チャチャヤン気分

《ヘリコニア談話室》後継ブログ

ヒトラーの黄金

2009年08月19日 00時00分00秒 | 田中光二
田中光二『ヒトラーの黄金アマゾン大樹林(徳間文庫00、元版97)

 敗戦も間近に迫ったドイツから一隻のUボートがヒトラーの密命をおびてひそかに出航する。単なるUボートではありません。遅きに失したけれども漸く完成し試験航海が終ったばかりの新型UボートⅩⅩⅠ型です。その高性能は、いとも易々と連合軍の包囲網を突破し大西洋へと潜水艦を脱出させる。一気に大西洋を渡りきり、ブラジルアマゾン川河口に達する。そして――なんとアマゾン川を遡り始めるのです!(で、結局コロンビア国境手前の源流までさかのぼっちゃいます)

 という魅力満点の冒頭シーンはまさに掴みオッケー。あとは一気呵成。 いやー久しぶりに本格冒険小説を堪能しました。
 一気呵成とは云い条、元版97年である本書は、70年代の田中光二とはひと味もふた味も違っていました。500ページになんなんとする大長編で、初期のスピードあるドライブ感は薄れています。その分じっくりと書き込まれているからです。冒険小説でありますが、同時にブラジル(若しくはアマゾン)に関する知識・薀蓄が(歴史から文化から観光案内まで。さらにナチスやオカルトの薀蓄まで)目一杯詰め込まれていているのです。場合によってはストーリーをほっぽり出して雑学が披露される。その意味では荒巻義雄の筆法に近いといえるでしょう。でもそれがストーリーを邪魔することはない。むしろストーリーをうしろから支えて作品を重厚に仕上げている(それも荒巻義雄と同様)。

 しかしまあ、そう感じるのは私がSF読者だからで、一般の、専らストーリーを追いかける読者は、たぶん飛ばして読むんでしょうな。SFの読み方を知らない読者は可哀想です。
 そういう意味で、本篇はSFではありませんが(ラストはややオカルティックですが)、やはりSF作家が書いた冒険小説というべきでしょう。

 ただし、上にオカルティックと書きましたが、著者自身の「基本設定」がかなりそちら寄りであるのは間違いない。近頃の若い(SFMを熱心に読むような)コアなファンは少し違和感を感じるかもしれません。昔のSFファンはその点おおらかでしたけどね(^^;。

 田中光二は積読がまだ何冊かある。本書が面白かったのでまた読んでみようと思いました。
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金星シリーズ

2009年08月16日 00時00分00秒 | バローズ
エドガー・ライス・バローズ『金星の海賊』厚木淳訳(創元文庫67、原書34)
エドガー・ライス・バローズ『金星の死者の国』厚木淳訳(創元文庫68、原書35)
エドガー・ライス・バローズ『金星の独裁者』厚木淳訳(創元文庫69、原書39)


 本シリーズは、おそらくヒトラーの台頭に触発されて書かれたのではないでしょうか。ナチスが第1党になったのが1932年7月の総選挙。一方『金星の海賊』は1932年アーゴーシー9月掲載です。

 ナチスはこのあと、33年1月末に組閣するが早いか2月には国会議事堂放火事件を起こし、7月には1党独裁を確立し、公然と再軍備化を開始します。第2巻『金星の死者の国』はまさに1933年3月アーゴシーに掲載されました。

 そして第3巻『金星の独裁者』初出はアーゴシー38年連載。前作より実に4年ぶり、久々の金星シリーズとなります。
 その間現実世界では、37年ラインラント進駐、38年オーストリア併合があり、翌39年には独ソ不可侵締結・英仏に宣戦布告と突き進む歴史の転換期で、バローズが久々に続篇を思い立ったのも、そしてまたそれが前作以上に直接的なナチス戯画であったというのも頷けようというものです。【つづきを読む】

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笑う警官

2009年08月15日 00時00分00秒 | 佐々木譲
佐々木譲『笑う警官』(ハルキ文庫07)

