新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

Jobを補足説明すれば

2017-01-27 07:55:27 | コラム
肝腎な点の補っておけば:

アメリカ人はどのようにして転進してくるのか:
アメリカの製造業で会社側(サラリー制)の社員またはマネージャーは先ずほとんどが中途入社であり即戦力として他社から勧誘したか引き抜いてきたか、ヘッドハンティングで入社させたか、紹介者を介したか、社内で欠員の公募に応じたか、他業界で腕を磨いて評判となって勧誘されたか、4年制大学在学中からかビジネススクールに在学中からその会社のその事業部を目指して本部長宛に履歴書を送ってあった等々の中から選抜されて面接を受けて採用されたかという形で、自分から公募の行列に並んで受験したなどという話を聞いたとはなかった。大体からして、そういう公募はしない。

因みに、私がリタイヤーまでお世話になったW社の東京事務所のマネージャーたちはほとんどが他社からそのjob(=職か任務)に勧誘されて転進してきた者たちだった。会社が募集してもいなかったし、彼らが志願して入社を希望した訳ではなかった。必要に応じて充当していたのだ。アメリカの本社でも同様でマネージャー級は皆他社から移ってきた腕利きで、そしてまた外部に良い条件の仕事があれば移っていく。

労働組合は会社側とは別個の存在で法律で保護されたものであるし、組合員となる為にはその資格である「ユニオンカード」を保持していなければならぬと聞いた。しかし、会社側とは別個の存在の存在である以上、私にはこれ以上の組合員の募集であるとか、採用のことについては知識はないし、知り得る機会もなかった。この「別個の存在」という辺りが、我が国の社内の組合との大きな違いである。職能別組合であることを忘れてはならない。

日米間には就職と就社の違いがある:
この点は日米間の企業社会の典型的な文化の違いである。我が国で新卒の大学生や高校生が目指すのは「就職」と言われているが、現実は「就社」であって、希望した会社に採用されることである。その目指した会社のどの事業部のどの職に就くかは内定を得た時か入社式の時点では決定しないだろうし、応募者が「御社のこの事業部にご採用願いたいです」と言って願い出る性質ではないと思う。

アメリカではどうなっているのかを、私の1976年の経験談を例にとって解説してみよう。私はその時アメリカでは“Food & Dairy Expo”と称していた展示会場のW社のブースに立っていた。そこに現れた大学生と名乗った若者が「この会社のこの事業部に採用されたいのだが、履歴書を誰宛に送れば良いのか」と尋ねてきた。何のことかサッパリ意味が分からず呆然としているところに、他の部員が現れて副社長兼事業本部長の氏名を告げて助けてくれた。そこまででも未だ意味不明だった。

そこで、彼(後に出世街道をひた走って副社長兼事業本部長にまで昇進した、我が生涯の最高の上司の若き日のことだった)が教えてくれたことは「我が国では就職希望者はそれぞれ目指す会社の特定の仕事を予め決めておき、如何にしたらそこで採用されるかを目指して学び努力するものだ。そして、採用の権限を持つ者に履歴書を送っておけば、もしも欠員が生じた時か、事業を拡張する際にその履歴書の束の中からこれと思う有望な者に声をかけることもあるのだ。故に、履歴書を送っておくことが第一歩となるのだと知れ」だった。未だアメリカの企業の文化を知らない頃だったので、大袈裟に言えば驚愕だった。

確認しておけば、その学生はWeyerhaeuserという会社に採用されることを目指していたのではなく、酪農業界や飲料向けの液体容器用の材料を製造・加工している事業部で働きたかったということだったのだ。この最初からやりたい“job”即ち仕事というか職を決めて採用されることを目指すのがアメリカの制度というか文化なのである。かく申す私もWeyerhaeuserという会社に転進したのだったが、その中の当時は“Consumer Packaging”と称していた事業部に勧誘される機会があり、東京駐在員のjobに当て嵌められたのだった。

