2009年01月22日 09時58分記載
URL http://www.yomiuri.co.jp/iryou/kyousei/saizensen/20080722-OYT8T00467.htm
「本来は「つなぎ」の処置
口から食べられなくなった場合の処置として、管を通して胃に直接、栄養物を送り込む胃ろう。本来は、再び経口で栄養を摂取できるようになるまでのつなぎだが、死ぬまで胃ろうを付けている高齢者も目立ってきており、介護現場で戸惑いが広がっている。(阿部文彦、写真も)
職員の疑問
横浜市の郊外にある老人保健施設(定員125人)で、胃ろうを付けた入所者が増え始めたのは4年前。きっかけは、近くの病院の療養病床が閉鎖されたことだった。
胃ろうは、医療的処置が必要なため、看護師の数が少ない老健では、何人もの患者をみるのは難しい。この老健では、他の老健が受け入れない患者を積極的に受け入れてきたが、患者はとうとう20人を超えてしまった。
胃ろうの人ばかりという部屋も目立つようになった。「意識のないまま、3、4年も胃ろうを付け、生きながらえる入所者もいる。こういう方法で生かされて、人間としての尊厳は守られていると言えるのか」(介護職員)。そんな疑問が職員に芽生え始めた。
アンケート
一昨年、胃ろうの入所者の家族からアンケートを取ったところ、「胃ろうをつくって良かった」との答えが多い一方、家族の8割が、「自分は胃ろうをしない」と答えた。「やはり、ご家族の気持ちには矛盾がある。こんなに長く生きるとは思わなかったという家族もいた。当たり前のように、胃ろうをつくってよいのかと感じた」と看護師長は振り返る。
それ以来、胃ろうをつくった入所者が、どのような療養環境になるのかや、意識のないまま寝たきりになる可能性もあることについて、入所者や面会に訪れた家族に説明するよう努めてきた。
だが、肺炎などで緊急入院し、病院で胃ろうを付けられて再入所するケースが続いた。この結果、胃ろうの患者は昨年、25人まで増え、入所者の20%を占めるまでになった。
再入所の条件
「このままでは、在宅に戻すための中間施設という、老健本来の機能を発揮するのも難しくなってしまう」。こうした危機感から、同老健では今年から、再び経口での栄養摂取を目指すのでなければ、胃ろうを付けての再入所は原則として受け入れないようにしている。
胃ろうを付けさせたくないという家族の支援も始まっている。
母親(86)が要介護4で入所するAさん(63)は今も、今年3月に近くの病院で味わった恐怖が忘れられない。
軽い脳梗塞(こうそく)で、運ばれた先の病院で、当初はおかゆを食べていたが、病室の環境になじめず、食欲が細った。Aさんは、医師から「こうなれば、胃ろうをつくるしかありませんね」と切り出された時、思わず、「必要ありません」と答えた。母親は胃ろうを付けたくないと話していたからだ。
しかし、気が付くと、周囲のベッドでは、カーテンレールからつり下げられる胃ろうの栄養剤パックが増殖していた。入院期間はずるずると長引き、「いつ、母親も胃ろうをつくられるのか」と不安がつのった。
相談を受けた老健の職員が、病院側との面談に立ち会い、ようやく退院したのは3週間後。母親は今では、のりの佃煮(つくだに)などの好物を口にする。「胃ろうをしないから今の状態がある。一度気がなえると、全身の健康状態も落ち込みやすい母親に胃ろうは合わない」とAさんは振り返る。
暗黙の枠
胃ろうへの対応は施設により様々だ。特養で定員の2割、老健で1割という暗黙の“胃ろう枠”があるとも言われる。
埼玉県草加市の大滝英治さん(75)の場合、82歳で亡くなった義理の姉が生前、食欲が極端に落ちたため、入所していた特別養護老人ホームに、胃ろうをつくるよう依頼したが、「医療的処置に当たるから」と即座に断られた経験を持つ。一方で、別の特養に入所する60歳代の妹は、胃ろうをつくることができた。「なぜ、施設で胃ろうへの見解が違うのか。国はルールをきちんと決めてほしい」と大滝さんは訴える。
胃ろう 自力で食事をのみ込む力が衰えた人などが、必要な栄養、水分、薬剤を外から投与するため、胃に作った穴のこと。米国で1979年、内視鏡を使った胃ろうの手術が初めて行われ、全世界に普及した。栄養状態の改善により、衰えた体力が回復するなどの利点がある一方で、「退院させるために、急性期病院では安易に胃ろうを付けている」といった批判もある。現在、国内での患者数は約30万人に上る。(2008年7月22日 読売新聞)」
