玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

Shoot or don' shoot

2008年06月17日 | 死刑制度
秋葉原事件のあとで噴出した銃と射撃について何も知らない人々の「発砲しろ」「凶悪犯を射殺しろ」という煽りには本当に呆れる。
いや、腹の底から怒りが湧き上がる。銃弾の危険性を、人の命をいったい何だと思ってるのか。
はてなブックマークで注目していただいたこともあり、「警察官が発砲すること」について何回か書いてみたい。
またしてもネタ元は大昔のGUN誌である。古い話でごめんなさい。たしかに古いが、27年前の記事だからといって時代遅れではない。アメリカでも日本でも、警察官が発砲において備えるべき能力、心構えを明らかにした良記事である。

以下はGUN誌1981年2月号に掲載されたイチロー・ナガタ氏の記事からの引用。
スミス&ウェッソン(S&W)社はアメリカを代表する銃器の名門だ。


「スミス&ウェッソン・アカデミー」

 S&Wアカデミーといえば、ポリス・インストラクターを育てる学校として世界一流だといわれ、私の周囲のインストラクターたちの中にも、このアカデミーを卒業するのが夢だという連中が多い。また、そこのディレクターであるチャールス・スミスという人は、FBIのチーフ・インストラクターとして活躍した人で、東のチャールス・スミス、西のジーン・ジョーンズとして有名な存在だった。

入学したナガタ氏は実戦的で高度なコンバット・シューティングを叩き込まれる。実技の後はディスカッションだ。

■ シュート・オア・ドン・シュート
 チャーリーは屋外で生徒をしごくのをハンクとボブにまかせ、自分はインドアでのディスカッションに専念する。問題はどれも現実的なものだけに、一言でこれと言い切れるものはなく、たとえば、犯人が君の目の前で人質をとったらどうする、撃つか撃たないか……。また、君は君の生徒であるオフィサーたちにそんな時のことをどう教えるか……。といった問題提起をチャーリーがして、各インストラクターの体験や意見の交換が活発に行われる。
(中略)
 チャーリーは言った、「シューティングのテクニックは機械的作業だ。犯人にGUNを向けた時、うまく当たるかどうかなんて心配するようではだめだ、それは当然あたる必要があるわけで、それより君にとって一番大切なことは、撃つか、撃たないかを決める、その一瞬の決断だ。“シュート・オア・ドン・シュート”。これを正しく決断できないといけない」。 
 「では、これから映画を映すから、一人ずつスクリーンの前に立って、撃つべきときに撃て、もちろんGUNにはタマを入れる必要はない……」
 私はS&WのM10を両手に持って、銃口を45度下に向けてスクリーンを見つめた。
 それは夜の街だった。静まり返った舗道にオフィサーの足音がコツコツとひびく。カメラは、オフィサーの目のアングルでパトロールする。やがてオフィサーの目はコイン・ランドリーに入って中をチェックする。誰もいない。いや、ヒョット横を向くと、一人の男が若い女を床に組み敷いているではないか! 私はハッと、男をGUNポイントする。
 しかし、このまま撃ったらタマは男を貫通して女のほうも傷つけるし、それに男が武器を持っているかどうかさえ疑問だ。私は待った。男はヒョイと振り向くと、立ちあがりざまに右手をサッとあげた。ナイフだ!だが、男の動きからしてそのナイフを投げる体勢には見えないのでトリガーは引かない。案の定、男はポロリとナイフを落として両手を上げた。だが、次のシーンで、私はフッ飛ばされることになる。
 同じく、カメラは夜の街をパトロールし、やがて小さなスーパー・マーケットをヒョイとのぞく。そこには一人の黒人がピカピカに光る大型リボルバーをキャッシャーの男に突きつけた、典型的なホールドアップ・シーンがあった。