こういう形で入社すれば、その事業部内での異動はあっても、他社と同様な存在である他の事業部への転進は先ずあり得ないと思っていて誤りではないだろう。私はこの辺りを捉えて「就職」と「就社」の違いがあると言っているのだ。これまでの解説では以上のように細部まで言っておかなかったので、一部で誤解を生じた気配があったので、敢えて追加した次第。


1月26日 その3 Jobについて

2017-01-26 16:53:45 | コラム
strong>肝腎な点の補足:

アメリカの製造業で会社側(サラリー制)の社員またはマネージャーは先ずほとんどが中途入社で即戦力として他社から引き抜いてきたか、ヘッドハンティングで入社させたか、社内で欠員の公募に応じたか、他業界で腕を磨いて評判となって勧誘されたか、4年制大学在学中からかビジネススクールに在学中からその会社のその事業部を目指して本部長宛に履歴書を送ってあった中から選抜されて面接を受けて採用されたかという形で、自分から公募の行列に並んで受験したなどという話を聞いたとはなかった。大体からして、そういう公募はしない。

因みに、W社の東京事務所のマネージャーたちはほとんどが他社からそのjob(=仕事乃至は職)に勧誘されて転進してきた者たちだった。募集もされていなかったし、応募した訳ではなかった。本社でも同様だ。

労働組合は会社側とは別個の存在で法律で保護されたものであるし、組合員となる為にはその資格である「カード」を保持していなければならぬと聞いた。しかし、会社側とは別個の存在の存在樽以上、私にはこれ以上の組合員の募集であるとか、採用のことについては知識はないし、知り得る機会もなかった。この「別個の存在」という辺りが、我が国の社内の組合との大きな違いである。

1月26日 その2 札様へ

2017-01-26 16:06:16 | コラム
札様

コメントを有り難う御座いました。

私が長年論じて紹介してきた日米の企業社会の文化の違い論をお読み頂いていれば" job"と「雇用」と「職」乃至は「仕事」は別物だとお解り願えると思いましたが。アメリカはオバマ政権下で失業率が下がって今や好況に近い状態。慌てて雇用促進の時期ではないようですが。しかも、空洞化やデトロイトの惨敗で自動車産業に適した労働力が残っているのかという別の案件もあります。

彼らは会社側では雇うべき「職務」や「仕事」や「地位」を決めてから募集します。jobを決めてから募集します。労組は全く別の問題です。そこを混同されたくないのです。誰でも良いから何でも良いから雇うのではありません。私の趣旨は文化比較論で、そこをマスコミが勉強不足だと論じました。

トランプ大統領が声高に唱えるJobは雇用のことではない

2017-01-26 14:27:09 | コラム
マスコミは日米間の企業の文化の違いを知らない:

トランプ大統領はキャンペーン中から“job”を増やすことを強調してきたし、それが最大のスローガンの一つだった。しかし、ものを知らない我が親愛なるマスコミは、何としたことか“job”を「雇用」と訳してしまった。明らかにおかしい。「雇用」を和英辞典で見ると“employment”と出て来るのか普通だ。それではとjobをOxfordで引けば、“work for which you receive regular payment”となっている。何処にも「雇う」とは出ていない。そこで、事改めて日米間の企業の人事と採用の違いを述べていこう。

これまでに何度も解説してきたことで、アメリカの企業、特に大手の製造業などでは我が国のように始めに新卒者を雇って教育し、使い物になるようにしてから仕事というか職というかある組織に配属する慣行というか習慣はない。勿論、銀行・証券業界のように大量に大卒者を雇用する文化のある業種もあると言っておかないと片手落ちだろう。

既に営業(稼働)中の企業で新たに人を採用する場合はといえば(1)その組織の事業が成長し営業担当者の増員が必要になった時、(2)海外進出を実行するに当たって専門の担当者を雇い入れる、(3)新規の事業部門を設ける、(4)工場を新設する、(5)リタイヤーした者の補充をする、(6)転職者が出て欠員を生じた等のような場合に、即戦力となるべき者を会社の内外から調達する等々の場合のことと考えて置いて誤りではない。要するにある仕事、職務、乃至は地位に新規採用者を充てるのである。何の当てもなく人を雇用はしないのだ。

