしていた。だから高校でいくら勉強しても国語の成績が伸びなかったのである。だれもが国語は勉強しても無駄だと思うようになる。高校で国語嫌いが増えるのはそのためであり、国語教育が力を失っていったのもそためである。
学習指導要領の改訂による論理国語と文学国語の問題はほぼ同意する。これは最近ブログを書いたばかりであるのでここでは省略する。

私は今大切なのは国語教師がもっとしっかりとこの問題に真正面から取り組むことであると思う。正直言って国語教師がいいかげんすぎたのだ。こうなってしまったことを国のせいばかりにしていてはいけない。
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