URL http://www.yomiuri.co.jp/iryou/kyousei/saizensen/20080722-OYT8T00467.htm
「本来は「つなぎ」の処置
口から食べられなくなった場合の処置として、管を通して胃に直接、栄養物を送り込む胃ろう。本来は、再び経口で栄養を摂取できるようになるまでのつなぎだが、死ぬまで胃ろうを付けている高齢者も目立ってきており、介護現場で戸惑いが広がっている。(阿部文彦、写真も)
職員の疑問
横浜市の郊外にある老人保健施設(定員125人)で、胃ろうを付けた入所者が増え始めたのは4年前。きっかけは、近くの病院の療養病床が閉鎖されたことだった。
胃ろうは、医療的処置が必要なため、看護師の数が少ない老健では、何人もの患者をみるのは難しい。この老健では、他の老健が受け入れない患者を積極的に受け入れてきたが、患者はとうとう20人を超えてしまった。
胃ろうの人ばかりという部屋も目立つようになった。「意識のないまま、3、4年も胃ろうを付け、生きながらえる入所者もいる。こういう方法で生かされて、人間としての尊厳は守られていると言えるのか」(介護職員)。そんな疑問が職員に芽生え始めた。
アンケート
一昨年、胃ろうの入所者の家族からアンケートを取ったところ、「胃ろうをつくって良かった」との答えが多い一方、家族の8割が、「自分は胃ろうをしない」と答えた。「やはり、ご家族の気持ちには矛盾がある。こんなに長く生きるとは思わなかったという家族もいた。当たり前のように、胃ろうをつくってよいのかと感じた」と看護師長は振り返る。
それ以来、胃ろうをつくった入所者が、どのような療養環境になるのかや、意識のないまま寝たきりになる可能性もあることについて、入所者や面会に訪れた家族に説明するよう努めてきた。
だが、肺炎などで緊急入院し、病院で胃ろうを付けられて再入所するケースが続いた。この結果、胃ろうの患者は昨年、25人まで増え、入所者の20%を占めるまでになった。
再入所の条件
「このままでは、在宅に戻すための中間施設という、老健本来の機能を発揮するのも難しくなってしまう」。こうした危機感から、同老健では今年から、再び経口での栄養摂取を目指すのでなければ、胃ろうを付けての再入所は原則として受け入れないようにしている。
胃ろうを付けさせたくないという家族の支援も始まっている。
母親(86)が要介護4で入所するAさん(63)は今も、今年3月に近くの病院で味わった恐怖が忘れられない。
軽い脳梗塞(こうそく)で、運ばれた先の病院で、当初はおかゆを食べていたが、病室の環境になじめず、食欲が細った。Aさんは、医師から「こうなれば、胃ろうをつくるしかありませんね」と切り出された時、思わず、「必要ありません」と答えた。母親は胃ろうを付けたくないと話していたからだ。
しかし、気が付くと、周囲のベッドでは、カーテンレールからつり下げられる胃ろうの栄養剤パックが増殖していた。入院期間はずるずると長引き、「いつ、母親も胃ろうをつくられるのか」と不安がつのった。
相談を受けた老健の職員が、病院側との面談に立ち会い、ようやく退院したのは3週間後。母親は今では、のりの佃煮(つくだに)などの好物を口にする。「胃ろうをしないから今の状態がある。一度気がなえると、全身の健康状態も落ち込みやすい母親に胃ろうは合わない」とAさんは振り返る。
暗黙の枠
胃ろうへの対応は施設により様々だ。特養で定員の2割、老健で1割という暗黙の“胃ろう枠”があるとも言われる。
埼玉県草加市の大滝英治さん(75)の場合、82歳で亡くなった義理の姉が生前、食欲が極端に落ちたため、入所していた特別養護老人ホームに、胃ろうをつくるよう依頼したが、「医療的処置に当たるから」と即座に断られた経験を持つ。一方で、別の特養に入所する60歳代の妹は、胃ろうをつくることができた。「なぜ、施設で胃ろうへの見解が違うのか。国はルールをきちんと決めてほしい」と大滝さんは訴える。
胃ろう 自力で食事をのみ込む力が衰えた人などが、必要な栄養、水分、薬剤を外から投与するため、胃に作った穴のこと。米国で1979年、内視鏡を使った胃ろうの手術が初めて行われ、全世界に普及した。栄養状態の改善により、衰えた体力が回復するなどの利点がある一方で、「退院させるために、急性期病院では安易に胃ろうを付けている」といった批判もある。現在、国内での患者数は約30万人に上る。(2008年7月22日 読売新聞)」