仕事即ちjobが先にあって雇用は後から発生するということだ。このjobの難しさは、その組織の好不調、景気の変動、会社自体の業績次第で常に改編(増減)されるということにある。即ち、新規事業が予定したほど伸びなければ、いともアッサリと撤退し、そこに充当されていた人員は“Your job is terminated as of today.”という一片の通告で解雇されるし、それが社会通念で受け入れられるのが彼らの企業社会の文化である。

換言すれば、jobは会社の経営方針または事業本部長の権限により、何時でも創り出されまた彼の決断で排除される性質なのである。繰り返し言うが先に「雇用」があるのではない。トランプ大統領の指先と口先介入によって自動車産業が新規の工場を設立するようだが、そこでどのようなjobが会社側に設けられるのか、製造現場には如何なる職種の組合員が必要になるかは「やってみなければ解らない」ことではないか。更に、既に指摘したが、アメリカの自動車産業はUAWの高賃金を回避する為にも人だけではなく、AIの導入を真剣に検討すべき時代ではないのかな。最初から具体的な計画もなく数百人を雇い入れる経営者などいる訳がないのがアメリカだ。

では、jobとはそも如何なるものを言うかを具体例を挙げて解説してみよう。何年前のことだったか、シアトルのNorthwest航空(現Delta)のチェックインカウンターの前に、預ける荷物を検査する台が置かれ、数名のアフリカ系の女性が配属された。記憶ではアメリカの何処かでテロの噂があった時だった。私がその一人に「何故、こんな検査をする?」と尋ねた見た。彼女は言った“They gave me this job. But I’m not sure how long this job will last.”と、明らかに不安そうだった。事実、その荷物検査は旬日を出でずして廃止された。そこで女性は職、即ち、雇用を失ったのだ。これはjobとはかくも不安定なものだという例だ。

私が度々採り上げてきたW社の技術サービスマネージャーのL氏の初期の任務は、諸般の事情があって多発した品質問題、回りくどいことを言わなければクレーム処理の担当だった。それは、組合員の意識改革が進み、業界最高の品質を達成するまでは多忙を極めた仕事で、年がら年中我が国を含めて世界中を飛び回っていた。ところが、品質が安定し、客先のとの間の信頼関係が確立されるや、彼は一転して暇な時が出て来るようになった。

その時彼が、勿論冗談だが、真顔で「どうもこれは好ましくない状態だ。ここまで品質問題が発生しないと私の“job security”が不安になってくる」と言ってのけた。これは確かに一理ある議論なのだ。製品の質が安定し、問題が発生しないのであれば彼のような「トラブル・シューター」は必要になってしまうかも知れないのだから。だが、勿論そんなことはなく、彼は常に得意先の現場を巡回訪問し、自社の製品に対する不平不満や改良等への要望を聞いて回るという重大な項目が“job description”には記載されているのだから。

何度でも言うが、人を雇うのではない、必要次第でその職務、仕事、地位に充てる人材を捜し求めて充当するのがアメリカの企業の文化であり、習慣であり、伝統なのだ。マスコミの方々がこれを読むかどうか知らないが、間違っても“job”を「雇用」などと言わないことだ。一つの職種に数名を必要とする現場だってあるのだ。何なら現場を訪れて見学してみれば如何か。


1月25日 その2 テレビ局批判も

2017-01-25 14:31:49 | コラム
稀勢の里の昇進と松方弘樹の訃報がそんなに一大事か:

