田中眞紀子(シンガー・ソング・ライター)

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完敗

2006-09-19 06:38:29 | Weblog
私、田中眞紀子は、ピアノの弾き語りを始めてまもなく14年になる。
おこがましく、傲慢である事の恥をさらす覚悟で言おう。
私はピアノの弾き語りで、誰かに`負けた’と思った事はない。
負けるもんか! と思った事は何度もある。
私だって! と思った事も何回もある。
だが`負けた’と思った事はなかった。
それは、こんな私がライブを続けて行く為の心の構えであったし、負けたと思ってしまったら足腰が立たなくなることを、自分で感じていたからである。
しかしそんな私のはったりは、完膚無きまでに叩きのめされた。

私は自分の感情の中の、この`完膚無きまでに叩きのめされる’という言葉の当て方を誤っていたらしい。9月14日までは、友川かずきのライブなどを受けた時の感情を表す時に使うのだと思っていたが、それは違うと知ったのが翌15日である。私は初めて`完膚無きまでに叩きのめされる’という経験をしたのだ。
アレによって。

その響きが多少失礼に聞こえるのは分かっていながらアレと称したのは、彼女のステージを表現する言葉が見つからなかったからである。
以下、説明する。

私も幼少よりピアノを長年弾き続けた身であるから分かるのだが、彼女のテクニックは非常に高いのだ。一見とんでもなく乱暴に見える弾き方をしていながら、ほとんどミスタッチがないのである。私には考えられない。
また、とてつもなく素っ頓狂に聞こえる声も、物凄いハイトーンを何度もピッチの狂い無く決めている。
その上、楽曲のレベルも非常に高い。シャンソンベースと思われるが、皮肉と笑いの入り交じる歌詞を、よく練り上げたメロディに乗せていて、舌を巻く程だ。

これらの事は多分、私が同じ事をしているから聞き取れるのであって、歌もピアノもやらない人には、そんな事は全く意識に入らないだろう。
まずは彼女のパフォーマンスに圧倒される。
そもそもピアノを弾く為の座り方などしていない。それであれだけ弾けるんだから物凄いんである。そしてその一点に居続けるのが明らかにもどかしい感じで、腕から足から背中から、エネルギーを放出する。
その上に、マスター言うところの「風刺の効いた」歌詞がこれでもかと降ってくる。
「愛の残骸」
「女体への賛美」
う~、なんというタイトル!
特に「愛の残骸」の歌詞の中の`枯れ枝のような彼女’という発言は、私のツボを完全に射抜いてしまったのだ。
私はこれからステージに上がって、ピアノを弾かなけりゃならんのだよっ!

アレを説明すると、こうなる。
しかし多分、半分も説明し切れていない。

本人が言うのに「重い前半、楽しい後半」の内容に、どう反応してよいのか、客席はしばらく困惑していた。
その重い前半の途中、金沢栄東さんのファン、あの捨て身の駄目出し男、南部君が、一番最初に「ブフッ」と吹いたのである。
その笑い声を聞いてしまった私の笑いのタガは、遂に外れてしまった。
しかし、耐えなければ。今日は客として来ているのではない。
「笑ってもいいらしい…」
客席も徐々にタガを外していった。
その表現態にのめり込み、笑いをこらえて悶絶する私を、アピアパパは「彼女を見てる田中さんが、上から見てて面白かったよぉ!」と打ち上げでのたまった。


多分心から、心ゆくまで爆笑したのは、彼女のライブが終わってからだ。何しろ栄東さんがステージに上がる直前まで笑いが止まらないんである。「ムフッ、ムフッ」と笑いを押さえようとする栄東さんに、私も笑いをこらえながら「頑張ろうよう!」と肩を揺すった。


栄東さん、作戦を変えていた。それは前日の友川さんを彷彿とさせた。
彼女がしなかった`事’で勝負していた。
私とのセッションはラストに持って行かれ、セッションの前半は二人とも冴えなかったなぁ。後半は何とかなったかな… ってとこ?


この感情は何なのだろうと、打ち上げの最中から考えていた。
嫉妬、羨望…
しかし私が自分の中で経験していた嫉妬や羨望につきまとう、あの渦巻く醜いような感覚が伴わないのだ。だからして`完膚無きまでに’と言えるのかもしれない。`叩きのめされる’は17日の、のりちゃんのライブを観るまで続いた。今は少し持ち直している。


彼女とはマイミクになったので、彼女の素性も少しわかったのだが、やはり物凄く練習しているようだし、歌詞からうかがえる様に文学にも精通しているらしい。
そしてなにより、「楽しい」という事に徹底的にこだわっている。
自分もお客さんも、絶対に楽しい事。
エンターテナーなのだ。
多分、これだけエンターテインメントに徹底した出演者は、現在アピアにいないであろう。
友川かずきとも金沢栄東とも異質の、しかし、明らかに`芸’であり、私が`完膚無きまでに叩きのめされ’て、尚かつ嫉妬や羨望に伴う渦巻く醜い感情が湧かないのは、私が自分のライブを、彼女の様にエンターテインメントとして意識した事が一度もなかったからである。
数日考え続けて、やっと思い至ったのだ。


でね、あの後、高橋よしあき君と「あ、彼女って`ジョン(犬)’に似てるかも」って話になったんだよ。ジョンて、犬の着ぐるみ着てオルガン弾きながら歌う女の子なんだけど。
私が初めて独パンを観た時に出ていて、こういう相手と競演するのかって、やっぱり笑いに悶絶しながら驚愕した強烈な思い出があるんだけど。
そしたら彼女の日記にジョンの名が出ていて、知り合いなんだね。
影響とか、受けたのかしら?


「この後にやる俺の身にもなってくれ」と金沢栄東に言わせ、場合によっては田中眞紀子を立ち直れなかったかもしれない程に打ちのめした彼女の名は、


つだ♀まさごろ


本名だと本人はおっしゃっています。

今度アピアのスケジュール表の中でこの名前を見つけたら、このブログを読んだ方は必ずそのステージを観るべきでしょう。
でないと、あなたは、一番新しいアピアを知らない事になる。