[写真](キャプション)
スーパー・マーケットでのホールドアップ・シーン。ここで撃ってはいけない。


 向こうのほうにも一人いるようだが、あれは客らしい。これはいただきとばかり私はGUNポイントする。動くな! パッとこっちを見た男はいきなりGUNをスイングした。チャキッ! 私のトリガーは一瞬早かった。

[写真](キャプション)
犯人がGUNをこっちに向けようとした時点で、はじめてこちらも発砲して良い。
アメリカン・ポリスがやたらと犯人を撃つと思っていたら大間違いだ。


 だが、次の瞬間、奥に居た客らしい男がショットガンをこちらに向けてドッバーンとブッ放したではないか!
 ―― 私はしばらく声も出ない。「いいか、常に犯人が一人とは限らないぞ! 特にスーパー・マーケットのホールドアップなどは、複数だと思っていて間違いないのだから、決して一人の男だけに神経を集中してはいけない…」と、ボブは言いながら、フィルムを戻して初めからやり直してくれる。
 画面は最初に戻り、マーケットの内部をカメラがのぞく。ピカピカのGUNをかまえた男がまず目に入る。そしてよく見ると、その奥の方に居る男はちゃんとショットガンを持っているではないか。なぜさっきは見えなかったんだろう。私はGUNをかまえる。手前の男がスイングする。私はトリガーを引く。とたんに奥の男が振り向きざまに撃とうとする。一瞬前に私は2度目のトリガーを引く。それは1秒間に3発くらいのスピードを要するが、落ち着いてやれば誰にでも出来ることだった。
 以来、私は何度もそれを思い出し、「コンバット・シューティングの極意とは、平静な心構えである」というチャーリーの教えを心に刻み込んでいる。

[写真]オープンカーに乗った美女
(キャプション)
スピード違反でスポーツカーを捕らえたら、グラマーな美女が乗っていて、
ニコニコ笑いながらハンドバッグからGUNを取り出して、いきなりドギュン!

[写真]人の多い歩道を逃走しながらこちらに銃を向ける犯人
(キャプション)
このように犯人の後ろに人が居る時は非常に難しい。
君のGUNがM59のような9mmパラだったら、貫通する可能性が高いので
撃つべきでないし、大体走っている男を一発で仕留めるにはよほどの腕が必要だ。

長く厳しいトレーニングの後、ナガタ氏はS&Wアカデミー校長チャールス・スミスの哲学を理解する。

■ プロフェッショナル・キラー
 「私たちがこのアカデミーで育てるのは、より高度に訓練されたプロフェッショナルな殺し屋である……」と、チャーリーは言う。
 「その殺し屋のテクニックがより高度な程、パブリックというものを悪の手から守ることが出来るし、その自信ゆえ、不必要に犯人を射殺することなく、かつ犯人を一人の人間と見て、その命を救うことも可能なのだ。アカデミーではキラーを育てるが、その目的は人殺しではなく、パブリックとオフィサーを守り、なおかつ相手を守ることにある。
 凶悪犯人とはいえ、一人の人間であることには変わりないからだ。われわれが正義と信じることにポリス・オフィサーを使うなら、彼等にはより優れたテクニックと心構え、そして自信を持ってもらいたい。
 また正当な理由から犯人を射殺したオフィサーをヘルプするのも我々の仕事だと思う。オフィサーも一般の人々と同じように感情というものを持っている。やむを得なかったとはいえ、一人の人間を殺してしまったことからくるショックは大きく、罪の意識を感じて深く傷つくオフィサーが多い。そういった場合、やはり我々は彼等と会って、なんらかの方法で助けるわけだ。
 私はこのパブリックを守るという仕事を愛している。私はもっともっと多くの、世界中の人々と知り合いたい。そして、いかにしてパブリックを守るかを話し合いたいと思う……」 こんなような意味のチャーリーの哲学をシューティングの合間に毎日断片的に聞いてゆくと、2週間目に入る頃からなんとなく目が覚めたようになり、日頃ただ楽しんでいるだけのコンバット・シューティングが、なに故にあり、どれ程重要であるかということの確信が、ある重量感をともなって心の中に強く定着してくるのを感じた。

