ズボンの膝の部分に血が付着しており、?と思い、ズボンをめくって見たら、膝に血がこびりついていました。
はたと手を打つ。
昨日は、トイレの床に膝をついて、ほとんど1時間、母親の排便介助していたのでした。
排尿させようとベッド横の簡易トイレに移動させ、介護パンツを下ろしたら、大量に排便していて、これは部屋では処理できない、と。
そんな場合は車いすでトイレに運び、ウォシュレットで洗浄するわけですが、きれいに拭いて、さあパンツを履かそうとしていたらまた排便(これ、心がぐったりします)。そんなのが数回続き、結局1時間ほどトイレに膝をついていたのでした。
こうなると心身ともにぐったりで、自然と言葉もあらくなるのですが、本人はもっとぐったりなので、その言葉が行き場を失い、内にこもってさらに疲労を倍加させます。
介護施設でのハラスメントのニュースを見かけますが、正義感からの非難に対しては、しかしなあ……と思わないではないのですね。身内であってもこれですからねえ、いわんや他人を世話をする立場なら、そのぐったり度いかばかりかと。いや介護職って(実際見ていて)本当に大変です。使命感だけでは無理です。身体と心が頑健でなければ続きません。使命感で就職してきた多くの方が、きっと挫折してやめていかれてるのだろうなと想像されます。
というわけで、筒井さんの言われるとおり、一日一個、言葉が(ということはその言葉シニフィアンが指し示す内容シニフィエが)消えていくのに反比例して介護内容は増えたり重度化したりしていくわけですが、わが膝小僧も、最近は短パンを履いていた子供の頃と同じように擦りむけて角質化しておりまして、それが破けたというわけですね。
うむ。おそらくそのうち、ブッチャーや大関朝潮の額のように、簡単に割れるようになってしまうのかもしれませんなあ。噫。
というわけで(どういうわけだ)、斎藤さん、さっそくご確認くださり感謝です。
けっきょく「答え一発カシオミニ」でしたか(汗)
われながら、なかなかの推理ではないか、と思っていたんですけどねえ。
いかにもっともらしい推理も、事実にはかなわないのでした。邪馬台国の所在地論争と同じですね。
それにしても最初に事実に基づいて巻向の地に卑弥呼の宮殿が発見されるであろうと予言した(後に実際に宮殿跡が発見された)石原藤夫さんの名前が、この手の類書に全く現れないのは、本当に悔しいです。
――――――
Unknown (斎藤)
2023-03-30 06:20:52
大熊さん、お早うございます。
私の指摘に対する精緻な論考、ありがとうございます。
大熊さんが気にされておりました、SFM78年2月号の矢野徹インタビューを確認しました。
矢野さんとの会話の冒頭の方に俳句の話が出てきまして、眉村さんが自分が編集責任者だった頃のものですと言って、俳句雑誌(高校のクラブの雑誌)を持ってきて、その中をページを繰りながら読み上げるという形で、矢野さんとの会話が進行しています。
その読み上げた俳句の中に「冬霧~」が出てきます。
それを確認しましたら、やはり「門」で「集めて」でした。
なので、高校の雑誌掲載時点で、「冬霧を集めて門に灯がともる」となっていたことが確認出来ます。
なので、おそらく、今回の論文筆者の引用誤りであることは間違いないと思いました。
さきほど、矢野さんのインタビューをざっと読み返しましたが、本当に貴重な内容で、これを単行本化しない早川書房の姿勢は納得出来ない感じです。
インタビューの分量も、今回の眉村さん分だけでも27ページもあるので、他の方へのインタビュー全体を合わせたら十分に単行本一冊分に足るものになると想像します。
数千円でも買います。
日下さん辺りが編集人になって又竹書房で出してくれたら嬉しいのに、と思ってしまいます。
はたと手を打つ。
昨日は、トイレの床に膝をついて、ほとんど1時間、母親の排便介助していたのでした。
排尿させようとベッド横の簡易トイレに移動させ、介護パンツを下ろしたら、大量に排便していて、これは部屋では処理できない、と。
そんな場合は車いすでトイレに運び、ウォシュレットで洗浄するわけですが、きれいに拭いて、さあパンツを履かそうとしていたらまた排便(これ、心がぐったりします)。そんなのが数回続き、結局1時間ほどトイレに膝をついていたのでした。
こうなると心身ともにぐったりで、自然と言葉もあらくなるのですが、本人はもっとぐったりなので、その言葉が行き場を失い、内にこもってさらに疲労を倍加させます。
介護施設でのハラスメントのニュースを見かけますが、正義感からの非難に対しては、しかしなあ……と思わないではないのですね。身内であってもこれですからねえ、いわんや他人を世話をする立場なら、そのぐったり度いかばかりかと。いや介護職って(実際見ていて)本当に大変です。使命感だけでは無理です。身体と心が頑健でなければ続きません。使命感で就職してきた多くの方が、きっと挫折してやめていかれてるのだろうなと想像されます。
というわけで、筒井さんの言われるとおり、一日一個、言葉が(ということはその言葉シニフィアンが指し示す内容シニフィエが)消えていくのに反比例して介護内容は増えたり重度化したりしていくわけですが、わが膝小僧も、最近は短パンを履いていた子供の頃と同じように擦りむけて角質化しておりまして、それが破けたというわけですね。
うむ。おそらくそのうち、ブッチャーや大関朝潮の額のように、簡単に割れるようになってしまうのかもしれませんなあ。噫。
というわけで(どういうわけだ)、斎藤さん、さっそくご確認くださり感謝です。
けっきょく「答え一発カシオミニ」でしたか(汗)
われながら、なかなかの推理ではないか、と思っていたんですけどねえ。
いかにもっともらしい推理も、事実にはかなわないのでした。邪馬台国の所在地論争と同じですね。
それにしても最初に事実に基づいて巻向の地に卑弥呼の宮殿が発見されるであろうと予言した(後に実際に宮殿跡が発見された)石原藤夫さんの名前が、この手の類書に全く現れないのは、本当に悔しいです。
――――――
Unknown (斎藤)
2023-03-30 06:20:52
大熊さん、お早うございます。
私の指摘に対する精緻な論考、ありがとうございます。
大熊さんが気にされておりました、SFM78年2月号の矢野徹インタビューを確認しました。
矢野さんとの会話の冒頭の方に俳句の話が出てきまして、眉村さんが自分が編集責任者だった頃のものですと言って、俳句雑誌(高校のクラブの雑誌)を持ってきて、その中をページを繰りながら読み上げるという形で、矢野さんとの会話が進行しています。
その読み上げた俳句の中に「冬霧~」が出てきます。
それを確認しましたら、やはり「門」で「集めて」でした。
なので、高校の雑誌掲載時点で、「冬霧を集めて門に灯がともる」となっていたことが確認出来ます。
なので、おそらく、今回の論文筆者の引用誤りであることは間違いないと思いました。
さきほど、矢野さんのインタビューをざっと読み返しましたが、本当に貴重な内容で、これを単行本化しない早川書房の姿勢は納得出来ない感じです。
インタビューの分量も、今回の眉村さん分だけでも27ページもあるので、他の方へのインタビュー全体を合わせたら十分に単行本一冊分に足るものになると想像します。
数千円でも買います。
日下さん辺りが編集人になって又竹書房で出してくれたら嬉しいのに、と思ってしまいます。