セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

映画鑑賞ノート:クリント・イーストウッド監督「父親たちの星条旗」

2006-10-29 17:54:48 | 文化
昨日、クリント・イーストウッド監督の「父親たちの星条旗」を見た。太平洋戦争末期の硫黄島攻防戦における有名なアメリカの戦争写真について通説とはちがう真実についての当事者の兵士たちの物語だ。JMMのレポートで冷泉彰彦さんが書いているように、同じ第二次世界大戦の兵士についての物語だがスピルバーグ監督の「プライベイト・ライアン」とは戦争についてのスタンスがかなり違う。冷泉さんはイーストウッドのイラク戦争についての批判的な発言も紹介しているが、この太平洋戦争についても批判的な描写がある。残酷な死体の描写や政府の役人についても批判的な描写だ。スピルバーグの場合は欧州戦線のノルマンディー上陸作戦が舞台で、あれはあれでリアルな戦死場面があったが、物語が戦士した兄弟の最後の生き残りを両親のために救うという一種のヒューマンな物語となっていて戦争自体への批判はない。ユダヤ系のスピルバーグ監督にとってヒットラーに対する戦いは正義のよい戦争なのだろう。でも日本軍については「太陽の帝国」をみると割りと好意的だった。
イーストウッドがイラク戦争に批判的だというと、西海岸の映画俳優に多い民主党支持者だと思うかもしれないがそうではない。冷泉さんも書いているように前は共和党員だ。保守的立場で市長にもなったことがあったと思う。たしかイーストウッドはリバタリアンだったはずだ。リバタリアンというのは個人生活への政府の介入をきらう極端な自由主義者のことだ。だから小さい政府を目指す点では共和党を支持する。政府の介入を嫌い小さな政府をめざすという同じ理由から海外派兵や戦争にも批判的となる。
映画「父親たちの星条旗」にもどるが、この映画では1枚の写真が戦争の勝敗を決めることがある、という。ベトナム戦争時の南ベトナム政府の高官による解放戦線兵士への拳銃による処刑写真が、アメリカの世論に影響を与えアメリカの敗北を決定付けたという。あ!そういえば映画の中で日本軍の将校が中国人捕虜を日本刀で処刑しようとする写真が出てきたのはどういう符合だろうか。で、太平洋戦争での勝敗を決定付けた写真というのは硫黄島の摺鉢山山頂での海兵隊兵士6人が星条旗の旗竿を立てようとする写真だ。この映画はこの写真についての通説とは違う真実について描いているがそれはネタばれになるから映画を見てね。
僕の関心は、あの写真がどうして戦争の勝敗を決定付けたことになるのかということ。普通に考えれば、硫黄島攻防戦のまえにレイテ沖海戦がありその時点で日本の連合艦隊はほぼ壊滅しているから日本の敗戦はもう決定的だと思うのだが。でもこの映画では、このころアメリカ国民は戦争への情熱を失い戦時国債を買う人も少なく、戦争遂行のための予算の確保も困難になっていたとのこと。このままでは戦争が継続できなくて日本に有利な条件で講和することになるかもしれなくなるとのことだ。そんなときにあの写真が新聞の一面に載りアメリカ国民は戦争の勝利を確信したとのことだ。
この映画の内容と関連して気に留まるのは、今書店ででている別冊正論「大東亜戦争―日本の主張」の潮匡人氏の「自らを省みる行為はいかにあるべきか」という文章だ。潮氏の主張は、大東亜戦争で何故負ける戦争をしたかということは結果論であり、日清戦争も日露戦争も相手国がもう少し長く戦争継続の意志を持っていたら日本が負けていた。だから日清・日露が賢い戦争で大東亜戦争が無謀な戦争ということはない。ようするに他に方法がなかった点で同じで、負けたことは悲劇として受け取るしかないとのことだ。
たしかにこの映画をみるとアメリカも一杯いっぱいだった様で、潮氏の主張をある程度裏付けていることになる。
でもな、やっぱり大東亜戦争はおかしいよ。中国との戦争だってクラウゼビッの戦争論によると戦争は相手政府との講和によってしか終結しないそうだが(まだ聞きだけど)、蒋介石政府とは相手にしないと宣言したもの、どうして対中国戦争を終結するつもり。100年戦争になって国家が疲弊して敗北するしかないじゃないか。アメリカとの戦争は、石油やくず鉄、工作機械などの戦争遂行に必要な物資の禁輸が原因だけど、これって戦争の理由にならないよ。相手の物は売るか売らないかは相手の自由だ。売らないといわれたら、ない中で工夫して中国との戦争を行うか、中国から一方的に撤兵するしかないじゃない。戦争して相手に売らせる見込みはあるか。フィリッピンからアメリカを追い払うことは可能かもしれないけど。アメリカをはっきりと負けさして日本の意志を押しつけることは不可能だ。だいたい戦略物資の貿易の再開が目的なら、どうして捕虜を虐待するのかな。平和になれば商売しなければならない人たちならそれを見越して大切にしなければならないのに。
「鬼畜米英」などと相手国民を憎むことを戦争遂行の手段にするのはおかしい。日露戦争や第一次世界大戦のロシア人やドイツ人捕虜に対するあつかいは正しい。日清戦争の時だって中国人は長崎などでまったく安全に生活していると欧米人が記録している。だいたい右派の人は中国韓国のプロパガンダで旧日本軍が悪く描かれているといっているが、アメリカの戦争本で必ず出てくるのは、日本軍の捕虜虐待で、ナチスドイツの捕虜収容所の何倍もの死亡率であることが必ず書かれているぞ。したがって欧米人にとって自国民捕虜への虐待が日本に対する主要な原因で中国の主張はそれから派生してさもありなんと思われている。そのことを知ってか知らないのか触れないで中国のプロパガンダだというのは不誠実な気がする。
まあ対米戦争は避けられない戦争だったことは僕もそう思うが理由は違う。それは対中国戦争に抜け出せなくなった日本の、潜在的な破滅願望だったと思う。負けることを求めた戦争だから、本当の戦争終結目標が描けなかったのだ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