25日で3日連続で国際医療研究センター病院に通い続けた。特に今日は固いことを言えば、紹介状付きの新患として泌尿器科で昨年末の新宿区の健康診断で19.5に跳ね上がったPSAの数値の為に、あらためて検査と診断をして頂く為に通院したのだった。だが、良くあることで10時の予約で呼ばれたのは10時40分過ぎ。それから採血だの採尿だのとあって更に残尿量の検査。その後に再度診察室に呼ばれて2月3日に再検査と通告された時は11時半を回っていた。会計を終えて最早これまでとばかりに院内で昼食を摂って帰宅すれば13時過ぎ。英語で言えば“I’ve got really tired of waiting business.”なんてね。

今週に入ってからはテレビでは速報性があると思い込まされているニュースを見れば、稀勢の里とやらが初めて優勝して何十年ぶり?だかで「日本出身」(変な言葉遣いだ。「モンゴル人以外でも」とでも言えば良いじゃないか)の横綱になれるのだから喜べという押しつけばかりで相撲に全く関心がない当方はウンザリ。そこに、松方弘樹が亡くなったからと言って共に悲しめとまたここではお涙頂戴。それは芸能関係を重視するテレビ局には重大な問題だろうが、我が国がアメリカに対して不公正な自動車輸出をするから報復すると言い募っているアメリカの新大統領様の存在と暴言の方がよっぽど重大な国家的案件だろうよ。

そうかと思えば政策音痴としか形容しようがない村田民進党代表が国会の質問で無味乾燥で空疎な質問をしているところを嬉しそうに流したりする始末だ。あれではトランプ大統領様が“fake news”だと罵ったアメリカの偏向テレビ局並以下ではないのか。何でも権力に逆らってみせるのか受けるかと思い込んで、自民党と安倍総理を悪し様に言えば良いと思っているかのような心根が情けない。

事の序でに批判しておきたいことがある。それはNHKがニュースの中で「スポーツ」と言って報じ始める時に必ず先頭に持ってくるのが相撲であること。私は桟敷で観た経験もあって断じるのだが、相撲はスポーツの範疇よりも歴史と伝統のある我が国の優雅な「興行」であるとしか考えていない。嘗て我が湘南中学の2期上のK氏はNHKのスポーツ担当時代に言われたが「相撲を古いの閉鎖的だの何のと部外者が批判するのは誤りである。あれは長い歴史と伝統を誇る一つの文化圏を形成しているので、それを近代化しろの何のと言うのは見当違い。あのままで続けさせておくべき別世界」と喝破された。その通りだろうと思う。

そう批判すれば、野球のNPBだってサッカのJリーグだって興行だろうと言うだろう。だが、外来のスポーツには相撲にはなかった近代的な練習法もあれば一般社会から孤立(独立?)した別世界を相撲ほど明確に形成してはいないではないか。練習方法にしても、近頃になって相撲が言わば近代化の一端としてウエイトトレーニング式な手法も採り入れただけだ。私は繰り返してNHKにも民放にも「興行ニュース」または「相撲ニュース」として分離して貰える日が来るのを待っていると言いたい。

既に「もうトランプ大統領を批判するのには飽きた」とは言ったが、あの新大統領の「国益を重視した政策を採れば、その内容が何であれ自分の支持層を満足させるだろうし、職(Jobは職か仕事であって「雇用」ではない)を増加することが出来てアメリカは万々歳という姿勢には何を言っても無駄だと諦めたくなってきた。言っておくが「アメリカでは必要があってこそ責任者がjobを創り出し、それに必要な数の人材を採用するのであって、人を先ず雇用してから仕事を与えるのではない」のだ。

業務の進捗状況によっては責任者はjobを減らせる人事権も採用権も持っているのだ。また、そのjobに何名を必要とするかもその彼乃至は彼女が決定することであり、大統領が増やせと言ったからと言って簡単に人を採用する仕組みにはなっていないのがアメリカのビジネス。かく申す私だって必要があって即戦力として中途採用されたのであって、jobに新人を採用して教えてから使おうとなどと言う悠長で優しい慣行がないのがアメリカだ。今の時代に自動車工場を新設しても、恐らくAIで済ませてしまいそうな職種が幾らでも出て来るのではないのか。大統領様はそこまでご存じなのだろうか。