みっちゃんのブログ

今日のありがとう

郡中まち元気推進協議会

2010-09-10 21:51:01 | 日記・エッセイ・コラム

昨晩、郡中まち元気推進協議会 第6回目の分科会がありました。

これも街おこしのひとつです。

私のボランティア 「いっぷく亭」の活性化は街の活性化につながっています。

今回、自主防災イベントに参加させていただくことで、いっぷく亭がより地域とつながっていくことになるのです。

いっぷく亭は、4年前 お年寄りに優しいまちづくりをモットーにお試し期間6ヶ月で

スタートしました。  あれから4年が経ちました。

伊予弁 「ちょっと およりんか」の優しいフレーズ・・・

ちょっと 寄って お茶を頂いて おしゃべりなど していきませんか?

 材料費のみの各種カルチャー教室は、お年よりやその予備軍さんたちが集う

空間です。楽しんでいただいていると思います。

でも、現状維持では退歩です。 これからは、もっと地域の人々に知っていただく

必要があります。

 私は、伊予市を知るために自分から飛び込んだのですが、

4年も経過すると、その役割や存在の意味が問われるようになり、楽しんでばかり

ではいけなくなってきました。 

 何事も目的意識を持って取り組んでいかなくてはいけないのだなあと

感じている今日この頃であります。

 郡中のまちがもっともっと元気でいるために、住民みんなで考えて、智慧を出し合っていきましょう・・・

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祈りの集い

2010-09-06 00:49:35 | 日記・エッセイ・コラム

 今日もいい汗をかきました。 おかげでお肌もつるつるです。

15の2教区最後の「ありがとうございます推進祈りの集い」が伊豫教会所で教主様をお迎えして開催されました。

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6月に新しく就任された大田所長の初の大仕事・・・

事前から準備やリハーサルなどに参加させていただきました。

大田所長の意気込みや熱意を目の当たりにして、大いに感銘を受けながらの

時間を過ごさせていただきました。なんだか、私も一緒に伊豫教会所の一員のような気がしておりました。

 一昔前、ここに住んで教会所の職務をしておりましたので、そんな錯覚をしたのかもしれません。

写真をご覧下さい。今日も猛暑でした。

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教主様も羽織をお脱ぎになられてのご親教に参拝者一同、汗をぬぐいながら

熱心に拝聴しました。

 神文奉呈、ご祈念、御直会など終えて無事終了。

15の2教区は、各教会所交流が盛んです。今日も各所長先生方、ご参拝下さり

この会を盛り立てていただきました。

 関係者各位、お世話様でした。ありがとうございました。

冒頭に今日も良い汗と書き込みましたが、いつのまにか時計は

12時を回っていました。それでは、おやすみなさいませ。

 


母の夢

2010-09-02 09:04:33 | 日記・エッセイ・コラム

 早朝、実家へと車を走らせた。真夜中、亡き母の夢を見て胸騒ぎがした。

夢の中で、私は「母さんが元気でいてくれたら・・・」と何度もつぶやいて、

「母さんー」と叫んでいるところで目が覚めた。もしかしたら、もう実家が取り壊されているかもしれないとの思いがよぎった。

私の実家は、事情があって立ち退きを迫られていた。立ち退いて家を取り壊し

更地にして、戻せというのが相手方の要求だった。

 今年はじめから、私たち姉妹は決断を迫られていた。法律的なこと、これから先のことなどなど、何度も話し合い、ようやく相手方と折り合いがついた。

先日、実家を整理した。そして、家を明け渡した。

三人でお墓参りをして亡き父と母に報告した。

父が「そうか。面倒をかけてすまんかったんなあ。」といっているような気がした。

 父は終戦後、祖母を連れて引き上げてきて、この小さな家を買った。

その後、なんども増築、改築を繰り返して、現在の実家となった。

私たちは、それぞれに忘れられない思い出がいっぱいある。

感傷的になってしまうのも、当然の感情・・・

 しかし、これも時の流れ・・・ 実家のそばには、泉がある。

子供の頃、よく遊んだものだ。かに、こい、めだか、ミズシマシ、ふな等が

いっぱいいた。泉の水はとてもきれいに澄んでいて、冷たかった。

この周辺を整地して、憩いの公園にする計画が持ち上がり、今回の運びとなった。

丁度、両親がなくなって、時期がめぐってきたのだろう。

 亡き母の御霊が心配して、悲しんで私のところにきたのだろう・・・

それは、夢とも母の気配ともいい難い空気だった。

大丈夫、まだ実家は建っていた。しかし、其の姿をたもっているのも

あと少しだ。寂しいけど、これも神様の御計らい・・・

 そういうことなのだ。・・・

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うれしい手紙

2010-09-01 13:03:15 | インポート
うれしい手紙
呉市に住む4歳の孫から 初めての手紙が届きました。 娘の話しでは、わたし一生懸命書いたよ。じいちゃん
亡くなっていないから空から見ていてくれるかな。と、孫が独り言のように言っていたとのこと。

さっそく 主人の霊前にそれをお供えしました。

ずっと覚えていてね。

手紙 ありがとうね。


戦争体験

2010-09-01 12:42:03 | 日記・エッセイ・コラム

 戦後生まれの私に戦争体験はありませんが、人生の大先輩から、その悲惨な様子をお聴きすることはとても貴重なことです。 

当時に思いをはせてみますが、到底想像の域をこえることはできません。

そして、語って下さる方々も段々少なくなっています。

先日の続きですが、故人は、三年日記の他に「海軍時代の思い出」を細かく

綴られていました。

昭和12年佐世保に入隊、昭和20年の終戦まで、海軍時代をおくられました。

海軍の水兵服姿にあこがれて、志願して入隊されたこと、現地でのこと

結婚は本人不在で小学生六年生の甥が代理をつとめて、式をあげたことなど・・

終戦でふるさとに戻ってからは、食料不足を補うため、唯惟、作物を作り続けたこと・・・ 

 でも家族が増えるたび、家計が苦しくなり、ようやく就職されて、定年まで勤め上げたこと・・・などなど故人の思い出を語って下さる奥様、「今年で結婚65年でした。」 連れ添って65年の人生を歩まれたお二人に夫婦の絆を教えていただきました。

 黒住教入信は、故人の育てのお母様が38歳で夫(故人の父)に先立たれて、

困難な時期、お姑さんから勧められて、信仰の道を入られたそうです。

それからは、心が明るくなり、信仰していてよかったと語ってくれたそうです。

 

 

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