用語説明
  M10    = S&W社の代表的リボルバー「ミリタリー&ポリス」
  M59    = S&W社の大型自動拳銃
  トリガー   = 銃の引金
  9mmパラ = 9mm×19「パラベラム」弾。軍用・警察用自動拳銃の標準的弾薬。

悲惨な事件に興奮して「犯人を射殺しろ!殺せ!」と叫ぶトリガーハッピー(撃ちたがり)どもはチャールス・スミス氏の爪の垢を煎じて飲め、と言いたい。スミス氏は日本人が「警官の銃は殺人のための道具」と見ていることを知ればきっと悲しむに違いない。

スミス氏は「犯人に銃を向けたとき当たるかどうか心配するようではだめだ、それは当然あたる必要がある」と言うが、日本の警官にそれを望むのは残念ながら無理なことだ。

平成19年9月13日 国家公安委員会定例会議
佐藤委員より、「予算や時間の制約もあるだろうが、必要な時には常に冷静にけん銃を使用できるように、日頃から訓練しておくことが大切である」旨、発言し、官房長から、「けん銃使用規範を改正した際、射撃訓練についてもより徹底して行うこととし、以前より相当増えた。訓練のための弾数に不足はないが、訓練時間はなかなか取れない」旨の説明があった。葛西委員より、「1年間で警察官一人当たり何発くらい撃っているのか」旨、質問し、官房長から、「一概には申し上げられないが、平均すれば年間で数十発程度を使用して訓練を実施している」旨の説明があった。

射撃訓練を「より徹底して」行うようになった現在も「年間で数十発程度」の練習量だという。アメリカなら軽く一日で消費するタマ数だ。これではスミス氏が望むような「うまく当たるかどうか心配しないですむ」腕前を養成するのは不可能である。車でいえばサンデードライバーより運転経験が少ないのだから。
石川県警の射撃訓練要綱(pdfhtml)を見ても、実戦的コンバットシューティングとは程遠い標的射撃(据物撃ち)でしかない。

となると、せめて「撃つか、撃たないかを決める、その一瞬の決断」のため判断力・精神力を鍛えるのが射撃能力向上の道ということになる。幸いなことに、想定される発砲の状況を体験できるシミュレータが全国で57台配備されているそうだ。コンバット・シューティングの必要性を認める警察官は実弾射撃が足りない分をイメージトレーニングやエアソフトガンで補っているのかもしれない。


チャールス・スミス氏の語るポリス・コンバット・シューティングの極意は「平常心」と「人を生かすための射撃テクニック」だという。まるで「五輪書」「活人剣」「不殺の剣」の世界である。正直なところアメリカの警察官すべてがこれほど立派だとは思えないが、スミス氏のような人が尊敬され「警察射撃教官の先生」を任されていることはやはり大したものである。
ほとんどの日本人は剣の世界に精神性を見出すはずだ。刀は「武士の魂」であり、気軽に抜いたり人を切り捨てるため差しているのではない。外国人が「日本刀は殺人の道具」と言えば「わかってないな」と思う。
警官の銃も同じだ。腕を磨かず腰の飾りにしてはいけないが、かといってやたらに振りまわしたり安易に引き金を引くものではない。


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1 コメント

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はじめまして (遠海)
2008-06-17 23:04:44
趣味で日本刀を振っていますが 今の個人的意見として、 精神性は刀の外の人にあり、刀自体に象徴されるものではないように思います。人を斬る道具であるというの外国の方の認識は正解です。話は変わりますが 真性引き篭りブログ、のhankakueisuu氏を覚えておいででしょうか。ブログ運営会社が閉鎖のため 6月26日に ブログが消滅してしまいます。まずは 連絡まで。
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