 《警察小説》というジャンルの契機・構成要件が何であるかということは、これまでに何度か思いつきを掲示板に開陳してきました。簡単にまとめますと――

 黄金期の本格ミステリでは頭脳明晰な警部や刑事が輩出した。ただ彼らは個人的な能力によって犯罪をあばいたのであって、そこでは「警察もまた組織である」ということはまったく等閑視されていた(名探偵としての名警官)。
 しかしやがて、犯罪を裁く警察組織そのものの中に、犯罪が巣食っている場合がある現実が次第に見えてくる。その結果ハードボイルド(私立探偵小説)では悪徳警官も現れてきた。しかし私立探偵はアウトサイダーであり、犯罪も概ね悪徳警官個人の犯罪。
 ところが更にズームを引いてみると、警察機構という組織が、組織であることによって犯す犯罪があることが見えてくる。警察小説は、そのような警察機構の「組織犯罪」を主題にする小説をいうべきだというのが私のジャンル認識。
 そのような警察小説では、警官が目の前の「犯罪」に立ち向かうことで、不可避的に自身の属する組織そのものの犯罪をあぶりだすものでなければならない。当然組織は圧殺にかかる。そこで前門の「悪」にも後門の「悪」にも目をつぶらない、いわばミステリにおける「インサイダー論」小説としての「警察小説」が、演繹的に導き出される。
 で、現実にこういう例があるのかと見回してみると、どうやら佐々木譲の仕事が一番近そうではないか、と目星をつけていたのでした。

 『警察小説大全集』(小説新潮平成16年3月臨時増刊号 04)所収の佐々木譲「逸脱」はまさにそういう小説でした。そのときの感想が以下。

「現実にあった北海道警稲葉事件の余波で、道警がまさに「お役所仕事的」配置転換をやった結果適所から適材が消えた状況を背景に、アメリカ小説的な地方都市の澱みが浮かび上がる。結末が偶発であるのは弱い」(ヘリコニア談話室ログ09/05/04)

 本書もまた稲葉事件の余波の一つを扱っており、「組織犯罪」を糊塗するために仕組まれた冤罪を配置転換で不慣れな部署に回された主人公たちが「長いものに巻かれるのを拒否し」、一致協力して警察組織に立ち向かう。一種の謀反ですから冤罪であることがわかっていても組織思考から脱却できず脱落する警官も描かれて実にリアルで、あまりの面白さに徹夜してしまいました(^^)

 ただ本篇でも組織が糊塗しようとして無実の警官を冤罪化することに利用される犯罪が、組織上位者の「個人的な嗜好」であった点が不満といえば不満。でもまあおおむね満足でした。
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激しく、速やかな死

2009年08月14日 00時00分00秒 | 佐藤亜紀
佐藤亜紀『激しく、速やかな死』(文藝春秋09)

 本書は、フランス革命前夜からジャコバン独裁、ナポレオン時代、二月革命と大きく動いた歴史の転換期、18世紀後半から19世紀前半にかけての主にフランス史を中心に、フランスのみならず新大陸、オーストリア、ロシアまで舞台をひろげた歴史小説集です。
 ただし類書とは違い著者の主体性がきわめて強く投影されたそれである点が、爾余の歴史小説とは際立って異なっているといえる。【つづきを読む】

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ニューワールズ傑作選No.1

2009年08月05日 00時00分00秒 | ムアコック
マイクル・ムアコック編『ニュー・ワールズ傑作選No.1』浅倉久志・伊藤典夫訳(ハヤカワSFシリーズ、71)

 一番バッターはバラードと並び称されるNW派の巨匠オールディス。収録された作品はまさにオールディスの面目躍如たるテクニックに淫した超絶技巧的作品でした(^^)

ブライアン・W・オールディス「小さな暴露」浅倉久志訳

 主人公のわたしは結核が悪化し、妻のいとこであるリッチモンドとウォルターのベッツ兄弟に、車で海辺の療養所へ送ってもらうことになる。
 その途上、アマチュア考古学者であるウォルターが、グリマーの墓穴という新石器時代の遺跡に立ち寄りたいと言い出す。体がつらい主人公は早く療養所に行き着きたいのだが、しぶしぶその寄り道に同意する。それがそもそも間違いのもとだったのでした……。【つづきを読む】
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