セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

岩井教授もマルクスも違うよ(続き)

2005-08-30 20:12:03 | 社会経済
では、産業資本主義の利潤については、岩井教授が正しいのかというとそうではない。農村からの労働力の流入による安い賃金が利潤の源泉のように言っておられる。世界の工場となった中国を考えると一見正しいようにみえるが、それは違う。まず現在の中国では他の資本主義国と較べて賃金が大きく安いのであり、全般的に賃金の安い100年前の資本主義社会と違う。また中国企業及び中国に進出している外国企業の強みは、同じ値段の製品を低い費用(賃金)で作って超過な利潤で儲けているのではなくて、安い値段で多量に世界中に売って利潤の総量で儲けているのだ。
岩井教授の論拠の誤りは論理的に考えればすぐ分かる。ある時点で安い費用(賃金)により収入から費用をひいた利潤が大きい産業があったとする。しかしながら独占企業が一般的ではない100年前の産業資本主義では、企業間の競争が働き、より多量に売って利潤の総量を増やそうという刺激により、製品の販売単価が下落するのだ。つまり一定の製品量でみれば収入と費用の差は縮まってくる。つまり経済理論的にいえば社会全体に賃金が同じように安ければ、そのことを利潤の源泉という結論はでない。もっとも賃金が安いということをどの基準で定義するかはまた別の問題だが。
しかし100年前の企業の投下資本に対する利潤率が高かったということはあるかもしれない。でもそれは賃金=費用の問題ではなく、資本市場の流通の問題。たとえば100年前に、農業でたくさんの田畑をもち小作人に貸し出して小作料をとっていてそれが土地購入費や維持費に較べてかなり有利な投資となっている場合がある。小作人は土地に縛られてかなり弱い立場にあるので大いにありうることである。また借家をたくさん作って大家になる投資方法もある。もし資本の流通先がそれらと工場経営が競合する場合、工場経営もつられて利潤率が高くなる。不動産投資や農業投資に較べて工場経営の収益が悪ければ産業が成り立たない。逆に言えば工場経営をする人が少なければ工業製品の供給が過少になり製品価格が高騰して利潤が増大し、資本の新たな参入を誘発する。
岩井教授の根本的な誤りは、資本の流通を促し社会生産を円滑に維持する適正な利潤の存在を理解できないことだ。労働者に適切な賃金を支払い、しかも他を抜きん出る知識や能力がなくても、一定に確保される利潤は存在する。