黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

迷走する現代社会(3)

2010-01-26 09:03:40 | 近況
 沖縄の名護市長選挙の結果は、周知のように普天間基地の「辺野古沖移設反対派」の勝利ということになり、日曜夜には沖縄の友人たちの喜ぶ顔を目に浮かべ、沖縄を何度も訪れ、普天間基地に隣接する沖縄国際大学や周辺の人々がどのような状態にあるか僕なりに理解しているつもりの僕も、彼らと共に喜んだのだが、この名護市長選の結果に対する反応を日本全体の中で見たとき、「苦」を沖縄に押しつける明治の「琉球処分」以来の悪しき伝統が今なお変わらず存在することに、正直言って「どうしようもないな」と思わざるを得なかった。
 「マニフェスト」に普天間基地の「県外・国外移設」を謳い、先の総選挙においても、また今度の名護市長選でも「辺野古沖施設反対」を主張してきた民主党さえも、「移設反対」という結果が出た(民意が示された)にもかかわらず、明確に「反対」と主張することを避け、「1地方都市の民意で云々」などと、アメリカに遠慮した言い方に終始して、「逃げ」を打っている。この普天間基地の「辺野古沖移設問題」に関して、僕が不思議でならないのは、何故これほどまでに自公政権時代に成立した「日米合意」、つまりアメリカの意向を斟酌(気を遣う)しなければならないのか、ということである。
 確かに、「日米安保条約」(何と今年で50年目を迎えるという。「60年安保反対闘争」が懐かしい)が存在し、この条約を軸として「経済=貿易」を中心に日米が緊密な関係にあることは承知している。しかし、「日米安保」が旧ソ連や中国を仮想敵国とする「冷戦」の置きみやげであることを考えれば、世界6位(7位)の戦力を誇る自衛隊が存在する日本に、あれほどの米軍基地が果たして必要なのか、就中沖縄が米軍基地全体の75パーセントを占めるという「異常さ」を、僕らは果たして容認したままでいいのか、ということがあり、当然このような状態は「おかしい」と思うべきなのである。今の航空機(戦闘機や爆撃機)の能力やミサイルの能力、及びアメリカの世界戦略の中心を原子力潜水艦がになっていることを考えれば、普天間基地をグアムに移転しても何の問題もないにもか変わらず、日米共に「辺野古沖」にこだわる理由は何であるのか。
 一つだけはっきりしているのは、もし普天間基地(海兵隊8000人)がグアムに移転してしまったら、アメリカにしてみれば、グアムはアメリカ領だから、日本にある米軍基地向けの、いわゆる「思いやり予算」を貰えない、つまりそれだけアメリカ側の出費がかさむということになり、これだけの世界的不況の中にあるにもかかわらず、アフガン増兵を敢行していることに象徴される「世界の警察」=アメリカにとって、普天間を日本以外の場所に移すのは大いなる痛手になる、ということである。もちろん、「軍事」だけが問題ではなく、産軍複合体化している日米の産業界(軍需産業界)も、沖縄から米軍が引き上げることに賛成していないのではないかと考えられる。今度の名護市長選で「辺野古沖移設容認派」の現職が、基地移設と「沖縄北部振興策」とを抱き合わせで選挙戦を戦ったことは、その一証左であると思う。
 しかし、繰り返すが、民主党はどうなっているのか。鳩山首相の献金問題も小沢幹事長の「裏献金」問題も、所詮元々は保守派の政治家なのだからそんなに「清廉潔白」を求めても仕方がない、あり得るだろうな、金持ちの戯れ事だからそんなに期待もしていない、と割り切ってしまえばいいのだが、「年金問題」や「子供手当問題」「高齢者医療制度問題」に加えて、現在及び将来の日本の在り方を決する「普天間基地移設問題」に関して、これほどまでに「迷走」するとは、本当にどうなっているのか、と思わざるを得ない。
 では、我々国民はどうしたらいいのか。元のように自民党(自公)保守政権に戻るのか、しかしそれは当分無いだろうと思うのは鳩山政権の支持率が大幅に下落してもなお、自民党の支持率が上がらない問う現状を鑑みると、僕らはいよいよ「漂流」時代を迎えたということなのだろうか。それにしても、あれほど「熱狂的」に政権交代を望んだ国民が、1年も経たないうちに「大きな成果」を期待して、支持率の低下という形で「失望」を表明する。もう少しスローに物事を見られないものか、と思うが、迷走する社会はそんな時間の余裕がないのかも知れない。